ミサキちゃん視点(後半)
聖女アヤカはとってもフレンドリーだった。お互い、元の世界からいきなりここへ転移させられた身。いくら周囲の人に親切にされても言えないこともある。医療水準の低さやお風呂やトイレ事情とか……。そんなことを笑い話にできるのは、やはり元の世界を知っている人ではないと無理な話。それを踏まえると、聖女アヤカとは気さくに話せ、彼女となら仲良くなれそう。そう思っていた矢先のこと。
「大変だ、聖女ミサキ! ジョセフが刺された!」
「えっ……!」
どこを刺されたのかとセドリック王太子殿下に確認し、私は絶望的な気持ちになってしまう。
脇腹、おそらく肝臓が傷ついている。
本来であればすぐに手術するべきだと思う。
でもこの世界にその設備もなければ、そんな手術ができる医者もいなかった。
止血することしかできない事態に私は泣きそうになる。
そこでジョセフ様はセドリック王太子殿下にこう告げたのだ。
「アヤカ……話したい……二人で」
痛みもある。死への不安もあるだろう。
そんな中で、ジョセフ様は聖女アヤカに会いたいと伝えた。
それってつまり……ジョセフ様は聖女アヤカのことが好きなのでは……?
「聖女ミサキ」
「はい、王太子殿下」
「ジョセフは……助かるのか?」
セドリック王太子殿下がジョセフ様と聖女アヤカを二人きりにしても問題なしと判断した。だから殿下と私は二人を残し、部屋から退出。居間へと移動しながら、会話することになる。
「先程お伝えした通り、肝臓と言われる臓器を損傷しているのだと思います。……手術ができないとなると……助かるかどうかはもはや運と本人の治癒力になるかと」
「聖女ミサキの聖なる力でも助けられないのか?」
「申し訳ありません。私の力が及ぶところではなく……」
「……そうなのか。ジョセフとは竹馬の友になれそうだったのに」
セドリック王太子殿下の表情が曇ったまさにその時。
柔らかい優しい光の粒子が辺りを漂う。
「これは……なんだ!? 夜光虫か……?」
「セドリック王太子殿下、ジョセフ様と聖女アヤカがいる部屋にこの光が吸い込まれているようです」
念のためにジョセフ様たちの部屋の廊下で待機していたセドリック王太子殿下の近衛騎士がこちらへと駆け寄った。その際、こんなことも伝えられる。
「『リョウちゃん、ダメ! 生きて』という聖女アヤカの叫ぶような声も聞こえました。……おそらくジョセフ様は……」
これを聞いたセドリック王太子殿下は二人がいる部屋へと駆けて行く。私もその後を追いかける。
「聖女アヤカ、大丈夫ですか!? 扉を開けてもいいですか」
扉の隙間から近衛騎士の報告通りに光が吸い込まれていた。
「反応がない……。何か起きた後では大変なことになる。申し訳ないのですが、扉を開けます!」
そう言ってセドリック王太子殿下が扉を勢いよく開けると――。
ジョセフ様と聖女アヤカがあの光に包まれている。一際、光が集中しているのは……。
「ジョセフ様の傷に光が集まっています!」
「これは……王家に伝わる巻物の中で見た光景とそっくりだ。戦場で傷ついた兵士を聖女が癒した時、その体は光に包まれていた……。そうかこれは聖女アヤカの聖なる力なのか!」
奇跡を目の当たりにしていた。あんなに顔色が悪かったのに。ジョセフ様の顔に血色が戻っている。
しかし――。
「リョウちゃん、ダメだから! 死なないで! 生きて! せっかくもう一度会えたのだから、一緒にレモンサワー、飲もうよ! お願い! 生きて!」
聖女アヤカは号泣状態で、しかも「リョウちゃん」とジョセフ様のことを呼んでいる。
ジョセフ様のニックネーム? でもジョセフ・ユリウス・リューネルシュタインからリョウなんてニックネームは……。
というか元の世界の感覚からすると「リョウ」とは「亮くん」「涼くん」「遼くん」「諒くん」という名前が浮かんでしまう。
「聖女アヤカ、落ち着いてください。ジョセフはあなたの聖なる力で奇跡的に一命を取り留めています。流れ出ていた血も止まっていますよね? それにほら、顔色だって」
セドリック王太子殿下が聖女アヤカの上腕に遠慮がちに触れながら、その耳元で告げると、聖女アヤカは「へっ」と泣きじゃくった顔でジョセフ様を見る。
「……! 本当だわ! 血が止まっている! それに顔色も悪くない! 良かった! 良かったわ! リョウちゃん!」
やはりジョセフ様ではなく、リョウちゃんと言い、聖女アヤカは今度は嬉し泣きになった。
◇
泣きじゃくる聖女アヤカを一旦、別室に連れて行き、そこで飲み物を飲ませ、落ち着かせることになった。ジョセフ様は回復しているが、眠りに落ちている。周りで大騒ぎして起こすより、自然に目覚めるのを待った方がいい。
ということで携帯用にセドリック王太子殿下が持参していた茶葉と、村長に案内してもらった清らかな泉の水を沸かし、紅茶を用意。聖女アヤカに飲ませている間にセドリック王太子殿下はジョセフ様を連れ帰るための馬車の準備を始めてくれる。それがひと段落し、聖女アヤカ、セドリック王太子殿下、私は居間の木製の椅子に三人それぞれ腰掛け、話せる状態になった。
