レオン視点(2)
僕が舞踏会の会場で見つけた大輪のユリのような美しい令嬢。彼女は伯爵令嬢。そして僕がいやいや学友を続けているヴェンダール侯爵令息が最初にダンスをする相手だった。
「お前、継いでも子爵の身分のくせに、格上の伯爵令嬢に懸想なんて、生意気なこと、するなよ。俺とダンスしたいと向こうの親から申し入れがあった。侯爵家からしたら、伯爵家なんて格下。俺としては公爵令嬢と本当はダンスしたかったが……。だがエーゼルシュタイン伯爵令嬢のことは噂でかなりの美人と聞いていたし、あの体だ。まあ、一曲ぐらいダンスしてやろうと思ったわけだ」
ヴェンダール侯爵令息……ジルベールの言い草には無性に腹が立つ。しかも格下だが、見た目がいいから一曲ぐらい相手をしてやると完全に見下している。腹は立つがこの男との付き合いはかれこれ十年以上。さすがにあしらい方は心得ている。同意しているとばかりに薄笑いを浮かべ、頷き、フェードアウトが一番だ。
さらに幸運にもファンファーレが聞こえ、王族の入場となる。これ以上、ジルベールの馬鹿野郎と話さずに済むことに胸を撫で下ろしてしまう。
そして舞踏会は主催者である王妃の挨拶で開幕するが、ダンスはすぐには始まらない。デビュタントの令嬢たちが国王陛下夫妻へ挨拶をするためだ。終わるまで僕たちは控え室で待機となる。
「レオン、緊張するな」
「あ、コール!」
ジルベールの学友の一人であるコールは男爵家の令息。ジルベールの遠縁であることから、僕と同じようにお茶会に呼ばれ、奴の学友に選ばれてしまったが、コールは読書が好きな物静かな性格。ダークブラウンの髪に眼鏡をかけ、小柄で細い。お茶会の席では「ホワイトアスパラガスみたいだ」「本の虫の気弱なお嬢ちゃん」とジルベールがさんざんからかっていたが、本人は意に介さない。なかなか肝の据わった令息で、僕はコールのことが気に入っていた。
「コールは最初のダンスは誰と?」
「僕はワイアット男爵令嬢とダンスすることが決まっている」
「ワイアット男爵……『ザ・アカデミー』という専門紙を出している出版社を経営している貴族だ。そこのご令嬢か!」
「うん。そうなんだ。実は王立図書館でご令嬢と顔を合わせたことがあって……。僕のことを覚えていてくれたようで、ダンスを申し込んでくれたんだ」
コールとそんなことを話しつつ、初めましてになる令息と挨拶をしていると、あっという間に時間が過ぎていく。
「いよいよだね」
「そうだな。行こうか、コール」
こうして遂にダンスタイムに突入した。
◇
デビュタントの令嬢の最初のダンスは父親もしくは兄などの親族と決まっている。おかげで自分が踊る令嬢のダンスがどれほどのものなのか、あらかじめ見ることができるのだ。
「フォーン子爵令嬢、ダンス、上手いな」
「ワイアット男爵令嬢はガチガチで、かなり緊張していそうだ」
コールとそんなことを言いながら、令嬢たちのダンスを見守っていたが、それも終わるといよいよ僕たちの出番となる。
「頑張ろう、コール」
「ああ、頑張ろう、レオン!」
こうして両親が見守る中、フォーン子爵令嬢とダンスを行う。
フォーン子爵令嬢はプラチナブロンドにヘーゼル色の瞳で、ものすごい美人というわけでもないが、年齢より落ち着いており、上品な令嬢だった。ダンスも上手で、趣味は刺繍、婚約者として父上が喜びそうな令嬢だ。
「ありがとうございました」
「こちらこそ」
無事、フォーン子爵令嬢とのダンスを終え、二曲目、三曲目と連続で踊り、休憩となった。
「コール、どうだった!?」
「三曲目の相手がなかなか決まらなくて焦ったよ。人気は公爵家、侯爵家、伯爵家の令息で……。男爵家の令息は僕以外も含め、あぶれそうだった」
そんなことを軽食や飲み物が用意されている部屋で話していると、ジルベールは数名の令嬢に囲まれ、ニヤニヤと品定めをしている。
「ジルベールの奴、鼻の下を伸ばし過ぎだ」
「……遠縁とは言え、奴の横暴ぶりは目に余るよ。屋敷のメイドにもちょっかいを出したらしく、三人ぐらい辞めたって聞いている」
「最悪だな」
