アヤカ視点(後半)
カッコー、カッコー。
フーフ、フッ、フッ、フッ……。
カッコー、カッコー。
フーフ、フッ、フッ、フッ……。
甲高い鳴き声と低音の鳴き声が交互に聞こえ、時折、ブーンという羽音も響く。
ゆっくり薄目を開けた私は、木々から射し込む陽射しに目を細める。
ザーーーーーーッという音も聞こえ、それは川のせせらぎ音であると理解できた。
カッコーはカッコーよね。もう一つは多分、ヤマバトかしら?
入院していた病院で鳥の鳴き声は聞こえなかった。響いて来るのは何かの機械音、ナースコールの音、定期的にやってくる看護師さんの押す台車の音。それと――
涼ちゃんは律儀で、部屋を訪ねる時、ちゃんとノックしてくれた。
コン、コン、ではなく、涼ちゃんの場合、コン、ココンと独特のリズムだったのよね。
あのノックの音を聞くと、緊張が解け、涙が何度も出そうになっていた。体調が辛くなってからは食欲もなくなり、体がおもだるく、それでいて睡眠は断続的。涼ちゃんに会えることだけが楽しみになっていた。だからあのコン、ココンを聞くと、本当に嬉しくなっていたのだ。
でも、今、聞こえるのは自然音と鳥の鳴き声や虫の羽音。
え、これはどういうこと……?
そこで直前の記憶を思い出す。
何となく、命の終わりを感じた。全身から力が抜け、もう涼ちゃんとは一緒にいられない。湊と陽菜の成長を見届けることはできないと悟った。今、言わないと伝えられないと思った。だから最後に「涼ちゃん……ごめん。私……ちょっと疲れちゃった。先にね、休ませてもらう。陽菜と湊のこと、お願いしてもいい?」と涼ちゃんに告げた後は……。
自然と瞼が閉じ、見えないはずの景色を見ていた。
長い治療を終え、子どもたちにプレゼントされて行った温泉旅館。実際に足を運んだのは秋だったが、その時見たのは満開の桜だった。ざざっと風が吹き、桜の花びらが舞い、まさに絶景。息を呑むような光景だったが、私の息はそこで絶えたと思う。
そう、そうだ。私、死んじゃったんだ……。
もう涼ちゃんに会えない。湊や陽菜にも会えない。
その事実にぶわっと涙が溢れてくる。
ずっと泣くことを我慢していた。その我慢の限界を迎えたようで、嗚咽しながら私は泣きじゃくる。延々と泣き、泣き疲れたところでようやく気が付く。
死んだのに泣いているの、私……?
そこで自分の手、腕を見て、驚愕する。
体のあちこちに点滴のチューブや機械のコードがつながっているはずなのに、それがない!
これは……どういうこと? しかも手も皺などなく、張りがあって弾力もある。
つまりとても若々しい手をしているのだ。
そこでゆっくり起き上がり、周囲を見渡すと……森の中だ。
着ている服は病衣ではなく、なんというか白いギリシャ神話の女神が着ているような服であり、そして……。
あ、柔らかい。これ、胸だわ……。
全摘出したはずの胸があることに驚き、腕や足も程よい肉付きであることに気づく。
というか体が軽い。痛みも熱もない。おもだるい感じもなく、すごく清々しい。なんだか十代の頃、たっぷり寝て起きた時みたいだわ……。
再発してからは体に関しては苦しかった記憶しかない。
体は軽くさらに驚くべきは……。
お腹空いたなぁ~。
食欲がわく。これがどれだけ重要かは食べられなくなってから実感することになった。お腹が空いている=体が生きようとしている――そのことを改めて噛み締めたのは、固形物をほとんど受け付けなくなってからだった。
森の中なら何か木の実とかないかしら? 子どもの頃はオリエンテーリングでアケビを食べたっけ。
そう思いながら、立ち上がると……。
背筋がすっと伸び、艶やかな長い黒髪が風に揺れる。
結局、抜けた毛がきちんと生え揃う前に召天していたことを思い出す。
召天……そうか。ここは天国なのかしら?
