レオン視点(1)
幼い頃の僕と弟は同じ乳母に育てられ、一緒に遊び、おやつを共に食べ、笑顔で楽しく過ごしていた。年齢差も二歳しかない。侍女に二人して淡い恋心を抱き、家庭教師から宿題を出され、二人で愚痴を言い合った。泣いたり笑ったりを、弟であるジョセフと分かち合って生きてきた。兄弟の絆は強かったと思う。そう、僕が七歳までは本当に、仲のいい兄弟だった。
だが、僕が七歳になった時、父親からこう言われる。
――「レオン。お前は嫡男で、リューネルシュタイン子爵家の次期当主だ。当主になるべく、領地経営について学び、法を知り、当主教育を受ける必要があるんだ。来週からそのための家庭教師がやって来る。これまでお前に礼儀作法や語学を教えていたシューベルト先生は、そのままジョセフの家庭教師を続ける。レオン、お前の先生はラーク先生だ。分かったな?」
そこからだ。その日からジョセフと僕は三度の食事以外で顔を合わせなくなった。お茶の時間には侯爵令息の屋敷にお邪魔して、僕は彼の学友になるように言われた。そいつは自身の身分を鼻にかけ、格下の僕を小ばかにするようなせせこましい男だった。そんな奴と友達になることを強要され――。
「坊ちゃま。この法律は領地経営に深く関わるものです。領主が領民を裁く事態は多々起きること。きちんと覚えてください。そして土地取引の登録に関する手続きの件ですが――」
学ぶ内容は法律の知識だけではなく、計算力も問われ、さらに過去の事例をある程度頭にいれなければいけない。難しい上に、宿題も山のように出る。出来ないと「あなたは次期当主なのです。これぐらいこなせないと、父君も領民も困ります」などと言われてしまう。
その一方で弟はこれまで通り、使用人の息子と一緒に遊び、おやつを食べ、勉強も楽しそうにしていた。窓から明るく笑うジョセフの姿が見え、「なんで僕は……」と思うことも多くなっていた。
◇
そんな弟であるジョセフとは別々の教育を受けるようになって、二年もした時のことだ。いつものラーク先生が体調不良で授業が休みになった。自室で自習していると、ジョセフがこっそり使用人の目を盗み、僕の部屋に現れた。
「兄上、これ、蜂蜜パン! トーマスがくれたんだ。今回は奮発してバターも少し塗ってある。兄上、大好きだったでしょう?」
庶民が食べる黒パンに蜂蜜とちょっぴりのバターを塗った蜂蜜パン。貴族の令息が食べるようなものではない。でも僕と弟は幼い頃、執事の息子や料理長の息子と遊んでいたので、こういった庶民のおやつもよく隠れて口にしていた。
「……懐かしいな。ありがとう、ジョセフ」
「兄上は毎日大変そうだよね。でも俺もさ、来週から特別カリキュラムが始まるんだ」
「そうなのか、ジョセフ……?」
蜂蜜パンにかぶりつきながら尋ねる僕にジョセフが伝えたことは……。
「来週から俺、剣術を本格的に習っていいんだって」
「えっ……」
「昔はさ、兄上とトーマスやジョンと木剣で遊んだよね? すごく楽しかった! だから父上に『修道院で主について学ぶ、剣の道に進む、宮廷で使用人を目指す、職人の見習いになるなら、どれがいい?』と聞かれて、迷わず『剣を習いたい!』って答えたんだ。そうしたら剣術の先生がついてくれることになった!」
それを聞いた僕は……弟のジョセフが羨ましくてならない。
僕にそんな選択肢はなかった。父上も僕にそんなことは尋ねていない。しかも僕は……騎士の物語が大好きだった。ベルクライン騎士団の聖杯を求める物語、バルク騎士団の島の攻防戦、ノルディア騎士団の王国再建記……。騎士になり、騎士団の一員になりたい僕は、ジョセフが剣術を習うことに激しい羨望を覚えた。
一応、僕も朝の乗馬の練習の後、剣術を教えてもらっている。でもそれは最低限の練習であり、領地経営の勉強の方を頑張るよう言われていたのだ。
僕は……次期当主として必要だからと座学ばかり。対してジョセフは……。
「楽しみだな、剣術を習うのが!」
七歳を迎え、父親から新しい家庭教師の下、領地経営や法律について学ぶように言われた時、僕は今のジョセフのように笑顔ではなかった。
ジョセフに対する羨望の想いは……どうしても強くなっていた。
