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岩に刺さった剣。
引き抜こうとしても抜けない。
ならば――。
俺は掴んだ剣を引くのではなく、グッと岩へと押し込む。剣が刺さる岩の割れ目に力を集中させたのだ。剣は構造的に押し込むと岩を横に広げやすい形状になっている。このまま押し込めば……。
斧で木を割るのと同じ原理が働くはず。つまり理系男子だった俺からすると、これは――。
そこでグッと手応えを感じる。
「いける!」と心の中で叫んだ瞬間。
まさに桃を割ったようにパカッと岩が割れ、剣を引き抜くことが出来た。
ホールの中はシンとしている。
え、俺、抜いたのに! これじゃダメなのかよ……?
そう思った瞬間。
「わーっ」「すごいぞ」
「岩が割れた!」「奇跡だ!」
貴族たちから驚嘆の声が上がる。
「ジョセフ、一体何が!?」
「父上、これはどういうことですか!?」
父親と兄は困惑している。
母親と妹はびっくりし過ぎて声が出ない。
そして王家の面々は……。
「なっ……こんな、こんなことが起きようとは……!」
「父上、これは……たしかに前代未聞の事態です!」
「ああ、そうだな。これはまさに奇跡だ!」
国王陛下と王太子も仰天しているが、何てことはない。これは楔効果と言われるもので、昔からよく使われる手法だ。大したことをしたわけではないが、知らないとこういう驚きにつながる。
貴族や王族は薪割りなんてしないし、きっと何が起きたのか分からないのだろう。だがこれで剣は抜けた。もう嫁は火あぶりにされない!
「二人目の聖女、彼女こそが本物だったのか」
「彼女こそが王太子の妃になるべき人だ」
これを聞いた俺は「!」と目を見開くことになる。
冗談ではない!
綾香は俺の嫁だ!
「そうなると一人目の聖女ミサキは王太子妃の座を狙った偽りの聖女!?」
大変なことになった!
嫁は王太子と婚約させられてしまう。
ヒロインの美咲ちゃんは偽りの聖女にされてしまうのだ。
そこで抜いた剣で俺は自分の左腕を切り付けた。
「きゃーっ!」
「うわっ!」
令嬢とマダムから悲鳴が起き、令息と紳士は驚きの声をあげる。
俺はというと、腕から激痛が走るがこれも嫁のためと思い、歯を食いしばる。
嫁はこんな痛みが可愛いと思えるような苦しみを味わった。それに比べたらこれぐらいで音を上げたら俺の名が廃る!
「なっ、おぬし、血迷ったか!?」
目を丸くした国王陛下が尋ねる。
「違います! そちらの聖女ミサキなら、この血を止めることが出来ます!」
嫁から聞いていた。「美咲ちゃんは聖女の力なんてない。でも元の世界では看護師だったの。だから傷ついた人も助けることが出来るのよ」と。
「聖女ミサキ、彼を救えるか!?」
「はいっ、出来ます、王太子殿下! 鍋で煮た亜麻布を用意してください!」
そこからは怒涛の勢いで時が流れていく。俺はされるがままで聖女ミサキに全てを任せる。
正直、この世界、麻酔なんてないから縫われる時は木の棒を咥え、悶絶することになった。でも嫁の顔を思い浮かべて、必死に堪えた。
堪えていたが結局、気絶してしまい……。
◇
カチャ、カチャと食器の音が聞こえる。
瞼に柔らかい陽射しを感じ、目を開けると――。
これは……天蓋付きのベッド……?
そこで心臓がドクンと大きく鼓動する。
まさかまた死に戻った!?
美咲ちゃんを救うことは出来なかった!?
ガバッと起きあがろうとして左腕に痛みを感じる。
「イテッ!」
小さく叫び、白い寝巻きを着た左腕が包帯でぐるぐる巻きになっていることに気がつく。
ということは俺は死んでいない!