だが本当の最悪な事態は、舞踏会が始まり二時間程経った時に起きる。
「なんだかんだで十曲ぐらいは踊ったよな?」
「うん。それぐらいは踊ったと思う」
「人も多いし、暑いぐらいだ。少し、外の空気を吸うか?」
「そうだな。バルコニーに出よう」
休憩室から行けるバルコニーにコールと出た僕たちは、ぎょっとすることになる。
「な、ジルベール……様、何をしているのですか!?」
僕が声を掛けた瞬間、ジルベールに抱きつかれている令嬢が「助けて」と叫ぶ。
「ワイアット男爵令嬢!」
コールが蒼白になり、駆け寄る。「コール様!」とワイアット男爵令嬢も髪を乱し、コールの方へと向かう。
「ふん。別に。この女が俺に色目を使うから、仕方なくちょっと相手をしてやっただけだ」
「違います! 私はそんな風にあなたのことを見ていません。あなたが『お前はコールの女なのか。あんなひょろっとした男のどこがいいんだ?』と言い寄って来たのではないですか!」
ワイアット男爵令嬢は涙目になりながらも、自身の名誉に関わることなので、必死に抗議するが……。
「ふざけるな! 俺が格下男爵家の令嬢に言い寄るはずがない!」
「そんな……」
その時だった。
「ジルベール」と低い唸るような声が聞こえ、その場にいた全員が固まる。
「君は……ワイアット男爵令嬢の名誉を汚した! 許せない。僕は君に決闘を申し込む!」
そう言うと、いつも大人しくしているコールがジルベールを睨んだ。睨まれたジルベールは一瞬怯むも、すぐに普段の表情に戻った。その上で鼻で笑いながら「いいだろう。決闘、受けて立ってやるよ」と捨て台詞を吐いた。
◇
コールはワイアット男爵令嬢と婚約するつもりでいた。ワイアット男爵令嬢もその心づもりだった。それなのにジルベールが無理矢理、ワイアット男爵令嬢に抱きついたのだ。
コールがジルベールを許せない気持ちになるのはよく分かる。
だからと言って、ジルベールに決闘を申し込むなんて……。
ヴェンダール侯爵家は軍人の一族だった。かつて大陸では百年戦争と呼ばれる時代があり、どこかしらの国で戦争が起きていた。ヴェンダール家は、元は平民で兵士として活躍し、騎士となり、爵位を授かり、侯爵位まで上り詰めている。
だからジルベールは騎士となり、騎士団に入団した。ヴェンダール侯爵家はジルベールの弟が継ぐことになっている。
つまりジルベールは相当剣の腕が立つ。そんな相手とコールが決闘しては……負ける確率が高い。
「コール。無謀過ぎる。代理人を立てよう」
「……無理だよ。ヴェンダール侯爵は王立騎士団の騎士団長をしている。その息子の決闘の代理なんて……誰も受けてくれないよ。仮に受ける人が見つかったとしても、高額な報酬を裏で要求される。そんなお金は……男爵家の我が家には出せない」
コールにそう言われ「金なら僕も少しは用立てる。ジルベールと決闘なんて、死に行くようなもの。絶対にダメだ!」と主張するが、既に決闘の日時は決まっていた。
しかもジルベールの馬鹿野郎は自身の決闘のことを方々で話してしまう。
そうなるとこっそり行うことはできず、王都の広場で白昼堂々の決闘となってしまったのだ。
このまま真面目なコールがジルベールにやられるのを黙って見ているなんてできない。一体どうしたら……。
友のピンチに悩みながらも、僕の日常は忙しい。
「兄上」
「なんだ、ジョセフ。僕は今、忙しい!」
領民からの陳情書が届き、昼食をダイニングルームでとらず、自室の書斎で食べながら書簡を見ているところへ弟のジョセフがやって来たのだ。
「ごめん、兄上。でも早く伝えた方がいいかと思って」
「何なんだ、ジョセフ!?」
「コール男爵令息の決闘、俺が代理人になろうか?」
「!」
「俺、騎士になれるぐらいの腕前だと剣術の師匠に言われている。だから、ジルベールにも勝てると思う」
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まさかの決闘! どうなる!?
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