赤い月とゴブリン
赤い月の日には街が騒がしくなります。ゴブリンの日です。
今宵は赤い月。ゴブリンどもの襲撃の日。この日ばかりはどこのギルドも大忙し。赤い月。それはモンスターの力が高まる日。具体的に言うと、全ステータスに強化が入る日。中でも、数の多いゴブリンが街中まで出てきて、人々を襲いに来る。治癒師のスーズも教会ギルドの出張回復所に駆り出されていた。
ダンジョン ゴブリンの巣くつ
ここにはたくさんのゴブリンが住んでおり、最奥にはゴブリンロードがいる。襲撃の発生条件は赤い月だが、襲撃の終了条件は最奥にいる、強化ゴブリンロードを倒すか、ゴブリンの襲撃を一定数捌くかだ。赤い月は不定期だ。予測できない。そのため毎回、この襲撃によって一定の被害が出る。人的被害を抑えるためスーズ達教会ギルドの者は駆り出されていた。教会ギルドの護衛の戦士が寄って来る。
「俺が守っているとはいえ、危なくなったら逃げるんだよ。」
「はーい。」
皆で返事をする。ゴブリンの巣くつは街から近い。普段は初心者を卒業したパーティーが次の段階に進むために訪れるダンジョンだ。しかし、この日ばかりは安易に潜ってはならない。赤い月によって強化されたゴブリンたちが物量で襲ってくるからだ。並の範囲スキルでは到底捌けない。ひよっこ程度だとすぐ教会送りだ。そこそこ腕のある者たちが、ちゃんとしたパーティーを組んで、やっとゴブリンたちを捌けるようになる程度なのだから。最奥のゴブリンロードと言ったら並みの冒険者ですら無謀だ。それほどまでに強化されたゴブリンロード。自分がこの街に赴任してから、倒されているところを見たことがない。先輩の話では、何度かあるようだが、倒せる者と言ったらそれなりに有名なパーティーのレベルらしい。スーズはドキドキしていた。この街には今、有名な闇よりの手が滞在しているからだ。暗黒騎士を筆頭に、ガンナー、アサシン、ダークプリーストの四人パーティーは、あのダンジョン、ダークドラゴンのねぐらを踏破したことがあるのだ。ダークドラゴンのねぐらと言えば、ドラゴン系の敵がわんさか湧き、文字通り最奥にはダークドラゴンがいる。ただのドラゴンではない。ダークドラゴンだ。闇の魔法を駆使し、広範囲に闇のブレスを吐くといわれる。物理耐性だけでなく魔法耐性、闇耐性も必須になる。耐性を用意するのは大変だ。高レベルのダンジョンで手に入る装備が思っていた耐性を持っているとは限らない。それだけ多くのダンジョンを踏破してきた証拠でもある。
闇よりの手が宿から出てくる。ゴブリンロードに挑むらしい。ゴブリンの巣くつへと潜っていった。
「闇よりの手がゴブリンロードを討伐してくれるでしょうか?」
「余裕でやっつけてくれるでしょ。」
そこに見慣れた影がゴブリンの巣くつに入っていくのが見えた。
「ちょっと、ちょ、私行ってきます。」
「ちょっとあんた、何処へ。」
ゴブリンの巣くつの入り口にはスコラ先生がいた。スコラ先生は魔物調査の第一人者だ。
「スコラさん、危ないですよ!」
「何、強化ゴブリンロードを調査できるとなったら大した問題ではない。」
「問題ありますよ!並の冒険者すら相手にしてはいけないんですよ!」
「闇よりの手がいるだろう。」
「邪魔になってしまいますって。」
「一応許可は得たのだぞ。暗黒騎士に。堅苦しい男だった。」
「えーえー。」
ゴブリンの巣くつに入っていく。その後を追う。
「ゴブリン。元はいたずら好きな悪い妖精だ。人の膝丈ほどの高さで子供好き。行儀のよい子にはプレゼントをくれるが、馬を興奮させたり、テントの中をひっくり返したりする。今ではあまり考えられないな。しかし、まれにダンジョンで迷子になった子供に贈り物を渡し、出口まで案内するというところは伝承通り残っているな。人とは違う言語体系を持つが、まれに人の言葉も話す。部族社会を持ち、オークが彼らの上司ということもあるな。この辺のゴブリンは緑色の肌をしているが、場所によってまちまちだ。近年のゴブリンはダンジョン内に住みついており、横穴を掘った住居が点々と確認されているな。歌や踊りが大好きで焚火を囲み踊っていることもしばしば。その場合、不意打ちが有効で、よくそれで倒したと初心者パーティーからは聞くな。上位種族であるオークやトロールと共に出てくるのもよく聞く。小回りが利くせいか、こき使われているようだな。ゴブリン自体小さく弱いため反抗せず、おとなしく従っていることも多い。群れで行動することが多い。範囲スキルが有効とされるところだな。低体力低防御。魔法は基本使えず、攻撃力は低い。初心者の練習相手とはよく言ったものだ。魔法は基本使えないといったが、たまに習得するものがいる。ゴブリンロードなんかもそうだな。目くらましの魔法など小賢しい技を使う。ドロップ品の代表は、我々の使っている通貨の銅貨たまに銀貨。それに、死体から剥ぎ取った衣服だな。たいした効果のないやつだ。