「坊ちゃま、目覚めましたか?」
ポールがいい香りがする紅茶を手にこちらへとやって来る。
「聖女ミサキは? 火あぶりにされていない?」
俺の言葉にポールはギョッとし、周囲を気にするようにする。
ここにはポールと俺しかいないのに。
「坊ちゃま、聖女が火あぶり、だなんて! 二度と口にしてはなりませんよ! 異端者だと思われ、捕らわれて極刑になります!」
「ということは二人の聖女は無事なんだ……!」
「無事も何も聖女なんです! 国賓ですから!」
どうやら咄嗟の思いつきで動いたが、うまくいったらしい。
「それで俺……いや僕はいつ、屋敷に戻ったのですか?」
「お昼過ぎには処置も終わり、馬車で戻られました。その後はこんこんとお眠りになられて……何度かお手洗いには連れて行きましたが、坊ちゃまは意識があるような、ないような状態。そしてひたすらお休みになり、今は翌日のお昼前です」
そんなに時間が経っていたのかと驚く。
「もう間もなくお昼になりますが、体がお辛いようでしたらこのまま寝室で食事する旨を旦那様にお伝えしますが……」
「うん。そうしてください!」
即答するとポールが困った顔で俺を見る。
「坊ちゃま」
「はい」
「坊ちゃまはこの屋敷のご子息です。これまで通りの言葉遣いでお願い出来ないでしょうか」
「それは……」
「そんなにかしこまり、丁寧にする必要はございません」
「あっ……」
前世において従者なんていなかったから、正直、ポールとの距離の取り方がよく分かっていなかった。
「それはすみませんでし……いや、こほん。それはすまなかった。ポールの言う通りにするよ」
「ありがとうございます。それでは旦那様に報告してきます」
「うん。頼んだ」
ポールが出て行き、代わりにメイドが来て、軽くつまめるドライフルーツを出してくれた。それを飲んで食べていると……。
「ジョセフ!」
両親と兄と妹が寝室にやって来た。そこで心配半分お怒り半分、そして告げられる。
「目覚めて動けるようなら宮殿へ来るようにとお達しがきている」
「えっ」
「国王陛下と王太子殿下がお前に会いたいらしい」
「それは……お、僕はまだ体の調子が」
「お前が体を張った聖女に関する話があるらしいのに」
兄の一言に「!」となる。
嫁に関することだ!
「でも食事をしたら元気が出そうです。腕はまだ痛みますが、宮殿、行けます!」
◇
昼食を摂ると早速、宮殿へ向かうことになる。
腕は包帯を巻いているのでシャツは袖を上腕まで切り、上衣は肩から羽織るようになる。そうするとなんだかジゴロのような雰囲気になり、宮殿の廊下を歩く俺にはすれ違う令嬢やマダムから熱い視線が投げかけられるが……。
俺はそれらを無視して頭の中は嫁でいっぱい。
早く嫁に会いたい。そして俺が涼だと打ち明けたい!
こうして国王陛下との対面のため、謁見の間へ向かう。
「ジョセフ・ユリウス・リューネルシュタイン子爵令息ですね。どうぞ、お入りください」
侍従長が恭しく告げる。
国王陛下と謁見するなんて初めてのことだ。緊張でドキドキするが、嫁に会えると思うと勇気が湧く。
ゆっくり開けられた扉から中に入ると広々とした空間、天井は高く、赤絨毯の敷かれた階段の最上段に玉座が設けられている。
「国王陛下と王太子殿下のおなり〜」
二人がやってきたがそこに嫁の姿はない。
がっかりしたが、階段脇の分厚いカーテンからギリシャ神話の女神のような白の装いに、左半身を隠すようなワイン色のマントを羽織った聖女美咲ちゃんが登場した。
嫁も美咲ちゃんに続くと思い、初恋をした少年のようにドキドキしてしまう。
「リューネルシュタイン家のジョセフ」
国王陛下に名を呼ばれ、そして嫁は現れない。
「俺の嫁は?」と喉から出かかったが、それは何とか我慢する。
「その後、腕の調子はどうであるか?」
「国王陛下、ご心配をおかけいたしました。ですがこの通り、宮殿に参上することができるぐらい元気でございます! それもこれもそちらにいる聖女ミサキのおかげかと」
聖女美咲ちゃんの方を見て会釈すると、彼女はぽっと頬を赤らめる。
なんだか陽菜を見ているようで、可愛らしいな。
「今日おぬしに来てもらったのは他でもない。昨日、おぬしが言っていた通りの前代未聞の事態が起きた。まさか岩がぱっくりと割れるとは……想像だにしなかった」
それはそうだろう。嫁から聞いた話では本来、剣は美咲ちゃんが元の世界の知識を総動員して、それに従った王太子が見事に抜く展開。岩が割れて剣が抜ける……抜けると言っていいのか、ともかくこんな事態は誰も予測できない。
「聖女が二人、となってしまったが、ここで困ったことが起きている」
「……と、申しますと?」
「聖女アヤカが『自分は聖女ではない』と言い出している」
お読みいただき、ありがとうございます~
なぜ嫁は聖女ではないと言い出したのか!?
続きは明日、夕方ぐらいに公開します!
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