エピローグ
ヒーローたる王太子が綾香を好きなこと。ヒロインである美咲ちゃんはまさかの俺推し! この困惑する事態に嫁は……。
「涼ちゃんのこと、二人に話したの」
「え!」
「だって聖女ということは異世界から来たと分かっているわけでしょう。だから涼ちゃんは元いた世界の旦那だって打ち明けたの」
「!」
「元の世界の旦那がどうやらそちらの世界で亡くなり、ジョセフ・ユリウス・リューネルシュタイン子爵令息に生まれ変わっていた……転生していたって」
嫁は豪胆だと思ったが、ここまであっけらかんとしているとは……!
苦しい闘病中も音を上げなかった理由がよく分かってしまう。嫁はいつだってめげなかったし、心が折れることがなかった。
でも嫁が心の中で必死に闘っていたことを俺は知っている。笑顔の裏での闘病。それが分かっているから支えたい。助けたいと思ったんだよな。
「もしかしてさすがに俺が元旦那と分かったら、王太子殿下は……」
「水くさい、そんなこと、もっと早く言ってくれたら良かったのに、って思ってくれたみたい!」
「それはつまり……」
「王太子殿下は相思相愛の二人を邪魔するつもりはないと明言してくれたわ。元の世界からこの世界まで追いかけてきた涼ちゃんの執念に怖気づいたのかしら? もしかしたらストーカーと思われたのかも!」
「!? この世界にストーカーの概念はないはずだぞ!」
さらに嫁は美咲ちゃんのことも教えてくれる。
「美咲ちゃんはね、涼ちゃんが体を張って自身が聖女であると証明できる場を作ってくれたことで、まさに一目惚れ状態だった。でもね、私の旦那だと分かると……。『愛し合う二人を引き裂くなんてできません! どうかお幸せになってください』って笑顔で言ってくれたの。そこはさすがこの世界のヒロインちゃんよね。……というかまさか美咲ちゃんに会えるなんて……。感動だわ! ……美咲ちゃんに惚れられるなんて、ちょっと涼ちゃんにジェラシー」
「綾香の推しは美咲ちゃんだったのか!?」
「そうよ~。だって私、既婚者ですもの! 男性の最推しは涼ちゃんに決まっているでしょ」
嫁の言葉に……まるで少年のように胸がキュンとしてしまう。
「綾香」
「何、涼ちゃん」
「キスしたい」
そこでバンとノックもなしで王太子が部屋に入って来た。
スカイブルーの宮廷衣をビシッと着こなし、まさにヒーローたる風格である。
「な、王族のくせに人の部屋に……!」と思うが、ここは宮殿。国王陛下が最終的に「許可する」と言ってくれたことで、滞在させてもらっている身なのだ。そして次期国王の王太子がこんな不躾なことをしても許される……許されない! 礼儀とマナーはそれとは別の話!
