ミサキちゃん視点(前半)
突然異世界に転移して、右も左も分からず、戸惑うことになった。言葉は元の世界とは全然違うが、不思議とすんなり理解できた。でもここがどこで、なぜ突然こんな世界に転移してしまったのか。それは不明。しかも鞄は手元になく、唯一身に着けたままの斜め掛けポーチにスマホはあったけれど……。つながらない。圏外で充電もすぐに切れてしまった。途方にくれる私を見つけ出した彼は、「美しいレディ、お名前は? 私はこの国の王太子のセドリックです」と、礼儀正しく挨拶してくれた。
「私は……永野美咲と申します。あっ、えーと、ミサキ・ナガノです!」
「ミサキ……ではあなたは聖女ミサキですね」
そう言ってセドリック王太子殿下は微笑む。
しかも彼は見るからにかなりのイケメンで仕草も上品。私にも恭しく接してくれて、笑顔も朗らか。
素敵な王子様に一目惚れ……のはずだった、リューネルシュタイン家のジョセフ様に会うまでは。
ジョセフ様に会い、私の気持ちは揺れる。
セドリック王太子殿下によるとこの国、グランドハイト王国では昔から異世界より迷い込む女性がいるという。その女性はこの国にはない不思議な知識を持ち、王国の発展に寄与してきた。そこで国としては異世界から来る女性を聖女として迎え、大切にする文化があるというのだ。
「聖女を守る……という意味も込めて、王太子は聖女と結婚すると定められています。全身全霊であなたを愛するつもりです。聖女ミサキ、わたしでは不満があるかもしれませんが、どうか受け入れてくださらないでしょうか」
どう考えても完璧なセドリック王太子殿下からそんな風に言われ、私は驚くしかない。
元の世界だったらこんなハイスペック男子とは結婚なんてできないと思う。この世界に転移できたから、彼と結ばれるのだ。
最初は「どうして私がこんな世界に突然、転移したの……?」――そう思っていた。でもセドリック王太子殿下と出会い、転移できて良かったと思えてくる。優しく、私のことを気に掛けてくれるセドリック王太子殿下のこと、少しずつ好きになっていたのだけど……。
ジョセフ様は突然、私の目の前に現れた。
最初はセドリック王太子殿下の怪我を気にして、自分が裁定の儀で剣を抜くと言い出し、「見た目素敵な令息なのに、何だか変わった人」という印象だった。でも彼の言う通り、この儀式で前代未聞の事態が起きた。そして二人目の聖女として王都にやって来たアヤカという女性が本物の聖女となり、私の立場が危うくなる。
というのも通常、聖女は一人現れる。何人もやって来るわけではない。かつて聖女が二人――なんてこともなかった。よってどちらか一人が本物の聖女で、もう一人は偽物と考えられていたのだ。
偽物……そもそも私は自分が聖女と言えるのか、自信がなかった。
元の世界では看護師であり、“白衣の天使”なんて呼称もあるが、実際のところ、不思議な力を持ち合わせているわけではない。でも聖女アヤカは確かに祈りの言葉を復唱しただけなのに、ジョセフ様は剣を手に入れることになった。
もしかすると聖女アヤカは本物の聖女なのかもしれない……。
私自身もそう思えてしまう。
それに裁定の儀の剣は抜かれてしまった。これ以外でどうやって聖女であることを示すのかも分からない。
聖女ではない――となったら、セドリック王太子殿下とは結婚できない。これまで大聖堂の聖女宮に滞在できていたけど、そこから追い出されるのでは……?
路頭に再び迷うことへの不安で泣き出しそうになった時、ジョセフ様が驚くべき行動をとる。
だって彼は私が偽物の聖女と疑われないよう、体を張ってくれたのだ! この世界は元の世界と比べものにならないぐらい、医療水準が低い。出来れば怪我も病気もせず、天寿を全うしてくださいと願うレベルだった。医療知識があるだけに、点滴ができたら、MRIがあったら、輸血ができたらと思わずにいられないのだ。
そんな世界で自ら腕を傷つけるなんて!
