俺視点(前半)
「涼ちゃん!」
白のギリシャ神話の女神のような衣装にブルーのマントを羽織った嫁が、満面の笑みで俺を迎えてくれる。俺はその様子にニヤニヤしそうになるのを堪え、もはや慣れてしまったフリルシャツを着た上半身の背筋を伸ばす。
「どうしたんだ、綾香? 明日は宮殿を出るんだろう? 何か問題でも?」
「そう、明日で宮殿を出ちゃうから、何でも揃う宮殿の厨房をお借りして、これを用意してみたの!」
嫁が俺の手をとり、部屋の奥へと誘う。
え、俺たちまだ結婚前なのに、いいのか!?
てっきり寝室へ向かうかと思ったが、そうではない。前室の本棚のそばのソファセットに向かうと、ローテーブルにいくつもグラスが置かれ……。
「レモンの香りがする!」
「そうなの、涼ちゃん。私ね、レモンサワーを作れないか、試してみたのよ!」
「!」
元の世界でレモンサワーは、実にお手軽に作れるアルコールだった。レモン、焼酎、炭酸。この三点セットで成立する。だがしかし。この西洋風な小説の世界に焼酎など存在していなかった。
「焼酎さえあれば簡単に作れるのだろうけど……。ないよな、ここに?」
「そう! そうなのよ! だからいろいろ考えて試してみたの」
そう言うと嫁は、ソファへ座るよう俺を促す。そして一番手前にあるグラスを勧める。
「あれ、綾香って今、何歳?」
「ぎくっ」
「ぎくって(笑)」
「女子に年齢聞くのはダメでしょう~、涼ちゃん!」
「いや、綾香、若いんだから、いいだろう?」
すると口をすぼめた嫁だったが、「仕方ないなぁ~」と口を開く。
「この世界に転生した時の私、多分、十五歳だったと思う」
「なるほど。そっから五年経ったんだろう。ということは……二十歳か!」
「そう。さらば十代だよ~」
「俺も三日前に二十歳になった。やっぱり俺と綾香は同い年なんだな!」
俺はニコニコ嬉しい気持ちになるが、嫁は「永遠の十代がよかった~」なんて可愛い我が儘を言う。
「でも永遠に十代だと、いつまで経っても酒は飲めないぞ?」
「あー、それは困る! だって涼ちゃんと晩酌したいもの」
若さより俺との晩酌を選ぶ嫁が愛おしくて仕方ない!
デレそうになるので、表情を引き締める。
「それで今日はレモンサワーお試し、なんだろう?」
「そうでした! 先入観なしで、まずは飲んでみて!」
「分かった。じゃあ……乾杯か?」
俺がグラスを手に持つと、嫁もグラスを手に持ち、そこで考える。
「そうね。本当は『これぞレモンサワーそっくり!』という味が決まってから乾杯したかったのだけど……」
「それは確かに。じゃあ、まずは味見を兼ねて飲むか?」
「そう、そんな感じで!」
「よし。じゃあ、飲もう!」
そこで元の世界のようにグラスを合わせ、まずは一口。
「……おっ、なんかレモンサワーっぽい。レモンを感じるし、炭酸もほどよく効いている」
「そうよね。すっと飲む分にはレモンサワーっぽいと思うの」
「うん。普通に飲める」
そこでもう一口目はしっかり味わうように口へと運ぶと……。
「あ……」
「分かる?」
「うん。分かる。これ……ジンか?」
「あー、バレちゃった! そうなの。焼酎の代わりでジンを使ったのよ。やっぱり香りで気づくわよねぇ」
「まあ、でも、言われないと分からないと思う」
「失敗でもないけれど、やっぱり再現は難しいわよね~」
「俺は十分だけど。この世界、ワイン、シャンパン、ブランデー……で、ビールは庶民の飲み物という扱い。このジンレモンサワーでも俺は満足できるぞ」
「涼ちゃん優しい! でもこれも試してみて! こっちはリキュールが何なのか分かりにくいと思うの!」
「どれどれ」
そこでグラスを口に近づけるとレモンが香り、さっきのジンのような香りは感じられない。
ゴクリと一口飲むと……。
「なんかまろやかなレモンサワーって感じだな」
「そうなのよ。ジンと違い、ラムを使うと、レモンが結構前面に出てくれるのよね~」
「なるほど。ラム……あったんだな、この世界に」
「輸入品だから高級よ。宮殿だから当たり前のように常備されているけど」
