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「あ、ジョセフ様よ」
「本当だわ!」
「ジョセフ様、こんにちは!」
宮殿に着くと、令嬢が積極的に挨拶をしてくれる。その様子から俺が覚醒する前のジョセフがどれだけプレイボーイだったかが、ひしひしと感じられてしまう。
こんな風に令嬢に話し掛けられる俺を見たら、嫁は……。
「もう、涼ちゃん、モテモテねー!」
あっけらかんと笑うだろう。その笑いに俺は大いに焦り、嫁の気を引こうとケーキを買ったり、柄にもなく花束を送ったり……してしまったかもしれない。
だがそんなことはなかった。元の世界で四十代になってからの俺は職場の話しかけやすい頼もしいおじさんポジション。モテるなんてことはなかった。こんな風に積極的に若い令嬢から見られ、声をかけられるのは……。
居心地が悪すぎる。
作り笑顔を貼り付け、なんとかやり過ごし、宮殿で一番大きいホールへと向かう。
そのホールで普段は舞踏会が開かれ、海外から招いた王侯貴族や大使との晩餐会も行われる。一応子爵家である我が家もたまに招待をされ、父親や兄の都合がつかない時、母親と一緒に足を運んだ記憶はあるが……。
覚醒した俺からすると、初めてその場に足を運んだ状態。前世で海外旅行、しかもヨーロッパはフランスに一度しか行ったことがないので圧倒される。
天井が高い。シャンデリアが豪華。床もピカピカ、あちこちがゴールドでそちらもピカピカ……。
目がちかちかしそうになりながら、ホールでキョロキョロしていると、続々と貴族が入場していた。ざわざわと会話が響いていたが、突然ラッパの音が聞こえてくる。
「国王陛下のおなり~」
ファンファーレと共に白い毛皮がついた緋色のマントの国王陛下、美人な王妃、そして白っぽいブロンドにエメラルドグリーンの瞳のかなりイケメンな王太子、そこそこハンサムな第二王子、美人というより可愛い王女が入場した。
「諸君。今日はよく集まってくれた。これより二人目の聖女を紹介したいと思う。聖女アヤカだ」
ギリシャ神話の女神が着ていそうな白のドレープが効いた装いをしているのは……俺の嫁! しかも前世で出会った頃のような姿をしている。つまり大学生のような若さ!
自慢の長い艶やかな黒髪。笑顔が最高になるアーモンドアイ。日本人女性にしては身長もあり、鼻も高く、小顔。俺の嫁さんは……とっても綺麗な人だった。
「綾……」
綾香と呼びかけ、駆け寄ろうとした俺の口を押さえ、背後から羽交い締めするのは……この世界の兄であるレオン!
くそっ、優男かと思いきや、力があるじゃないか!
そこで兄が子爵家を継ぐより本当は騎士になり、騎士団に所属したいと願っていたことを思い出す。
「ジョセフ、大人しくしていろ! 聖女に何かしたらこの場で処罰を受けるぞ。生きたいなら黙って身動きせず、ここにいるんだ!」
押し殺した声で耳元で言われ、俺はハッとする。
この世界は前世のような常識が通用しない。この兄の言う通りで、王族や聖女に何かしようとしてお咎めを受けたら……その場で剣でずぶりもありうる。
そんなことで死ぬわけにはいかない。嫁と再会できたのだから……!
俺は兄に「大人しくします」と何度も頷く。「次にやったら気絶させ、退出させるからな」と兄は言いながら、俺を解放する。
退出させられるわけにはいかない。なぜなら……。
俺は全力の思いで嫁を見る。
すると嫁が「!」となり、こちらを見たが……。すぐにフイッと視線を逸らしてしまう。
そんな……!
嫁から今みたいな態度を前世でとられたことはない。ものすごくショックで俺はズンと沈みこむ。その間に国王陛下がべらべらと何かしゃべっているが、ほとんど耳に入っていなかった。
「……ということで王太子と結婚できる聖女は一人のみ。かつて二人の聖女が同時代に現れるなどなかったこと。そこで王太子と結婚することになる真の聖女を選びたいと思う。すなわち裁定の儀をこれより行う」
この言葉を聞いた瞬間、俺はサーッと顔を青ざめさせた。
ここが嫁の読んでいた小説の世界なら、主人公であり本物の聖女は王太子の隣にいる美咲ちゃんだ。明るい茶色の髪に黒目の大きな瞳。髪はおかっぱ……ボブというんだっけ? 十代……高校生ぐらいに見える。そして偽りの聖女、王太子を傀儡にしようとする政敵が送り込んだ悪女、それがまさかの俺の嫁……!
