10 心の中のハム太郎
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そういうわけで、和室スペースに移動して――
ダイナミックかつアーティテックにひび割れした土壁の間を背景にしつつ、綾羅木定祐と上市理可の二人はスマートフォンのテレビ電話モードを通じ、碇賀元たちから“混沌事件”について話を聞いていた。
『――と、いうわけなの。綾羅木さん、上市さん』
と、賽賀忍が、かくかくしかじかと、事件のあらましを伝えた。
なお、スピーカーモードにしているのは、四人で円滑に話を進めるというのもあるが、綾羅木定祐にとっては、片手がふさがってカンチョー攻撃を防げないのを防ぐという意味合いもある。
それはさておき、
「何だ? それで、私らに、調査を手伝ってくれというわけか? その、混沌事件とやらを? あぁ”?」
綾羅木定祐が聞く。
少し機嫌悪そうに振舞い、返答次第では断るぞという、性格の悪そうなオーラを漂わせながら。
『そっ。だから、ちょっち手伝ってくれないかねい? 綾羅木さん?』
碇賀元が、何とかOKしてもらおうと、機嫌を取るように頼む。
そこへ、横から、
「いや、待つのだ! 綾羅木氏! この依頼は、クソの香りがプンプンするからやめておくのだッ――! と、私の心の中のハム太郎が、言っているのだ」
と、上市理可が、語尾が「――のだ」で特徴的な某ハムスターをマネて言った。
『『何だよ、心の中のハム太郎って? てか、何だよ? クソの香りのプンプンする依頼って、バカにしてんのかよ?』』
画面の向こうで、碇賀元と賽賀忍がつっこんだ。
そうしつつ、
「とにかく、さ? そこを、頼んますよ、綾羅木さんたち」
と、引き下がれない営業マンのように、碇賀が粘り強く懇願してきて、
「ああ”……、まったく、仕方ないな……。いいよ、受けてやるよ」
『ほ、本当かい……!?』
「ああ、受けるって言ったろ」
と、綾羅木定祐は、しぶしぶ依頼を受けてやることにする。
「だから、やめておくのだ! 綾羅木氏。クソの香りしかしないと言っているのだ」
「おい、うるせーぞ、ハ〇太郎」
と、心の中のハム太郎の声を繰り出してくる上市理可に、綾羅木定祐がつっこむ。
それは、ともかく、
「とりあえず、助かるわー、綾羅木さん」
「ああ。いいから、今度、たんまり礼をしろな」
『ええ。分かったわ』
と、これで、碇賀たちからの依頼は成立することになった。
それから、碇賀たちとの電話を切った。
綾羅木定祐が、コーヒを入れてきて、一服する。
「しかし、何か、ムカつくな? アイツらから、依頼を受けるの」
と、ここにきて、根性が悪いのか、碇賀から依頼を受けたことにムカムカしてくる。
そこへ、
「ムカつくからさ? あのドラ〇もんに、枇杷でもパシらせない? 綾羅木氏?」
「おっ、いいねぇ! 理可氏!」
と、上市理可の提案に、綾羅木定祐がテンションをあげる。
なお、“あのド〇えもん”とは、この合同会社『神楽坂事務所』といちおう協力関係にある妖狐の、神楽坂文のことを指す。
某諜報家族の嫁のような暗殺者風ドレス姿に、長く麗しい黒髪に狐耳と――、客観的にはすごく美麗な見た目をしているのだが、綾羅木定祐たちに都合よく妖具、妖力を利用されるという、実質“ドラ〇もん的なナニカ”だった。
さっそく、綾羅木定祐は電話をかける。
――プル、ルルル……
と、呼び出し音を、しばらく待つ。
すると、つながって、
「おい、このドラ〇もん野郎」
『はぅ、』
「はぅ、じゃないがッ。しゃんと返事しろってんだよ、クソダヌキ」
と、気の抜けた声で答える妖狐に、綾羅木定祐が言う。
まあ、何か頼むほうの立場なのに、ドラえ〇ん野郎だの、クソダヌキだのとの言い草で。
なお、もちろん、タヌキではなくキツネだが。
『――で、どうしたのだ? 貴様たち』
妖狐が、要件を聞いてくる。
「まあ、ちょっと用があってな。いいから、今すぐ、ちょっとこっちに来い」
『何だ、めんどくさいな。今から、麻雀しようというところだというに』
「うるせえ。いいから、来いってんだよ。ドラ焼き野郎」
ついには、ドラ焼き呼ばわりして、綾羅木定祐は命令する。
『やれやれ、仕方ないな。このゴミ芥ども』
妖狐のほうも、二人をゴミ呼ばわりしながらも、結局こちらに来てやると答える。
そして、
――ブ、ィィン……
と、小上がりの和室スペースの外――、天井の高い土間のほうの空中に、もろに『ど〇でもドア』にしか見えないドアが現れる。
それも、重厚そうな鉄製の、本職の方の事務所のドアのような。
ただ、ドアは現れただけで、
…………
…………
と、ただそれから沈黙が漂うだけで、いっこうに、開く気配がなかった。
「……」
綾羅木定祐と、
「……」
と、上市理可が無言で、目をジトッ……とさせる。
「何? 全然開かないんだけど、綾羅木氏。しかも、微妙に開けにくい高さにあるっていう」
「ああ……。舐めてんな、あの、クソポンコツくそダヌキ」
綾羅木定祐が、言う。
クソポンコツくそダヌキと、クソを二回つけながら。
そうして、
「おう、大阪や!」
と、綾羅木定祐は拳を振りかぶるなり、
――ドォ、ォンッ――!!
