3 どうせ、古文漢文が無くなって浮いた時間で金融教育やプログラミングとかやっても、やらない人は最初からやらない
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「ふぅ~……、チカレタ……」
コーヒーの香りに、ため息を乗せつつ、碇賀元が呟いた。
現場の捜査から小休止して、碇賀元と賽賀忍の二人は、外でコーヒーでも飲んでいた。
そこには、群麻と無二屋のコンビの姿もある。
「そう言えば、ですけど? 碇賀さん?」
無二屋が、声かける。
「ああ”ん?」
「さっきの、混沌の、じょのいこ――? って言った理由って、何か、あるんですか?」
「理由、だと……?」
碇賀が質問に、缶コーヒーを口に当てつつ、無言になる。
その傍ら、
「……」
と、賽賀忍が、チラリ……と、その様子を見た。
それにも気づかず、群麻が、
「その、『混沌のじょのいこ』って――、何ですか?」
と、聞いた。
その刹那、
――スッ――!
「「わわっ――!?」」
と、群麻と無二屋の二人は、首元に突きつけられた冷たく鋭い感触に、驚きの声を上げた。
チラッ……と、首だけ振り向いて見る。
そこには、いつの間に背後に移動したのか、碇賀元が二人に、棒手裏剣としても使用できる六角を突きつけていた。
忍びスタイルの碇賀元は、冷たい声で、
「知らなくていい――。いや、お前たちは何も聞かなかった、いいな……?」
「「は、はいぃッ……!?」」
「世の中にはな……、知らなくていいことが、あるんだよ……」
と、困惑しつつ驚愕する二人を、脅してみせた。
そこへ、賽賀忍が、
「まあ、元ネタ知ったら、世代バレちゃうもんね」
「おい、」
と、某鬼ばかりいそうな世間で割烹でもやってそうな坊主頭のすがたが浮かびつつ、碇賀がつっこむも、
「――というか? 元ネタ自体、二人は知らないんじゃないかしら?」
「まあ、それもそうか……。俺たちも、歳、取っちまったねい……」
「うん。それは、元だけにしといてね」
と、世代間のギャップに、時の流れのむなしさを感じるばかりだった。
それはさておいて、
「まあ、俺のオヤジギャグは置いててさ? 『混沌』って言葉くらい、知ってるっしょ?」
と、碇賀元が二人に聞く。
「う、う~ん……?」
はてなマークを浮かべる無二屋と、
「何か、漢文で、出てきたような記憶がありますね」
と、群麻が答える。
「まあ、その漢文ね」
そのとおりと、賽賀忍が頷く。
横から碇賀元が、
「世間では、もうわざわざカリキュラムに入れる必要ないんじゃね? むしろ金融とか勉強したほうがいいんじゃね? とこ言われる、あの古文・漢文か?」
「ああ、古文不要論ね」
「まあ、確かに、古文・漢文なんか、あんまし意味の無いっちゃ意味がないんだろうけどねい……、世の中、経世済民とはよく言ったものでさ? 意味の無いものに付加価値を与えて、富の分配をしてきたもんでさ、」
「ああ、元のタバコこことね」
「……」
と、賽賀に言われ、碇賀が沈黙する。
その沈黙を破って、
「――まあ、そんな風に、だ……、結局、世の多くは無駄なもの、無駄な利権で回っているわけだ。古文漢文くらいで目くじらを立てるのも、どうかって話なんよな」
「そうね。それに、どうせ、古文漢文が無くなって浮いた時間で金融教育やプログラミングとかやっても、やらない人は最初からやらないし、金融詐欺にひっかかる人はひっかかるでしょね」
「うん。分かる。知らんけど」
と、碇賀元が、会話を締める。
そんなふうにして、『混沌』の話題はすっかり消えながら、
「ほいで、今回の件は、どんな感じかねい?」
と、碇賀が切りだして、再び事件について話す。
「ええ……。先ほどのガイシャたちを調べたら、何やら、美人局やらで、動画を撮ってたみたいなんすよ」
群麻が答える。
「美人局、ねい……」
碇賀が、煙草を吸いたい顔で呟きつつ、
「まあ、女を用い、正義と怒りを装った――、古今東西からある古典的な謀の一つだねい。こんなしょうもない謀ひとつなくせない世の中から謀略、陰謀を無くすことなど、不可能に近いだろうね」
と、持論を交えて言った。