すると玉座に座る国王陛下の前に神輿を担ぐようにして運ばれてきたのは、巨大な岩に刺さった剣!
この剣を王太子が掴み、聖女が祈りを込め、抜けた方が本物の聖女となる。そして王太子が剣を抜くのは美咲ちゃんが祈っている時だ。俺の嫁の祈りの時ではない。そして偽物認定されたら――俺の嫁が火あぶりになってしまう……!
なんでうちの嫁がよりにもよって悪女な聖女なんだよ! 元の世界であれだけ苦しんだ。正真正銘の聖女にしてくれよ!
そう思うが、もし嫁が本物の聖女なら王太子と結婚してしまう。
うっ、そうなると悪女な聖女でよかったのか!?
俺がごちゃごちゃ考えているうちに、国王陛下が動く。
「では早速、始めよう。まずはアルトの村から来た聖女アヤカから試すといい。王太子よ、剣を――」
「お待ちください、国王陛下!」
気づけば俺は声を張り、兄と父親が「ジョセフ!」と叫ぶがもう遅い。
「おぬしは……」
「リューネルシュタイン子爵家の次男のジョセフでございます、国王陛下。儀式の始まりに声をあげたこと、お許しください。ですが自分は主の啓示を受けたのです」
「何!? 主がおぬしの夢枕に降臨したというのか」
「さようでございます、国王陛下」
この世界は聖女を信じるぐらい信仰心が篤い。主の啓示は国王の言葉と同じぐらい重視されると教えてくれたのは、小説を読んでいた嫁だった。
「して、どのような夢であったのか?」
「主によると、今日、行われる裁定の儀では前代未聞の事態が起きる。もし王太子殿下が剣を手にしていたら、怪我をする恐れもあるとのことです」
「何だと!」
かなりイケメンな王太子が叫び、その隣の聖女美咲ちゃんも「えっ」と驚いている。
「未来の国王に怪我などあってはなりません。剣を掴む役目はこの僕にお任せいただけないでしょうか。王太子殿下のために怪我をするなら本望です。未来の国王をお守りする誉を与えていただけないでしょうか」
俺の言葉に国王陛下と王太子は顔を見合わせる。
ここで無理をして王太子が怪我をすることがあっては困るはず。王太子が『自分が剣を掴む』と言っても、国王陛下が却下するはず。
「父上、わたしは」
「セドリック。お前の身に何かあったら困る。ここは勇気あるリューネルシュタイン家のジョセフに任せよう」
「……くっ、分かりました」
予想通りの展開となり、俺は玉座から数メートル離れた場所に置かれた岩へと向かう。背後から「父上、止めなくていいのですか!?」「国王陛下が許可しているんだ。我々は見守るしかない」という父親と兄の会話が聞こえてくる。
剣の刺さった岩。
冷静に見るとシュールだ。ここが小説の世界だから成立しているのだろうけど、現実でこんなこと……あるわけがない。
そんなことを思いながら、俺は嫁を見た。嫁は俺を見て訳が分からないという表情でこちらを見ている。
そこでようやく俺は気づく。
そうか。俺は今、元の世界とは別人のような姿をしている。だから嫁は……俺が誰であるか分からないんだ……!
さっきのスンとした態度の理由も分かったので、安堵で笑みがこぼれてしまう。
だがいきなり微笑みかけられた嫁は眉をひそめ、あきらかに警戒している。
とりあえず説明は後だ。今は嫁が火あぶりになる事態を避けなければならない。
「それでは聖女アヤカ。祈りの言葉をいただけますか」
俺の言葉に嫁は仕方ないという感じで大きく息を吐くと「……分かりました」と応じる。一方の俺はおもむろに剣のグリップをぎゅっと掴む。
まさかこんな剣を手にすることになるなんて。
そう思った瞬間、嫁が澄んだ声で歌うように祈りの言葉を口にする。
その静謐な歌声に心が洗われる気持ちになっていく。
つい聞き入りたくなるが、そうではない。この剣を抜く必要がある。
一度深呼吸し、そして――。
お読みいただき、ありがとうございます!
さて、剣は抜けるのか!?
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