2
自分の身に何が起きているのか。最初はパニックだった。だが執事のような青年……名はポールが「寝惚けているのですか、お坊ちゃま……?」ということで教えてくれたことをまとめると……。
俺の名はジョセフ・ユリウス・リューネルシュタイン……舌を噛みそうな名前を持つ子爵家の令息。見た目は鏡で確認したが、まさかの金髪に碧眼で、中年太りなどもない、スリムな若者……それはそうだ。現在十九歳というのだから。
さらにここはグランドハイト王国という聞いたことのない国だった。しかも貴族であるため、フリルがついた白シャツにやたら上質な生地の上衣とズボンに着替える羽目になり、俺は強い違和感を覚えた。だが、鏡に映る俺は……様になっている。むしろ似合う。
最初は何かドッキリかと思ったが、さすがに還暦間近の俺をこの姿に仕立てるのは無理がある。では夢なのかと頬をつねったりしたが、普通に痛い。そこでここで目覚める直前の自分の行動を振り返り、理解することになる。
俺は嫁との約束を守ったことに安堵していた。緊張の糸が切れたと思った瞬間に後頭部に激痛、猛烈な吐き気に襲われたのだ。要するに俺は……死んだのだろう。死んだら嫁に会えると思ったが、どうやら違うらしい。若い頃に読んでいたラノベのように見知らぬ世界に……転生していたようだ。
しかし転生=0歳児からスタートというイメージがあったが、そうではないようだ。もしくは前世記憶を覚醒せずにこの年齢まで成長していて、転生前の記憶を夢で見ていた……可能性もある。いずれにせよ、こうなったらこの世界に順応するしかない。言葉も理解できるし、何より十九歳でこんなにハンサムなのだ。第二の人生、心機一転で生きていくしかない。
そう思うと思い出すのは……嫁のことだ。
嫁が今の俺を見たら……。
「え、涼ちゃん、どうしちゃったの!? 社員旅行で演劇でもやるの? というか瞳の色まで碧いわよ……。髪はかつら? 何だかすごいハンサムじゃないの!」
そう言って八重歯を見せながら笑顔になりそうなのに。
そこで突然、闘病していた時の嫁の姿を思い出し、俺は涙が止まらなくなる。
死んだなら天国で嫁に会えると思っていたのに……!
◇
嫁ロスで悲しんでいたいがそんな暇はなかった。従者のポールに促され、朝食となったのだ。その朝食の席で俺の両親、兄弟と妹に会うことになったが……。
彼らの姿を見た瞬間、ちゃんと名前や思い出がよみがえる。
このことからも転生してこの世界で俺の魂は確かにここで生き続け、突然、前世の記憶が覚醒したのだろうと実感することになった。
そんなことを実感しながら、焼き立てのパンと出来立てのオムレツやソーセージなどの朝食を口に運んでいると、やはり嫁のことを思い出してしまう。
手術と最後の二カ月の入院をしている時を除き、嫁は毎朝味噌汁と炊き立てご飯、アジや鮭の干物、ホウレン草のおひたしやひじき煮などの朝食を出してくれていた。基本、我が家は和食。パンやオムレツなんてホテルに泊まった時に食べるもの。
嫁の味噌汁が飲みたい……。
そんな未練がましいことを思っていると父親のリューネルシュタイン子爵が食後の紅茶を飲みながら話し出す。
「……今日はみんなで宮殿に行くことになる。この朝食を終えたら、三十分後にエントランスに集合するように」
宮殿。そこで思い浮かぶのは前世知識のヴェルサイユ宮殿だが、この国の宮殿もそれに負けないぐらい絢爛なものであることは自然と理解できている。
しかしなぜ宮殿へ行くんだ……?
何か思い浮ぶかと思ったが、特に何も思いつかない。
そこで朝食が終わり、席を立つ際に兄に尋ねる。
「ジョセフはまた父上の話を聞いていなかったのか?」
「……申し訳ありません」
自分より年下の若造から上から目線で指摘されることにムッとくるが、この世界で俺は十九歳。おっさんではないのでここは我慢する。
「どうせまた追っかけている令嬢のことでも考えていたのだろう」
「えっ」
そこで脳裏に浮かぶのは見た目の王子様風とは真逆で、舞踏会や晩餐会で令嬢に絡み、煙たがられている自分の姿。
最悪だ。前世の記憶が覚醒する前の俺はやたら軟派な男だったのか……!
