9 グラブをはめて潜入するアサシンのごとく――、あるいは、ニンジャのごとく
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場面は、変わって。
同じく東京の、新宿区の神楽坂。
雰囲気がフランスに似ているとか似ていないとか言われる、洒落乙な坂の街。
神楽坂との名に、確率仕掛けの神遊びに思いを馳せたり馳せなかったりしつつ、小路地へと入っていったところに、合同会社『神楽坂事務所』の古い洋館があった。
その、洋館の二階にて、
「うわぁぁん……、チカレタ……」
と、綾羅木定祐が、大きな長窓にもたれかかりながら気持ちの悪い声を漏らした。
窓から眺める景色に、眼下の古そうな邸宅の庭が見える。
「はぁ……、枇杷、食いてぇな……」
綾羅木定祐が、眺めて呟く。
眺めた先には、濃い緑に、少しギザギザの入った厚い葉っぱに、食欲を誘う黄色というか橙色を混ぜたように実が成った、枇杷の木があった。
まさに、ちょうど、枇杷の美味しいシーズン。
綾羅木定祐が、そう呟くのも無理もない。
そのようにしていると、
――カランコロン、カランコロン……
と、ズボンのポケットにいれた、スマートフォンが鳴った。
綾羅木定祐は、手に取って画面を確認する。
「あ”ん……?」
と、発信の相手を見て、露骨に嫌そうに顔をしかめた。
その、発信の主というのは、特別調査課の碇賀元からだった。
そのまま、機嫌悪そうに電話に出てやるなり、
「おい、殺すぞ」
『何、でッ――!?』
と、電話の向こうから、碇賀の驚愕の声が返ってくる。
まあ、開口一番の言葉が『殺す』だから、無理もないだろう。
『い、いやぁ……、いきなり『殺す』って、夫婦どうし似てますねい、』
碇賀が感心したように、余計なことを言いいつつ、
「ああ”? 元だろが? もう切るぞ、そのまま着拒するからな」
『ちょッ――!? まっ、待っちくりって! 綾羅木さん!』
「待ってくれじゃないが、わざとだろ、お前?」
『い、いや、わざとじゃないって……! つ、つい、間違えちまってさ、』
と、慌てて、綾羅木定祐を引き留めようる。
「――で? 要件は、何だってんだ?」
綾羅木定祐が、仕方なしに聞いてやる。
『あ、ああ……、その……、綾羅木さんたちにさ? ちょっと、うちらの調査を手伝ってほしくてねい』
「ああ”? 調査を、手伝ってくれだと――?」
綾羅木定祐が、怪訝な顔をしながらも、話を聞こうとした。
その時、
――グァ、バッ――!!
「ッ――!?」
と、突然に、綾羅木定祐がは後ろから搦め手のごとく、口元を塞がれる。
「動きゅな――」
噛み気味な警告の声に、
「ぶ、ベイだァッ――!?」
と、綾羅木定祐も、謎の奇声をあげる。
ベイダーとは、ダースベ〇ダーの、暗黒面に堕ちたフォースに似たオーラでも感じたのかもしれない。
その、綾羅木定祐の背後の、身長の高そうな黒い影。
グラブをはめて潜入するアサシンのごとく――、あるいは、ニンジャのごとく背後をとった影の者は、もう一方の手を下から突き上げるなり、
「あ、ひゅぅぅんッ――!?」
と、綾羅木定祐は尻の穴に走った感覚にビクン――! となりつつ、奇声で叫んだ。
尻の穴を、カンチョーのように侵された感触――
いや、実際に、カンチョー。
「う、ぐぐゥッ……!!」
綾羅木定祐は呻きながら、背後の影を確認する。
そこには、いまSNS界隈で話題の高身長女子の、相方の上市理可の姿があった。
自分より2センチほど低いが、身長174センチに、何ゆえか厚底を履いて10センチほど嵩上げしているという。
その、上市理可のほうに、キリッ――! と綾羅木定祐は振り向いて、
「もうッ!! だ、か、らッ!! 良い子は人にカンチョーをするもんじゃありませんって!!」
「指じゃなくて、リアルの浣腸をしようかと、思いとどまりますた――」
「思いとどまるのがッ、当たり前ですッ! ――てかッ!! もはや、アブノーマルなエロ漫画かAVの世界じゃないかッ!! いい加減にしなさいッ!!」
実際に手にしたカンチョーを見せる上市理可を、綾羅木定祐は一喝して憤怒した。
その様子を、
『……』
と、忘れられた碇賀元は、電話の向こうの傍らで聞きつつ、
(ほんと……、マジで何やってんだよ、こいつら……)
と、ドン引きしつつ、呆れるより他なかった。