8 飛べないブタじゃなくて、飛びそうなブタ――、いや、飛ぶ以外に考えられないブタ
また、終わると同時に、新たに、
「それにしても、なんすけど……、ガイシャの、遺体の資料を“見た”んすけど、 なかなか、酷いもんっすね」
と、今度は零泉が、遺体について話をふる。
「まあ、ねい……」
碇賀が、相槌した。
零泉はVRギアをとおして、今までのガイシャたちの記録にアクセスし、覗き見ていた。
それは、直に遺体を見たことに等しかった。
「それで? その、目をくり抜いた様子から、“混沌”って言葉が出てきたわけなんすよね?」
零泉が、聞いた。
「うん。混沌の、じょのいこ」
碇賀元が、再び、先ほどのネタで答える。
「だから、面白くないって、元」
賽賀がつっこむ中、
「混沌の、じょのいこ――?」
と、零泉は、いまいちピンと来なかった。
世代のせいか、通じないネタなのだろう。
また、元ネタが分かったからといっても、「だから、何だ?」的な話だが。
「そうだ、ついでにさ? “混沌”について、何か調べてみてくれよ」
碇賀が、零泉に頼んだ。
「そっすね。ちょい、調べてみます」
零泉が答えるなり、VRギアをとおし、“検索”する。
すると、すぐに調べることができ、
――フ、ァァンッ……
と、ホログラフィック・ディスプレイに、“ナニカ”が表示される。
まず、原文の漢文に“レ点”などを使った文章と、続けて、くだけた現代語訳した文章が映し出される。
また、文章とも併せて、著者とされる荘子や、空想の生物の“混沌”の画像も出てきた。
なお、その混沌のキャラクター画というかイメージ画だが、少々奇妙な風体だった。
ボンレスハムというか、ブタのような胴体に、六つの足があるのだが、奇妙なことに、顔というものが無いのだ。
そして、背中には、小っちゃいペガサスのような羽が四つ生えているという。
「あん? 何じゃ、こりゃ? こいつが、混沌?」
「うん。そうみたいね」
「この、飛べないブタじゃなくて、飛びそうなブタ――、いや、飛ぶ以外に考えられないブタみたいなのが?」
「何か、あっちの神話系には、こんなキャラが多いみたいっすね」
零泉が答えながら、古代中国の神話に登場するキャラクターや、同じく古代中国の、奇書として知られる『山海経』に出てくる奇妙な生き物を表示してみせる。
「はぁ、……」
碇賀が、気の抜けたような声を出して、
「――で? この、飛びそうなブタの頭がないバージョンっぽい怪物に、目や鼻、耳などの穴を開けたら、死んでしまった――、とかいう話なんだな?」
「ザックリ言うと、そっすね。……まあ、いろいろ、解釈があるみたいなんっすけど」
「それは、どんなものなの?」
と、ここで、賽賀が聞くと、
「アンタ、知らんのかい? 学生時代、古文・漢文とか、ぜったい勉強してない系だろ?」
「まあ、勉強してたかしてなかったかいうと、あんま、してないけど。――ていうか、元こそ、してないでしょ」
「うん」
と、横やりのように、碇賀が本題から脱線しようとしてくる。
その碇賀をスルーして、零泉が、ネット空間のどっかから資料を拾ってきて、
「とりま、ネットから引っぱってきただけなんすけど……、まずひとつは、その、混沌って、『カオス』って訳せるじゃないっすか?」
「うん」
「その、『混沌』イコール『カオス』――、つまり、複雑で、無為かつ無垢な自然界のことを意味していまして……、その混沌に穴を開けるということは、自然界に手を加えるっちゅうことになりまして、」
「ああ、自然破壊的なヤツね」
「そ、そっす、それっす」
と、途中まで出てきかけた言葉を碇賀に、零泉がそう言いつつ、
「ただ、何すかね……、こっちの解釈じゃ、なさそうなんっすよね」
「うん。何か、私も、漢文の時間に聞いたのは、ちょっと違ったような……」
と、賽賀も、天井を仰ぎながら記憶を思い出そうとする。
「そうなんっすよね、私も、そんな記憶あるんすよね」
「嘘つけ。どうせ、居眠りしてたんだろうに、君ら」
「うるさいわね、元」
「そっすよ」
と、碇賀に、賽賀と零泉の二人がつっこむ。
再び、零泉が話す。
「それで、別の解釈は、何っちゅうっすんかね……? 皆が親切心で、混沌に、目や、口、耳などの穴を開けてあげたんっすけど……、混沌は“それら”を得てしまったことで、不条理で汚い俗世間の情報を、否応なしに見たり聞いたりして取り込んでしまうようになったわけなんっすね。ほんで、そんな世界にショックを受けちゃって、無垢な状態を保てなくなって死んでしまった――、っちゅう説っすね。 まあ、確かに、漢文時間で、爺ちゃんの先生が……、そんな話をしてた記憶があるんすね」
「ああ、見ざる聞かざる言わざるの、逆バージョンで、見なさい聞きなさい喋りなさいってことね」
「何か、違くない」
謎解釈する碇賀に、賽賀がつっこんだ。
その賽賀が、続けて、
「何ていうのかな? 混沌は、その、“穴”を開けられたら死んじゃうわけだけど……、混沌と違って、目・口・鼻の穴を以って、世界の不条理と汚さを取り込んだ人間ってのは、欲を手にして、さらに不条理で汚い世の中をつくる――」
「……」
「……」
と、碇賀と零泉が、耳を傾ける中、
「もし……、その、“混沌”というの知ってか、知らずか……、犯人が、目をくり抜いたり口の中を焼くという行為に“メッセージ”を込めたのだとすると――、
『何故? お前たちのような者が、目、口、耳を持って、世の中とつながっているのか? お前たちには、不要だろ?』――って、とこかしら?」
「……」
「……」
と、賽賀が代弁した犯人のメッセージに、二人が沈黙した。
そう、沈黙しつつ、
「はい、おまえ逮捕~」
と、碇賀が突然、グワシッ――と、手錠をかけるように賽賀の両手首をつかんだ。
「何で?」
賽賀が、無表情でキョトンとしつつ、
「もしかして、アンタ、犯人じゃない?」
「じゃないって。てか? 聞く順番、逆じゃない?」
と、つっこんだ。
そのようにしながら、碇賀が、
「ふぅ……、やれやれ。まあ、とりあえず、こんなところでアレコレ話しててもアレだな」
「“こんなところ”、とは――?」
と、零泉がつっこみたくなりつつ、
「そうね……、とりあえず、松本さんの旦那さんたちに、連絡してみなさいよ」
「はぁ、……そうだ、ねい」