◇
十二歳になった僕は家庭教師の授業が減り、代わりに父親のそばで領地経営を実地で学ぶようになる。領地に向かい、農地や牧草地を見たり、村長参加の会議に同席させてもらったり、実際に使われている帳簿を見ながら、そこに何が書かれているかを学ぶようになった。
これまで父上が何をしているか分からなかった僕からすると、実地で学ぶことで父上の偉大さを噛み締めることになる。それはそれでとても勉強になっていると思う。その一方で、領地の多くが農地でもあることから、農業や家畜についても学ぶのだけど……。
これじゃ僕が農民みたいじゃないか。収穫時期や量や天候のことなんて、農民が学べばいいのに。
そんな気持ちにもなってしまう。
僕がそんな気持ちになる一方でジョセフは日々、楽しそうに剣術の練習をしている。食事の席でもいつも「いっぱい練習をしたからお腹が空いた!」が合言葉になっており、それを聞いて両親は満足そうにしている。
そうなるとやはり僕は「僕だってもっと剣術を習いたいのに」と、どうしても思ってしまう。
でもそんなことは言っていられない。歳を重ねるに連れ、僕への教育は、完全な実地へと移る。
「テノールの村の橋が落ちた。修繕計画を立てる必要がある。レオン、出来るか?」
「はい、父上! 任せてください!」
騎士になり、騎士団の一員となり、国の防衛のために戦う。王命を受け、聖杯の探索の旅に出る。そんな話は所詮、夢物語。僕は子爵家の次期当主として用意された道を進むしかない。
こうして僕は十四歳となり、実務を任せられる場面も増える。さらに十六歳になると、父上の代理で晩餐会に出席したり、狩猟会に参加したりするようになった。
もう「騎士が」「騎士団が」などと言っていられる年齢ではない。
そして十八歳となり、宮殿で行われる舞踏会へ初めて向かうことになった。
◇
これまで領地視察で地方領へ向かった際、現地管理官主催の舞踏会を模したパーティーに出席したことはある。だが宮殿で行われる本格的な舞踏会はこれが初めて。この日のために用意したテールコートを着て、両親と共に向かうことになった。
「兄上、いよいよですね。気を付けていってらっしゃいませ!」
弟のジョセフがエントランスまで執事長たちと共に見送ってくれる。
騎士として日々訓練をしているジョセフは日焼けして、僕より二歳年下とは思えないほど成長し身長も伸び、筋肉もついている。僕も少しでも剣術を上達させようと、朝の乗馬の訓練の後、剣術の練習を続けているが……。とてもジョセフには敵いそうもない。
「うむ。では行ってくる。さあ、レオン、馬車に乗るんだ」
「はい、父上」
こうして馬車に乗り込み、宮殿へと向かうことになる。
「レオン、今日のこの舞踏会は結婚相手を見定める場でもある。最初の曲はフォーン子爵令嬢だ。これはフォーン子爵からぜひに、と打診があった。同じ子爵家、家門の歴史も似ている。お前にとっての婚約者第一候補だ。二曲目と三曲目は共に男爵令嬢。我が家からすると格下。申し入れがあったから受けたが、フォーン子爵令嬢が第一だ。四曲目以降は決まっていない。侯爵令嬢のハートでも射止められたらいいが……。まあ、あまりがっつくのもよくない。上手く振る舞え」
「分かりました、父上」
馬車の中で父上からそう言われていたが、会場となるホールに着くと、デビュタントを迎える白いドレス姿の美しい令嬢が沢山いる。
なんてみんな美しいんだ……。
もう次から次へと目移りしてしまうし、圧倒されてしまう。
「あっ……」
とても美しい令嬢がいた。柔らかい蜂蜜色の髪にエメラルドのような瞳。ミルクのような肌に白のドレスがよく似合っている。パールのネックレスも耳飾りも髪飾りも。完璧だった。
「おい、レオン。何をジロジロ見ていやがる。彼女は俺が最初にダンスするエーゼルシュタイン伯爵令嬢だ!」
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ジョセフの兄レオン視点の物語4話予定です~
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