そう思い、周囲を見渡すと、草木は青々として強い生命力を感じる。ブーンという羽音で虫たちは元気よく飛び回り、「カッコー、カッコー」「フーフ、フッ、フッ、フッ」と鳥の鳴き声も響き渡っていた。ガサッという音にハッとするとウサギがぴょんぴょん丸い尻尾を揺らしながら駆けて行く姿も見える。
命の息吹を感じるわ……。
それだけで涙が出そうになる。
でも天国って想像していたのとちょっと違う。白いふわふわの雲の上にあると思ったのに。こうやって見えている緑は地上の世界と変わらない。
それに天国に行ったら天使に迎えられる……と思ったがそんなこともなく。突然、こんな森の中で目覚めて、これからどうしたらいいのかしら……?
ちょっと心配になるが、既に召天した身である。それにここが天国なら危険なことはないのだろう。
とりあえず「ざーーーーーっ」というのは川の流れる音よね。川に行ってみよう。
そこでのんびり歩き出すと……。
「あ、あれは、イチゴじゃない!?」
小粒のイチゴを発見し、空腹の私は喜んで声を上げたが――
自分としては日本語を話したつもりだが、出てきた声はなんだか英語のようなそうではないような。
もしかしてこれが天国の言葉!?
召天したらすぐに言葉を理解して話せるなんて……便利だわ!
言葉の驚きもそうだが、それよりも、これ!
小粒のイチゴを摘み、つぶさないように着ている服で拭いて、口へと運ぶ。
酸っぱいかな。どうかな……。
「うわぁ、甘い~!」
そこからしばらくはもうイチゴを食べるのに夢中になる。
「あ、あれ、こっちは……ブルーベリーではない。これは……ブラックベリー!」
次々と見つかる森の恵みに大喜びで、私は頂く。
「うん! こっちの方がさらに甘いわ!」
美味しくいただき、さらに進むと川が流れる音がいよいよ近くなり――。
「うわぁ、童話に出て来そうな可愛いキノコ……!」
さっき見つけたイチゴみたいに赤く、白いつぶつぶ模様。メルヘンで可愛らしいキノコに手を伸ばそうとした時だった。
「ダメだよ、それ! 毒キノコだよ!」
男児の声にハッとして手を止め、振り返ると……。
柔らかそうなブラウンの癖毛にくりっとしたヘーゼル色の瞳の六歳ぐらいの男児が私の方へと駆け寄る。くたびれた感じの半袖にスモークブルーのズボンだけど、元気いっぱいな表情が印象深い。
「こら、トーマス、どこへ……おや?」
二十メートルほど離れた場所にミレーの絵画に登場しそうな白髪に白いひげのおじいさんがいた。彼はこちらを見て驚いた表情をしている。背中に大きな籠を背負ったおじいさんは、犬を連れてこちらへやってくると……。
「……もしやお嬢さんは……迷子なのかのう?」
「は、はいっ。そうなんです!」
「その白い衣装は……聖職者の方なのかのう?」
「聖職者……そ、そうですね」
とりあえず怪しい者と思われないようにするため、YESな返事をしてしまったが、おじいさんは「そうでしたか」とニコニコと頷く。
「聖職者の方は村々を回り、教えを説くと聞いたことがあります。こんなところまで遠路はるばるお疲れさまなことです」
服装だけで聖職者と信じてもらえた。しかも……。
「こんな森の中でお一人とは。従者の方は? はぐれたのですか?」
おじいさんは限りなく優しい。
やはりここが天国だから?