狂気の沙汰だ。
でも彼の怪我に対処することで、私もまた間違いなく聖女であると認めてもらえた。
そして私のピンチを助けてくれたジョセフ様に淡い恋心が芽生えてしまう。
それまではセドリック王太子殿下と結婚する流れだった。それなのに急に現れたジョセフ様に目移りしてしまったのだ。元の世界では自由恋愛が当たり前。でもこの世界ではそうではない。どこか後ろめたい気持ちになってしまう。
ところが!
「聖女ミサキ。君に折り入って話したいことがある」
そうセドリック王太子殿下に呼ばれた時、私の気持ち移りがバレたのかと、かなり焦ってしまった。ところが彼から言われたことは……。
「聖女ミサキ、申し訳ないです。今回、聖女が二人という事態になってしまいました。そして本来は裁定の儀で、剣を抜くのを助けた聖女と王太子が結ばれます。その流れに沿うと、剣を抜くための力を与えたのは……聖女アヤカです。……剣を抜いたのはわたしではありません。ですが聖女を妻に迎えるのは王太子という伝統があるため、結婚相手はわたし、となります。そして正直に申し上げますね。わたしは……アヤカに一目惚れしてしまいました」
これをセドリック王太子殿下から打ち明けられた時は……願ったり叶ったりだった。
ジョセフ様のことが気になっているのに、セドリック王太子殿下と結婚する――この世界では政略結婚が当たり前だけど、私は元々ここの住人ではない。元の世界では自由恋愛で、政略結婚なんて昔の話、どこぞのお金持ちの話、つまりは完全に他人事だった。好きな人と結ばれるのが当然だと思っていたので、ジョセフ様に気持ちを寄せたままセドリック王太子殿下と結婚することに後ろめたさを感じていたのだ。
「セドリック王太子殿下、正直なお気持ちを打ち明けていただき、ありがとうございます。実は私もリューネルシュタイン家のジョセフ様のことが気になっているのです」
「なんと! それは奇遇です! リューネルシュタイン家のジョセフであれば、裁定の儀で剣を抜いています。聖女と結婚できる権利を有しているのです。聖女ミサキ、あなたはリューネルシュタイン家のジョセフと結婚できますよ!」
セドリック王太子殿下からそう言われた時は喜びで胸がいっぱいだった。
でも……後に私は驚きの話を聖女アヤカから聞くことになる。
◇
最初、もう一人聖女がいるらしい――と聞いた時は嫌な予感がしてしまう。
訳の分からないままこの世界に転移し、セドリック王太子殿下に庇護され、ようやく落ち着いたと思ったのに。なんだか一波乱ありそうで不安しかなかった。でも聖女アヤカは「剣が抜けたのは自分の力ではありません。リューネルシュタイン家のジョセフ様のお力です。彼が聖人なのではないでしょうか。私は聖女などではありません」と言い出したのだ!
聖女と認められれば、国として保護され、衣食住が保障される。突然、転移した身としては保護されることは大きな意味を持つ。
聞いた話では聖女アヤカは転移してから既に五年経っていた。転移していたのがアルトの村というのどかな場所であり、村民も優しい人たちばかり。どこの馬の骨とも分からない聖女アヤカをのけ者にすることなく、受け入れた。聖女アヤカもそれに適応し、アルトの村でひっそり暮らしていたのだ。衣食住は高望みしなければ事足りていた。でも異世界から来た女性がいると、村の外部の人間に見つかってしまい……。
まさに「見つかってしまった……!」という感じで、本人は仕方なく王都へ来たように思える。だから「自分は聖女ではない」なんて言い出したのかしら……?
ともかく聖女が二人!となり、どちらかは追い出されるのではと不安になったが、そうはならなかった。そして裁定の儀のドタバタの後、アルトの村へ向かうことになり、聖女アヤカと同じ馬車に乗ることになった。そこで聖女アヤカと初めてゆっくり話してみると……。
お読みいただき、ありがとうございます!
ヒロイン視点の番外編です~
昨日TVerで隅田川花火大会を見ながら一気に後編も書き終えたので
本日この後、公開しちゃいます!
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