俺自身は大学で出会った嫁と卒業後に交際して結婚しているので、恋愛経験はかなり乏しい。それなのにこの世界に転生した俺は見てくれがいいことを武器に、かなり遊んでいたようだ。
「お恥ずかしい限りです。金輪際、令嬢を追いかけるのを止め、父上の手伝いを頑張るようにします」
羞恥の気持ちでそう口にすると、兄は驚き、目を見開いている。
「……ジョセフ、熱でもあるのか?」
「いえ、そういうことでは……」
「まさか……お前、今日、披露される聖女狙いか!?」
「聖女!?」
「そうだ。今日、王都にいる貴族が宮殿に行くのは、アルトの村で発見された二人目の聖女がお披露目されるからだろう!」
この言葉を聞いた俺の脳裏に嫁との会話が浮かぶ。
「……それでね、陽菜に紹介してもらったネット小説、とっても面白いの! 主人公の美咲ちゃんは現代の世界から異世界に転移しちゃって、そこで聖女として迎えられる。でもね、そこに二人目の聖女がアルトという村に現れて美咲ちゃんを名指しして、『この聖女は偽物です!』って言い出すの! 美咲ちゃんは大ピンチ! そこで裁定の儀が行われることになるのよ」
「へえー。裁定の儀って何をするんだ?」
「イギリスのアーサー王伝説に登場するみたいな岩に刺さった剣が登場して、本物聖女ならこの剣を抜ける!となるの。王太子が剣を手に持ち、聖女は順番に祈りの言葉を捧げる。でも正直、美咲ちゃんは聖女として扱われているけど、特に聖女の力があるわけではないの。伝承では異世界から来た女性は聖女だって言われているから、聖女だって思われている状態。でもここで剣が抜けなくて偽物となったら大変よ。聖女は王太子と結婚することになっている。だから王太子妃になることを狙い、聖女だと偽っていたのかとなってしまう。だから美咲ちゃんは元の世界の知識で剣を抜けるようにするのよ!」
「なるほど。現代知識で切り抜ける系か」
「そうなの! 偽物の聖女は最初に挑戦したけど、王太子は剣を抜けない。でも美咲ちゃんの祈りで剣は抜けて、事なきを得る。偽物聖女は王太子の傀儡化を狙い、政敵が送り込んだ悪女だった。悪事がバレ、政敵と悪女は火あぶりになるの。まさに勧善懲悪ね」
嫁が言っていたアルトの村。二人目の聖女。
「そうか! ここは綾香が読んでいたネット小説の世界なんだ!」
「ジョセフ、何なんだ、急に!?」
「失礼しました、兄上。ちょっと読んでいた本のことを思い出しまして」
「急に訳の分からないことを言い出して……。くれぐれも聖女に懸想なんてするなよ。聖女は王太子と結婚すると決まっているのだから」
「しませんよ!」
俺は嫁の作る料理が大好きだった。晩酌で出してくれたちょっとしたつまみも。何より嫁の笑顔を見ながら飲むレモンサワーが至福の一杯だった。
もう一度結婚するなら嫁とがいい。
どこの馬の骨とも分からない聖女になど興味ない。ただ、ここがどこかはよく分かった。嫁のスマホを握りしめて俺は死んだ。そしてそのスマホには嫁が読んでいたネット小説も残っていた。
でもまさかそのネット小説の世界に転生するとは……。
転生したものの、主人公はこの国の王太子と異世界からやって来た聖女。俺は……まあ、モブだ。
モブであることに文句はない。前世で自分がヒーロー的な立場でもなかったし、言ってみればその他大勢のモブとして人生を終えているのだから。
というか陽菜に申し訳ないことをした。よりにもよって結婚式の夜に死ぬなんて……。
さっきまでは嫁で頭がいっぱいだった。だが今は、宮殿に行くうんぬんより元の世界に残すことになった陽菜と湊のことでいっぱいになってしまう。
嫁にも会いたいが陽菜や湊にも会いたい……。
そんな想いを抱えたまま、宮殿へ向かうことになった。
お読みいただき、ありがとうございます!
もう一話、公開します~
ブックマーク登録でお待ちくださいませ☆彡



