そこで聖女アヤカはこんなことを打ち明けたのだ。
「リューネルシュタイン家のジョセフ様は……元の世界の私の夫です。涼ちゃんとは国際結婚でした。私はこの世界に転移した時、記憶が飛んでいる部分があって……。涼ちゃんを見ても自分の夫だってすぐに分からなかったんです。でも涼ちゃんは一目で私が誰であるか分かって……。涼ちゃんは転移ではなく、転生だったようです。リューネルシュタイン家のジョセフ様として転生していましたが、間違いなく涼ちゃん。私と二人になった時、一緒によく飲んだレモンサワー……レモンを絞って飲むアルコールの話とか子どもの話とか聞かせてくれて……」
「聖女アヤカは元の世界で子どもがいたのですか!?」
「あ、はい。そうなんです」
聖女アヤカの返事にセドリック王太子殿下は仰天している。
「ともかく再会できたと思ったら、涼ちゃんは瀕死じゃないですか。絶対に生きて欲しいと強く願ったら……。言われるまで気づきませんでした。でも確かに温かい優しい気持ちになる光に包まれていて……。涼ちゃんの傷が塞がり、生きていると分かり……」
「あなたは聖女なんです。聖なる力を使えても何ら不思議ではない。裁定の儀でも剣を抜く力をジョセフに与えている。それもまた聖女だから当然のこと」
動揺を乗り越え、セドリック王太子殿下が聖女アヤカにその力のことを伝える。彼女は「聖女……。本当に私、聖女なんですね」と、呟き、しみじみとこう言う。
「でも良かったです。涼ちゃんが助かったから。せっかくまた会えたのに、『こんにちは。ではさようなら』なんて。そんなの悲しすぎますから」
聖女アヤカの言葉にセドリック王太子殿下は慈しみの込められた微笑みを浮かべ、こう伝える。
「聖女アヤカ、安心してください。あなたはジョセフと間違いなく結ばれる。ジョセフは裁定の儀で剣を抜いているのです。聖女と結ばれる権利を持っている。元の世界からわざわざこの世界に転生している……そんな奇跡、そうあることではない。お二人の仲を裂くなんて、誰もできません」
そこでセドリック王太子殿下が私を見る。私はこくりと静かに頷く。殿下と同じ気持ちだと示すために。
突然現れたジョセフ様……涼さんのことを私は好きになっていた。でも彼は……奥さんを追うようにしてこの世界に転生した可能性が高い。
可能性が高い……ではなく、きっとそう。だって生死を彷徨ったその時、彼は思ったはず。「最期に愛する人に会いたい」と。そしてそれは聖女アヤカだった。相思相愛の二人の邪魔など私にはできない。
「出発の準備は整っている。ここに長居は不要。宮殿へジョセフを連れ帰ろう」
セドリック王太子殿下の言葉に聖女アヤカは「あ、少し時間をください。せっかくアルトの村に戻ったので、みんなと話してもいいですか?」と尋ねる。
「ええ、いいですよ。ジョセフを馬車に運ぶ必要もあるので。そして心配した村人がわざわざこの近くまで来ているので、聖騎士と共に会いに行くとよいかと」
「ありがとうございます、殿下」
こうして聖女アヤカはお世話になっていたアルトの村人に会いに行くことになった。私は馬車の中で出発を待つことになる。
「聖女ミサキ、馬車までエスコートしよう」
「ありがとうございます!」
セドリック王太子殿下は私をエスコートして歩きながら、こんなことを言う。
「ジョセフの件は残念だった」
「それは……それを言うなら殿下も聖女アヤカのこと、残念でしたよね」
「残念だが、聖女アヤカがあれほどの治癒の力を発揮できたのは、ジョセフへの愛ゆえ。そこは……受け入れるしかなかろう」
「私も二人の愛を目の当たりにして、足を引っ張るようなことはしたくないと思いました」
「……結局、僕になってしまったな」
「それを言うなら殿下も私ではがっかりですよね」
「そんなことはないぞ、聖女ミサキ! 最初に会った聖女はミサキ、あなたなのですから。父上にも報告し、僕は僕にとっての最初の聖女であるミサキを全身全霊で守りたいと伝えるつもりだ」
「殿下……」
お互い、ほろ苦い失恋をしたばかり。でも別に嫌いな相手ではない。
何よりセドリック王太子殿下は権力を振りかざし、ジョセフ……涼さんと聖女アヤカの仲を裂こうとはしなかった。
根が優しい人なのだ。間違いなく、生涯をかけ、私を大切にしてくれる。
「私も殿下のたった一人の聖女として、全力でお支えします」
「聖女ミサキ……! ありがとうございます」
建物を出ると、空に雲は一つもなく、セドリック王太子殿下と初めて会った時と同じ、眩しい程の青空が広がっていた。
お読みいただき、ありがとうございます!
聖女ミサキ……本来のヒロイン視点でした~
次は意外な人物の物語を番外編として公開です!
明日の夕方~夜頃公開予定!(筆者が兼業のため)
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