ゴブリンロード。ゴブリンたちの中でも優れた者だけがなれるゴブリンの王だ。しばしばゴブリンの大きな集団の間に発生する。見た目はゴブリンだが力はゴブリンより強い。さっきも言ったように魔法が使える。その分手ごわい。オークやトロールとも渡り合うものがおり、ゴブリンだけで行動する。ロードの天下だ。ゴブリンを次々に召喚するため、引き続き範囲スキルは有効だ。力は少し強い、体力耐久はゴブリンに毛が生えた程度だ。知力は少し高い。小賢しい戦術を使うこともある。ドロップ品は金貨、ロードの冠、杖またはダガー。こんなところだろうか。」
相変わらず知識がすごい。でも、それどころではなかった。
「引き返しましょうよ。」
「嫌だ。それにここを抜ければ最下層だ。」
闇よりの手のおかげで一匹もゴブリンに遭遇することはなかった。我々は、ゴブリンロードの元にたどり着く。闇よりの手が戦っていた。暗黒騎士が呪文を唱える。ガンナーとアサシンに闇の魔力をともす。ガンナーがゴブリンロードに向かって撃ち込む。アサシンが背後から不意打ちする。ダークプリーストが呪文を唱える。目くらまし耐性に闇の霧。相手の命中率が下がる。
「素晴らしい。」
スコラ先生が感嘆の声を漏らす。スーズも思わず夢中になってみていた。ゴブリンロードが押されていく。暗黒騎士がゴブリンロードの首を取った。
「残念だ。攻撃を受けることができなかった。」
ドロップ品に怪しく赤く光る宝石が。
「なるほど。赤い月の雫はこのようにしてドロップされるのか。」
赤い月の雫。赤い月の日のみのゴブリンロードからドロップする。その血が滴り落ちて固まったもののようだ。赤い月が終わる気配がする。
「調査書に書けることができてよかった。」
闇よりの手が寄って来る。
「帰ろう。」
一言残し、上へと上がっていく。
「我々も戻るか。」
地上に戻ると、上司が目の前に立つ。
「スーズ、何していたの?こっちは大変だったのよ。」
「すみません。」
「いやはや、僕がついてくるように言ったんだ。」
スコラさん?
「いくらなんでも困りますよ。スコラさん。」
「すまんすまん。さ、行くんだ。」
私の肩を押すスコラ先生。頭を下げて教会に戻る。
「まったく、あの人は自由なんだから・・・。」
かばってくれた。優しい人なのかも。スーズは思った。
スコラは部屋に戻り、調査書を書きながら過去に思いをはせていた。スコラが新人のころ。まだジョブも学者になりたてで、ゴブリンの調査に出た時だった。
「ゴブリンと言えど、侮るなよ。」
先輩に言われた。
「はい。」
新人のスコラは身を固くして先輩の後を付いた。
「ゴブリンだ。」
ゴブリンの住処に着くと、ゴブリンたちが踊っていた。
「この踊りにはどういう意味があるのだろうか?」
先輩が言う。
「宗教的意味はあるのでしょうか?」
「ゴブリンに宗教か。面白い。もう少し観察してみよう。」
今でも思い出すあの踊りには、宗教的な意味などなく、人語がわかるゴブリンの冒険家によると、昔人間に教わったダンスをそのまま今も語り継ぎ、踊っているとのことだった。それを聞いた時、驚いたものだ。人間のダンスの歴史が関わって来るとはと。調査賞を書きながら、コップに手を伸ばす。コーヒーをすする。
「できた。」
今回のゴブリンロードの報告書。それを持って外に出る。
(ゴブリンロードもダンスするのだろうか?)
疑問が頭をもたげた。
(見る派なのか、踊る派なのか?うーむ。)
次の調査はこれにしようと思った。魔物調査ギルドに提出する。
「お疲れさまでした。スコラさん。」
「ああ。」
受付のねぎらいの言葉を流し、魔物調査ギルドを後にする。次は何を調査しに行こうか。
この街は、すっかり晴れ渡っていた。




