5 別件の、ベッケンバ〇アー
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場面は変わりて、特別調査課にて。
碇賀元と賽賀忍の二人は、現場の調査から戻ってきていた。
そういうわけで、
「――というわけで、僕ちゃん、来ますた」
などと、碇賀は言いつつ、“とある調査室”へと入る。
すると、入るなり、
「ああ”? 何が、来ますた――、だよ? 舐めてんのか? 人がイライラしてるって時に、」
と、露骨に苛立つ女の声が、すぐに返ってきた。
そこにいたのは、アラフォービューティの室長こと、松本清水子だった。
松本室長”と、昭和の文豪の“松本清張”の語呂が似ているせいか、ややグレーがかったミドルヘアに、厚い黒ぶちメガネが特徴的でもある。
ちなみに、この室長の松本であるが、碇賀たちの所属する調査室とは別だが、付き合い自体は長く、このような間柄だった。
なお、その松本の後ろでは、
「……」
「……」
と、まだ二〇代の二人の部下が――、可もなく不可もないラノベ主人公によくいそうな青年風の黒桐廉太郎と、少しおかっぱがかったワイルドヘアを某31のアイスのようにカラーリングした零泉円子の二人が、キレ気味の松本に対し、怯えるように戦慄していたが。
「あん? 何してんだ、君ら?」
碇賀が、キレ気味の松本をスルーして、黒桐廉太郎と零泉円子の二人のほうを向く。
「あ、碇賀さん、」
黒桐が気づき、
「あ? ガーさん、こ、こんちわっす、」
と、続けて、零泉がフランクなノリで反応した。
なお、ガーさんとは当然、碇賀元のあだ名であるが。
――そんなこんなで、挨拶的なものはそこそこに、本題へと入っていく。
碇賀と賽賀は、松本たちに、今回の件のことを話した。
「――それで? この件のガイシャたちを、ウチらにも調べてほしいって、わけ?」
と、松本が、単刀直入的に聞く。
「そ、そっ、そゆこと」
碇賀が答え、
「何が、そ、そ、そゆこと――だっての、うぜぇ、」
と、松本が苛立つ。
先ほどと同じように、キレ気味と口が悪いのだが、もはやこれは、松本清水子のデフォのようなものなのだろう。
「てか、何で? ウチらが、アンタたちの案件の手伝いをしないといけないわけ? こっちは、この件について関係ないんだけど」
「まあ、別件の、ベッケンバ〇アーって感じで、少し手伝ってよ、松もっちゃん」
「ああ”? 面白くねぇよ。しかも、全然、別件でもねぇし」
松本が、碇賀のオヤジギャグにつっこみつつ、さらに苛立つ。
そうしながらも、
「――ったく、まあ、いま少し手が空いてるから……、円子、貸したげる」
と、ツンとデレの境界の如く、そのまま断るかと思いきや、松本は手伝ってやると言ってくれた。
その、松本が貸しだすと言った零泉円子であるが、特別調査課が擁するVR調査室のオペレーターとしても活躍できる能力を持っていた。
ちなみに、VR調査室とは、“近未来的な電脳空間を用いた部屋的なもの”と考えておいたらよろしいかと。
「ってわけだからさ? ちょっち、手伝ったってよ、円子」
「う、うっす、」
零泉が、答える。
「おう、借りるねい。そのまま、返し忘れっかもしれんけど」
「返却期限までに返せよ、図書館の本かよ」
と、松本がつっこみつつ、
「いや、円子なら、いっか」
「え、ええッ……!?」
と、まさかの言葉に、零泉がマスオさんばりに驚いて見せた。
そのようにして、とりあえずは、零泉が碇賀と賽賀の二人に協力する形となりつつも、
「つったって……、わざわざVR室使って調べてもさ、統計的な傾向が分かるくらいかもしれないけど、いいの?」
と、松本が聞く。
まあ、人工知能の応用が広まって久しく、人類をシンギュラリティに導くだろうとの予測があるのとは反対に、『“あんなもの”、あくまで“機械学習”に過ぎない』と評する意見も少なくない。
貴重な半導体、コンピュータを大量に使っておいて、“ちょっと考えりゃ分かるじゃないか程度”の分析を出してくる場合から、そもそも、わざわざそんなところに人工知能使う必要あるのかと問い詰めたくなるようなポンコツな使いかたをされることもあるのだろう。
なので、このSFじみたVR分析も、そこまであてにしないほうがいいといった意図だろう。
「まあ、それでもいいさ。そっから、何か、考えれたら考えれたらで」
「はぁ、」
碇賀に、松本は相づちしつつ、
「ああ、そう言えばさ、」
「う、ん?」
「手伝ってほしいならさ、“あいつら”に、頼めばいいじゃない? どうせ、暇してるだろうし」
と、松本は、何か思い出したように提案した。
「“あいつら”……? ああ、松もっちゃんの、旦那さんたちか」
「元だっての、殺すぞ」