俺がぷんすかなのは、まさに嫁とキスできると思ったのに邪魔されたからに他ならない。
「そろそろ昼食は終わっただろう? 最新の知らせだ。エンリッヒ公爵が聖女アヤカを脅したことを認めた。神殿が聖女の降臨を予言して以降、エンリッヒ公爵はその聖女を手懐けるつもりでいたんだ。だが聖女ミサキのことは僕が発見した。手出しできず、次の一手を模索していたところにアヤカの情報が耳に入り、こっそり動いたらしい」
かなりイケメンな王太子はドヤ顔だが、小説のストーリーを知っている俺と嫁はあまり顔色を変えない。
「お、おい、二人とも聞いているか!?」
「失礼しました。王太子殿下。それでエンリッヒ公爵の罪は?」
俺が尋ねると、王太子は腕組みをしてキリッと告げる。
「聖女を利用したり、害したりすることは禁じられている。それすなわち、主への反逆だからだ。古来より聖女に手を出した者は火あぶりと決まっている。いかなる温情も恩赦も与えられない」
これを聞いた俺と嫁は顔を見合わせ「やはり」とアイコンタクト。小説通りの展開だった。
◇
エンリッヒ公爵の刑は異例のスピードで実行されることになった。しかもその罪は「聖女の悪用と王家への反逆」なのだ。公開処刑が決定し、刑務所前の広場に処刑場が設けられることになる。
そしてこの処刑場の周辺には屋台が出て、当日は食べ物やワインを売る物売りも多数登場。まるで祭りのような賑わいになる。
「何というか、これだけは元の世界の感覚もあり、受け入れるのが難しいわ……」
「そりゃそうだよ。この世界は医療水準が元の世界と比べものにならないし、法律だって違う。死が身近であり、闘技場もあって、死が見世物なんだ。処刑場に有料観覧席まであるなんて……。まるで花火大会のノリだ」
俺と嫁はそんな場を見る気になれず、処刑当日は宮殿の客間でやり過ごすことになる。それでも昼前に死刑は執行され、時計塔の鐘が刑の執行が滞りなく終わったことを知らせてくれる。
「これで無事、小説の世界はひと段落ね」
客間のソファに座り、嫁は紅茶を一口飲む。
すっかり見慣れた女神のような白い衣装に落ち着きのあるブルーのマント。ちなみに美咲ちゃんはワイン色のマントだ。このマントは主の祝福を授けられたもので、聖女は着用必須らしい。
そんな嫁の対面のソファに腰を下ろした俺は、すっかり元気なのでオリーブグリーンのセットアップを着ていた。
嫁につられ、俺も紅茶を飲みながら答える。
「悪党は罰せられ、二人の聖女はそれぞれの伴侶を得て末永く幸せになりました……になるよ」
「ふふ。でもまさか金髪碧眼の涼ちゃんともう一度結婚できるなんて。びっくりだわ」
「まあな。馬子にも衣裳ではないけど、もう俺、この体だから。綾香は元の世界の俺の方が好きだったかもしれないけど、勘弁してくれ」
「あらやだ、涼ちゃん、そんなことないわよ」
「え」
「だって私、涼ちゃんの中身が、性格が好きだったんだもの」
「!」
「私がぐいぐい行くタイプでしょう。そうすると男性の一歩前どころか三歩前ぐらい出ちゃう。それを『女は少し馬鹿なぐらいが可愛いのに。出しゃばって』と煙たがる人もいる。でも涼ちゃんはそんな私のことを認め、『綾香、すごいじゃないか』っていつも受け入れてくれた。そのことにどれだけ私が救われたか……。昭和生まれの私たち世代が働き盛りの時に、ダイバーシティなんて考えはなかったわけで。涼ちゃんみたいな性格の良き人は希少だったのよ!」
「そうなのか」
「そうよ。涼ちゃんは優しくて、私という人間を受け止めてくれる最高の旦那様です!」
そんな風に嫁に言われると俺は……デレてしまう。
「綾香がそんな風に思っていてくれたなんて……知らなかったよ」
「え、言ってなかったっけ!?」
「聞いていない」
「あら~、そうだったかしら~」
そう言って笑う嫁の耳が赤くなっている。照れても顔には出さないが、なぜか耳は赤くなる嫁が愛おしくてならない。
「しかし結婚は許されたが、問題は新居だな。エンリッヒ公爵の死刑が執行された後しばらくは、不穏な動きがあるかもしれない――ということで俺も宮殿での滞在が許されているけど、遅かれ早かれここからは出て行かなきゃならないよな」
「あら、涼ちゃん。それは違うわ」
「! 違うのか!?」
「違うわよ。出て行く先は大聖堂にある聖女宮よ」
