8 飛べないブタじゃなくて、飛びそうなブタ――、いや、飛ぶ以外に考えられないブタ
(2)
引き続き、碇賀元と賽賀忍のコンビ、それから零泉円子の三人は、VR室で話していた。
「それにしても、なんすけど……、ガイシャの、遺体の資料を“見た”んすけど……、なかなか、酷いもんっすね」
零泉が、遺体について話をふった。
「まあ、ねい……」
碇賀が、相づちした。
零泉はVRギアをとおして、今までのガイシャたちの記録にアクセスし、覗き見ていた。
それというのは、遺体を、直に見たことに等しかった。
「それで? その、目をくり抜いた様子から、“混沌”ってキーワードが、出てきたわけなんすよね?」
零泉が、聞くと、
「うん。混沌の、じょのいこ」
碇賀元が、ふたたび、先ほどのネタで答えた。
「だから、面白くないって、元」
賽賀忍が、つっこむ。
そのかたわら、
「混沌の、じょのいこ――?」
と、零泉は、いまいちピンと来なかった。
世代のせいか、通じないネタなのかもしれないし、また、元ネタが分かったとしても、「だから、何?」的な話だが。
すると、
「そうだ、ついでにさ? “混沌”について、何か調べてみてくれよ」
碇賀元が、零泉に頼んできた。
「そっすね。ちょい、調べてみます」
零泉が答えるなり、VRギアをとおし、“検索”する。
すると、すぐに調べることができ、
――フ、ァァンッ……
と、ホログラフィック・ディスプレイに、“ナニカ”が表示される。
まず、映し出されたのは、原文の漢文に“レ点”などを使った文章と、それを、くだけた現代語に訳した文章。
併せて、著者とされる荘子や、空想の生物の“混沌”の画像も出てきた。
ちなみに、“混沌”のキャラクター画というかイメージ画だが、少々奇妙な風体だった。
ボンレスハムというか、ブタのような胴体に、六つの足があるのだが、奇妙なことに、“顔というもの”は無いのだ。
そして、背中には、小っちゃいペガサスのような羽が四つ生えているという。
「あん? 何じゃ、こりゃ? こいつが、混沌?」
「うん。そうみたいね」
「この、飛べないブタじゃなくて、飛びそうなブタ――、いや、飛ぶ以外に考えられないブタみたいなのが?」
「何か、あっちの神話系には、こんなキャラが多いみたいっすね」
と、零泉が言葉を添えながら、古代中国の神話に登場するキャラクターや、『山海経』に出てくる奇妙な生き物を、表示してみせる。
「はぁ、……」
碇賀元が、気の抜けた声を出しながら、
「――で? この、飛びそうなブタの頭がないバージョンっぽい怪物に、目や鼻、耳などの“穴”を開けたら、死んでしまった――、とかいう話なんだな?」
「ザックリまとめると、そっすね。まあ、いろいろ、解釈があるみたいなんっすけど」
「それは、どんなものなの?」
とここで、賽賀忍が聞いてくると、
「アンタ、知らんのかい? 学生時代、古文・漢文とか、ぜったい勉強してない系だろ?」
「まあ、勉強してたかしてなかったかと聞かれると……、あんま、してないけど。――ていうか、元こそ、してないでしょ」
「うん」
と、横やりのように、碇賀元が、本題から脱線させようとしてくる。
それをスルーして、零泉が、ネット空間のどっかから資料を拾ってきて、
「とりま、ネットから引っぱってきただけなんすけど……、まずひとつは、その、混沌って、『カオス』って訳せるじゃないっすか?」
「うん」
「その、『混沌』=『カオス』。つまり、複雑で、無為かつ無垢な自然界のことを意味してまして……、その混沌に穴を開けるということは、自然界に手を加えるっちゅうことになりまして、」
「ああ、自然破壊的なヤツね」
「そ、そっす、それっす」
と、途中まで出てきかけた言葉を、碇賀元が変わりに引き出しつつ、、
「ただ……、何す、かね……? こっちの解釈じゃ、なさそうなん、っすよね」
「うん。何か、私も、漢文の時間に聞いたのは、ちょっと違ったような……」
と、賽賀忍も、天井を仰ぎながら記憶を思い出そうとする。
「そうなんっすよね、私も、そんな記憶あるんすよね」
「嘘つけ。どうせ、居眠りしてたんだろうに、君ら」
「うるさいわね、元」
「そっすよ」
と、余計なこと言ってくる碇賀元に、賽賀忍と零泉のふたりがつっこんだ。
再び、零泉が話す。
「それで、別の解釈は、何っちゅうっすんかね……? 皆が親切心で、混沌に、目や、口、耳などの穴を開けてあげたんっすけど……、混沌は、“それらの穴”を得てしまったことで、不条理で汚い俗世間の情報を、否応なしに見たり聞いたりして、取り込んでしまうようになったわけなんっすね。ほんで、そんな世界にショックを受けちゃって、無垢な状態を保てなくなって死んでしまった――、っちゅう説っすね。まあ、確かに、漢文時間で、爺ちゃんの先生が……、そんな話をしてた記憶があるんすよね」
「ああ、『見ざる聞かざる言わざる』の、逆バージョンで、『見なさい聞きなさい喋りなさい』ってことね」
「何か、違くない」
謎解釈する碇賀元に、賽賀忍がつっこんだ。
続けて、賽賀忍が、
「何て、いうのかな? 混沌は、その、“穴”を開けられたら死んじゃうわけだけど……、混沌と違って、私たち人間は、目・口・鼻といった“穴”を以って、世界の不条理と汚さを取り込んで、欲を手にし、さらに不条理で汚い世の中をつくる――」
「……」
「……」
と、ふたりが、耳を傾ける中、
「もし……、その、“混沌”というの知ってか知らずか……、犯人が、目をくり抜いたり口の中を焼くという行為に、何かの“メッセージ”を込めたのだとすると、そのこころは――」
「……」
「……」
と、沈黙をはさみながら、
「『何故? お前たちのような者が、目、口、耳を持って、世の中とつながっているのか? お前たちには、不要だろ』――ってとこに、なるのかしら?」
と、賽賀忍が代弁した犯人のメッセージに、
「……」
「……」
と、ふたりは、ふたたび沈黙した。
そのように、沈黙したままの中、
「はい、おまえ逮捕~」
と、碇賀元が突然に、
――グワ、シッ――
と、手錠をかけるように、賽賀忍の両手首をつかんだ。
「何で――?」
賽賀忍が、無表情でキョトンとして、
「もしかして? アンタ、犯人じゃない?」
「じゃないって。てか? 聞く順番、逆じゃない?」
と、つっこんだ。
そのようにしながら、碇賀元が、
「ふぅ……、やれやれ。まあ、とりあえず、こんなところで、アレコレ話してても拉致が開かないな」
「“こんなところ”、とは――?」
と、零泉がつっこみたくなりながら、賽賀忍が、
「そうね……、とりあえず、松本さんの旦那さんたちに、連絡してみようよ」
「はぁ……、そうだ、ねい」
と、碇賀元は、ダルそうに溜め息した。