「我々はキノコを取るために森に入ったのですが……よかったら我が家で休まれますか?」
「休んだ方がいいよ! だってこの人、毒キノコ食べようとしたんだよ! 腹ペコなんだ! 口の周りにベリーの汁もついているし!」
これには猛烈に恥ずかしくなる。だがお腹が空いているのは事実。
「実は……お腹、ぺこぺこです。しかもここがどこかも分からなくて……天国だとは思うのですが」
私の言葉を聞いたおじいさんは破顔する。
「ここは天国ではありませんよ。王都から遠く離れたアルトの村です」
アルトの村。
アルトの村。
知らな……いや、待って!
心臓が忙しなく鼓動する。
アルトの村って、陽菜に紹介してもらって読んでいた小説に登場していたわよね!?
ある日、異世界に転移して、聖女として迎えられてそこからいろいろあって、最終的にその国の王太子に迎えられてハッピーエンドになるあの話!
私、まさかの異世界に転移……ではないのかしら? だって何だか若返っているのよ?
もしかすると転生、したのかしら?
天国だと思ったら、そこは読んでいたweb小説の世界。しかも私は聖女と思ったけど、すぐに気がつく。
ヒロインである聖女の前に偽物の聖女が現れることを。その偽物の聖女はアルトの村から王都へやって来る。
ええっ、まさかの私、悪者の偽者聖女の方に転生しちゃったの!?
後に自分が若返ってしかも健康な十代の姿で異世界に、小説の世界に転移したことを知るのだけど……。この時の私はまだ自分の姿を鏡で見ていない。いろいろパニックになりながらも、アルトの村の人に迎え入れてもらい──
村の人はみんな親切だった。私を聖職者と信じ、教えを請うたり、捧げ物をくれたりするのだ!
次第に私は自分が聖職者だと嘘をつくことを申し訳なく思い、本当は異世界から迷い込んだと打ち明けることになる。
「じいちゃん、聖職者じゃなくても、よそから来た人でも関係ないよな? アヤカはアヤカだろう?」
「さよう。アヤカさんはアヤカさんじゃ。むしろ、聖職者ではないのに、懸命に主について話してくれた。わしらの仕事を手伝い、美味しいご飯も作ってくれたんじゃ。それにいろんなアイデアを出して、村を便利にしてくれた。もうわしらの仲間じゃよ」
トーマスもおじいさんも村の人も。
みんな私が異世界から来たと知ってものけ者にすることなく、受け入れてくれたのだ!
涼ちゃん、私、まさかの小説の世界に転移しちゃった! しかも若返って。
でも……悪役なんだよね〜。
元の世界で私、そこまで悪いこと、していないと思うのだけど……。
ただ、子供の頃、弟の分のおやつを食べちゃったことがあったわよね。あと、点数が悪くて、親に見せないで答案用紙を捨てたこともあった。それと飼い犬の尻尾を何度も間違って踏んづけちゃったこともある。
行いが悪いから、悪役の聖女として転移しちゃったのかしら……。
見た目は元の世界の十代の私。でもきっとこの世界で与えられた私の役目は……偽物の聖女なのだろう。
まだ王都に聖女が登場したという話は聞かない。
残念だけど、ヒロインのミサキちゃんが現れたら私は悪役を演じるしかないわね。そうしないと何だかこの世界が壊れちゃう気がする。
小説を読んでいた時は、もしも私が聖女だったら……。自分の病気も治せるし、他の人の病気も治せるし、頑張るお医者さんや看護師さんを助けられる──と思ったのにな。残念!
でもくよくよしたら、もったいないわ。何せこの若さで気力も体力もある。何より健康でご飯も美味しいのだから!
涼ちゃん、湊、陽菜。お父さん、お母さん。お義父さんもお義母さんも。恵美ちゃんに菜穂ちゃんに西山くんに高橋さん、中野課長にむっちゃん。
ここで生きられる時間はどれだけあるか分からない。でも笑顔で頑張るわよ!
お読みいただき、ありがとうございます!
転生した綾香視点の物語でした☆彡
綾香、前向きなんです……!
お次もまた意外な人物の物語が始まります~
明日は夜更新です
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