と、本職の方の事務所にカチコむ――、否、ガサ入れする某府警のようにドアをぶっ叩く。
「おぅ! 開けんかい! ゴラァ!」
怒鳴る綾羅木定祐に、
「開けんか~い」
と、上市理可も便乗する。
『何だ、貴様ら? カチコミをかける大〇府警か?』
「やかまし、早よ出てこい、コラァ」
急かす綾羅木定祐に、
『やれやれ……。ちょっと、いま開けるから待っておけ』
と、妖狐は言葉をどおり、やれやれとドアを開けてやる。
――ギィ、ィッ……
と、見た目どおり、ドアは重い音を立てて開く。
そうして、
――スッ……
と、黒のアサシン風ドレスを身にまとった、麗しい黒髪に狐耳の、美麗としかいいようのない女の姿をした妖狐こと、神楽坂文が姿を現した。
ただ、開いたドアから土間に降りてこず、箱乗りスタイルでドアのふちに座るという、やる気のない舐めくさった開け方で。
なお、奥の異世界と思しきほうでは、中国神話風の風体の、神っぽいヤツらはだいたい友達なヤツらが、ジャラジャラとマージャンを打っているという。
「――で? 来てやったが、何の用だ?」
妖狐が、二人に聞く。
「ちょっと、依頼が入ってな。また、お前の妖具をよこせ」
綾羅木定祐が答える。
「妖具を貸せ、だと? 調査は、具体的に進んでいるのか?」
「いや。まだ、依頼されたばかりだが、」
「なら、具体的に調査が進んでからでも、いいではないか」
妖狐が言う。
まあ確かに、調査が進むか、どう進めるかの見通しが立ってから初めて、どんな妖具・妖力が必要になるか分かるわけで、妖狐の言うことは一理ある。
「ふん、このクソダヌキめ……。まあ、妖具はいいから、な? お前、ちょっと、枇杷でも取って来いよ?」
「枇杷、だと……?」
妖狐が、少し眉を動かして、怪訝な顔をする。
「うん。いま、ちょうど、旬の時期じゃない? ドラ〇もん」
「そうだ、ちょっと、マッハ2か3出して取って来いよ、ドラ〇もん野郎。ちょうど、すぐ隣の、くっそ田舎の千葉にでも行って。人様の土地じゃなく、誰も所有してない枇杷くらいあるだろ」
と、上市理可と綾羅木定祐が、妖狐に枇杷をパシらせようとする。
しかし、
「ふむ……。嫌なのだ。そもそも、貴様らゴミ芥どもには、枇杷すら勿体ない話なのだ」
と、若干のハ〇太郎口調で、妖狐から帰って来たのは、拒否の言葉だった。
「はぁ? 舐めてんのか? このクソポンコツダヌキ」
キレる綾羅木定祐と、
「そうよ、文さんは、私たちのドラ〇もんなの。ちゃんと、自覚して?」
と、上市理可が言うも、
――ギィ……、バ、タンッ……!
と、妖狐はドアは閉める。
「おい! 開けんかい! コラァ!」
綾羅木定祐は、ドンッ――! とドアを叩くも、今度は出てくる気配がない。
「くっそ……、この、ポンコツダヌキめ、」
「何? ねぇ、ねぇ? 逃げるわけ? 文さん?」
二人は、眼前の、空中に浮いたドアに言う。
すると、
――ギィッ……
と、ドアが、少し開く。
「――!」
綾羅木定祐が、まず反応するも、
「枇杷が欲しいのだろ? 貴様たち? なら、“これ”でもくれてやる」
と、妖狐が言い残しながら、
――ポロ、リ……
と、少し開いたドアの隙間から、パチンコの玉ほどの大きさの枇杷の種を落としてみせた。
ポトポト……と、焦げ茶色の枇杷の種が八つほど床に転がりつつ、
「「おい、八年後に実が成って食えってか! このクソポンコツクソダヌキ! 舐めとんのか!」」