「そうなのか!?」
「そうよ。美咲ちゃんは聖女だけど王太子と結婚して王宮で暮らす。聖女である私には聖女宮が与えられ、そこで暮らす。夫となる涼ちゃんもそこで暮らすのよ」
「すげーな、綾香! この世界のマイホームは綾香が手に入れてくれた! こうなったら俺は騎士としてばんばん稼ぐぞ!」
「え、涼ちゃん、騎士になるの!?」
驚く嫁に、俺は剣の腕が立つことを伝える。
「ふうーん。そうなのね……。まあ、涼ちゃんがそうしたいなら……。怪我をしても私が治癒できるからいいけれど……。本音では危ない仕事は止めて欲しいわ。怪我をしたって聞くの、ドキッとするから」
「あ……それはそうだよな。ごめん。今回、俺、既に刺されているわけで……」
「でもあれは王太子殿下を咄嗟に庇ったから、仕方ないことよ。涼ちゃんは悪くないよ」
「綾香……」
「ちなみに私、超高級取りになれるかも」
「?」
「聖女宮には貴族から平民までお供えを毎日のようにしてくれるらしいの」
「そうなのか!?」
「そう。でもまあ、善意の気持ちだから、半分は寄付に回すつもりよ。孤児院とか病院に。……元の世界で医療関係者は本当に頑張ってくれていたから……」
嫁によると、医師はオペの合間に入院患者に会い、さらに外来もこなす。待ち時間が多いのは、医師が多忙だからと分かったのだという。
「自分が実際に入院して手術も体験したから分かったこと。頑張る医療関係者にはエールを送りたいわ。そしてそんな医療関係者でもどうにもならない病は、この聖女アヤカにお任せあれ!ってね」
「もしかして綾香は……闘病中に今みたいなことを考えたのか? 小説を読み、奮闘する美咲ちゃんを見て、『もし本当に聖なる力があったら、美咲ちゃんはこんなに苦労しなくていいのに』って。そして自分をケアする医療関係者を見て、『もし聖なる力があれば、彼らをサポートできるのに』って」
「ありゃ。やっぱり涼ちゃん、鋭いなぁ。そう、その通りなの。私ってば、バリバリ文系脳で、医療に必要な理系的な知識がダメだから……。チートな聖なる力があれば、少しは役に立てるのにって思っちゃった」
これを聞いた俺はしみじみ思う。
「綾香はさ、自分が病人だったのに、誰かを助けたいと思えた。本当は自分が助けて欲しいって立場なのに。そんな綾香だからこの世界に転移できたのかもしれないな」
「あ……なるほど! それは腹落ちしたわ!」
「……綾香。この前の続き、今ならできる」
「!」
そこで俺は嫁の座るソファへと移動する。
改めて嫁と向き合うとなんだか恥ずかしい!
「綾香、目を閉じて欲しい」
「わあ、私ったら、キスが久しぶりで……」
そんな可愛らしい言葉を言う嫁がたまらなく愛おしく思い、ぎゅっと抱きしめようとしたまさにその瞬間。
バンッと扉が開く。
この不躾な奴は――。
「エンリッヒ公爵の刑は無事執行された! 凶事の後は慶事だ! わたしと聖女ミサキ、ジョセフと聖女アヤカの婚約を発表するぞ! 今すぐ、バルコニーに移動だ!」
タイミング悪すぎるこの世界のかなりイケメンな王太子が白い歯を見せて笑う。早くも結婚式を意識したような白の宮廷衣を着た彼は、美咲ちゃんをエスコートして歩き出す。
その後ろ姿を見ながら、嫁に聞いていたことを思い出す。
このあと小説の中では第二巻が続き、そこでは様々な事件もある。
でもきっと俺達なら……問題なく乗り越えられるだろう。
「綾香、行こうか」
「うん。涼ちゃん!」
嫁と笑い合い、俺は清々しい気持ちで部屋を後にした。
(おしまい)
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ちなみに「どうしてこうなっているのだろう?」「あれはどうなったのかな?」の疑問に答える視点更新とおまけの番外編更新を考えています!
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そして本日より、本編完結済の
『やらかしてしまったモブ令嬢です』
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余命一カ月のモブ令嬢のハッピーエンドコメディです
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