陽菜視点
「全く親父のやつ、よりにもよって晴れの日に逝くなんて……」
最後の弔問客を見送り、通夜振る舞いの残りをつまみながら、葬儀社の人との翌日の打ち合わせも終えた。そこでようやく私は喪主を務める兄と少し落ち着いて話すことが出来た。
ホテルの部屋で亡くなった父親を発見してから怒涛の時間が流れ、初めて兄とゆっくり話すことになる。
「でもお兄ちゃん。お父さん、ずっと言っていたよね。お母さんと約束したって。お兄ちゃんと私の成長をちゃんと見守るって。成長……私たちもう子どもじゃないし、どこかで区切りをつけるなら、お兄ちゃんと私が結婚した時、だったんじゃないの」
私は煮物を口に運びながらそう伝える。
「だからって陽菜が結婚したら、待っていましたとばかりに逝くなんて」
「でも……お父さん、頑張ったと思うよ。だってさ、お父さんって本人はバレていないと思っていたかもしれないけど、愛妻家だったじゃん」
「それは……そうだな。だからおふくろが亡くなった時は……何だか魂が抜けていたよな」
兄は浅漬けの茄子を食べながら、しみじみとその時を思い出した表情になる。
「お父さんとしては多分、すぐにでもお母さんの後を追いたかったと思う。でも生きた屍にならなかったのは、お母さんとの約束を守ることに使命を感じていたからだと思うの。それ以降、やたら家族行事が増えたわよね? お兄ちゃんが海外旅行に行くことになっただけで、お祝いでステーキ食べたわよね?」
「それだったら陽菜が福引きでランドのペアチケット当てただけで、お祝いだって言って焼肉食べに行ったよな?」
「あっ、うん。あれは流石にお父さん、やりすぎ!と思った。それにそんなことで祝われたら……。彼氏とランドに行くつもりが、結局チケット追加で買って、お兄ちゃんと三人で行くことになったし」
私は苦笑しながらおにぎりにパクつく。
「ランドに行った時の親父は写真魔だったな」
「うん。幼い子連れの親より写真撮っていた」
「しかもお母さんの解約したスマホでね」
父親は母親が使っていたスマホを解約した後も捨てずに大切に持ち続け、家族行事があるとそのスマホで写真を撮りまくっていたのだ。
「あのスマホで写真を撮ったら、お母さんが見てくれる……お父さん、意外とファンタジー思考だったわよね」
「会社では本部長とかやっていたのに、な」
「でもまさか、亡くなった時まであのスマホを握りしめているなんて……」
「しかも死後硬直でスマホをなかなか外せなかった」
母親のスマホをぎゅっと握りしめて亡くなったと思うと胸が痛む。何より息を引き取ってから朝まで発見されなかったのは……。
「でもさ、あれだけスマホを強く握っていたなら、苦しんだ……と思ったらそんなことはない。笑顔だったんだよな、親父」
「……これでお母さんに会えるって思ったのかなぁ」
夜中に一人で部屋で倒れ、それは即死に近かったのではないかと言われた。助けを呼べずに苦しんで亡くなったわけではないと聞き、何度胸を撫で下ろしたか分からない。しかもその死に顔があまりにも安らか……笑顔だったので、お母さんに会えると思いながら亡くなったという意見は……兄だけではなく、親族一同、同じ意見だった。
「親父、今頃、おふくろに会えたかな」
「突然死だったけど、ホテルの部屋で一人だったからね。検死とか調査で、お父さんの棺が戻って来るのは時間がかかったけど……。魂はスッと天国に向かったと思う。もうお父さん、お母さんに向かってまっしぐら、一直線だった気がするわ」
そんな話を兄としながらお通夜の晩は終わる。そしてお葬式の時、私たちは……不思議な体験をすることになる。
◇
「それではこれで故人とはお別れの時間となります。花と一緒に手向けたい物がございましたら、こちらでお願いします」
父親のお葬式は秋晴れの日曜日に行われ、沢山の人が参列してくれた。そして父親の遺体が入った棺は霊柩車で斎場まで運ばれる。
読経が行われ、ついに最後のお別れを迎えた。
花と一緒に手紙や写真を棺に入れ、ずっと父親と一緒だった亡き母親のスマホについては持ち帰りとなる。
スマホはリチウムイオン電池が入っているから一緒に火葬はできない。何より家族の写真が詰まっているし、母から父へそして……新たな持ち主は私になるが、このスマホに家族の絆を残していこうと思っていた。
兄のところに子どもができたら、このスマホで撮ってお父さんとお母さんに見せてあげよう。
花を棺に入れて、私は父親の枕元に置かれていたスマホを手に取る。その後、棺の蓋は閉じられ――
「それではお時間となりました。故人をお見送りください」
職員がそう言った瞬間。
「親父……!」
兄が最後の最後で号泣し、棺へとすがりつく。
「湊くん」「湊」
兄はお嫁さんの葵さんと義父に支えられ、父親の棺は炉へと運ばれていく。
母親の葬儀を経験しているから、いろいろと覚悟はできていた。それでもやはりこの最期の瞬間は胸に来る。
「陽菜、大丈夫か?」
「……うん、大丈夫。ありがとう、理人くん」
結婚したばかりの夫――理人くんがそばにいてくれて本当に良かったと思う。
「それでは皆様、お食事の準備ができました。ご移動ください」
火葬中は隣室に用意された昼食を頂くことになっていた。兄はその隣室に移動してもしばらく涙が止まらなかったが、やがて落ち着き、喪主として挨拶を行う。そして食事がスタートしたが……。
カバンの中でブブッとスマホのバイブ音が短く鳴った気がして、私は職場から連絡でも来たのかと、カバンを手に席を立つ。
部屋を出ると、斎場のホールの待ち合わせスペースが広がっていた。そのスペースに置かれた長椅子に座り、カバンから自分のスマホを取り出して気がつく。
葬儀の最中、スマホが鳴らないように機内モードにしていたことを思い出す。
ううん? そうなるとあのバイブ音は空耳? お通夜からの葬儀で疲れていたのかしら?
そう思い、自分のスマホをカバンに戻した時、もう一つのスマホが目につく。
お母さんのスマホ……。
そこでスマホの画面に指が触れると、パッと黒い画面が明るくなる。
「!」
新着通知1件と出ているのを見て、私は息を呑む。
でも日付は母親が亡くなって数日後。まだ解約手続きをしておらず、しばらくメールやメッセージなどが届いていたと父親は言っていたが……。
ロック画面の解除は父親の誕生日で出来る。
父親は愛妻家だったが、母親も父親を大好きだった。
「あっ!」
解除するといきなり写真が表示された。表示されているのは両親のツーショット写真。いつ撮ったのか。二人ともとても若い。そしてその写真には文字があり……。
『会えたよ』
「えっ……」
父親は母親に会えたのだろうか──兄や他の親族とも話していたことだった。そしてこの写真はまるでそのアンサーのようである。
「お兄ちゃんに見せなきゃ」
私はスマホを握りしめて席から立ち上がった。
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元の世界に残された子どもたちのエピソード
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