「そっか。うん。でもこれは口当たりの優しいレモンサワーとしてありだと思う」
「宮殿を出た後でも簡単に作れそうなのがこれなの」
嫁が指し示すグラスを手に取る。
「どれどれ」
強いレモンの香りに期待が高まる。
そのままグラスに口をつけ、ぐびりと一口飲むと……。
「おっ、これは……!」
「どうかしら?」
「レモンの味が主役で、炭酸も程よく感じる。後味にラムの時のようなまろやかな甘みはなくて、なんというか……スッキリしているな。レモンのキレ味が効いている感じ。これはかなりレモンサワーに近いんじゃないか? アルコールは何を使っているんだ!?」
驚く俺に嫁は少しドヤ顔になる。
「これはね、白ワインを使っているの!」
「白ワイン……! なるほど。スッキリした白ワインの味わいがレモンと見事に融合した感じだな」
「うん。そうなの。レモンの量を増やして、炭酸も心持ち多めにして、白ワインを薄めつつ、隠し味でビネガーも加えたの」
「ビネガー……って酢!? この世界に酢もあったのか!?」
「涼ちゃん、酢、と言っても米酢じゃないわよ。この世界の酢と言えば、ワインビネガー。白ワインビネガーを隠し味で使ってみたの」
「なるほどな。キレ味に貢献しているわけだ」
「多分、ね」
そこで嫁は改めて俺に尋ねる。
「で、涼ちゃんはどれが一番気に入った? 完全なレモンサワーの再現は無理だったけど、それっぽいものはこの世界でも用意できると分かった。聖女宮に移って、晩酌するなら……どれがいいかしら? ラムは……王太子殿下に頼めば、一本か二本ぐらい頂けると思うわ」
「王太子殿下は気前がいいから、きっとくれるよ。それで俺が気に入ったのはどれか、という件だけど……」
「やっぱり最後に飲んだ隠し味ビネガーかしら?」
「いや、全部」
「え!」
「全部、気に入ったよ」
「え~」
嫁は盛大に驚くが、俺としては当たり前の答えのつもりだった。
「だってそうだろう。これ、全部、綾香は俺のために作ってくれたんだろう?」
「!」
「この世界に焼酎はない。だから使えそうなリキュールを使い、白ワインやビネガーまで活用して、作ってくれた。綾香がそこまでして作ってくれたのに。どれか一つなんて選べないよ。どれも気に入った。どれが食卓に登場しても俺は満足」
「涼ちゃん……!」
この世界に転生する前、俺はかつて嫁とレモンサワーを何杯も飲んでいた。嫁と晩酌してレモンサワーを飲む。それが当たり前だったのだ。でもそんな日々は失われ、一人晩酌もつまらなくなり、付き合いで外で飲むことはあるが、自宅で飲むことはなくなる。
いつも思っていた。嫁とレモンサワーをまた飲みたいと。
今、奇跡的にその夢が叶っている。
しかもそれは嫁がこの世界でレモンサワーを爆誕させるため、頑張ってくれた結果なのだ。
このローテーブルに並ぶレモンサワーは全部嫁の努力した証。これに優劣なんてつけられない。何より、どれもレモンサワーの面影を感じ、美味しく飲めたのだから。
「……ラムとかさ、材料が揃いにくいものを無理に作る必要はないよ。作りやすいのでいい。どれも美味しく飲めたからさ」
「分かった。そうする!」
「それで、このレモンサワーに合うおつまみ。俺が考えてみるよ」
「!」
「これまでは綾香に任せきりだったからな。少しは俺のいいところを見せて、惚れ直してもらわないと」
「もう私、既に涼ちゃんにぞっこんなのに!」
「なら俺のこと、もっと好きになってよ」
「!」
柄にもない言葉がスラリと言えてしまうのは……俺が今、それなりのハンサムで、年齢二十歳だからだろう。
「涼ちゃんのこと、大好きだよ」「俺も!」
そこで抱き合おうとした時。ノックと共に扉が開く。
「聖女アヤカ、ラム酒について聞いたぞ。木箱ひと箱分、聖女宮に届けるようにした!」
頼りになる王太子が白い歯を見せて笑顔で告げた。
お読みいただき、ありがとうございます。
ずっと飲みたかったレモンサワー。
飲めてよかったね⸜(*ˊᵕˋ*)⸝
続きは明日夜頃公開予定です!
ブックマーク登録でお待ちくださいませ☆彡




















