陽動
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ミノタウロスのいる広間に走って向かう途中。
「正直に言うと」
息を切らしながら話しかけた。凛は全く疲れた様子はないが、俺は付いて行くのがやっとだった。
「少しだけ、ブルってる」
凛が一瞬だけこちらを見た。驚いた顔ではない。むしろ、ほんの少し口元が緩んだ。何となく、嬉しそうだ。
「大丈夫、勝てます」
気休めではない事が分かった。
速度を緩めながら、俺に手を差し出す。
「ミスリルナイフを貸してください」
腰のナイフを外して渡すと、凛はナイフを軽く振って、刃の重さとバランスを確かめた。銀色の刃が洞窟の光を受けて淡く光る。
「私の短剣はスライムにボロボロにされましたが、これなら行けそうです」
そう言って、薄く笑った。刃の輝きが凛の黒い瞳を照らす。綺麗だが、少しだけ怖い。
「神谷さんは、さっき手に入った敏捷の腕輪とスキルで一分間、ミノタウロスの注意を引いてください」
「三メートルの間合いを保って、最後は壁際に引きつけてくれれば、後は私がやります」
サラッと言う。
確かに、正面から力勝負をする相手ではない。一発でもまともに喰らえばそこで終わりだ。
俺は軽く肩を回して、頷いた。
凛の言葉は支えになった。
さっき手に入れた敏捷スキルの効果か、足は軽い。
「了解」
そして凛を見る。
「頼りにしてるよ」
凛の目が一瞬だけ丸くなった。だがすぐに真剣な表情に戻る。
「任せてください」
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巨大な頭がゆっくりと動き、赤い目がこちらを捉える。ドン、と低い衝撃が足裏に伝わる。
鼻息が荒い。牛のような低い唸り声が洞窟の天井に反響した。
敵から目を離さずに、凛が言った。
「じゃあ事前の打ち合わせ通りに行きましょう」
俺は頷いて、ミノタウロスの前に駆け出した。
ミノタウロスと一対一で対峙する。
その瞬間。
ミノタウロスが咆哮した。
ドオォォォォン!!
耳をつんざくような雄叫びが洞窟を揺らす。空気がビリビリと振動し、鼓膜が揺れる。
凛といい坂城といい、よくもまぁ、このプレッシャーに立ち向かえるもんだな。
だが今は、俺が闘牛士だ。
やがて巨大な斧がゆっくりと持ち上がった。
俺は一歩踏み出す。
「おい!」
声を張り上げる。
「来い、牛やろう」
赤い左目が、ぎょろりとこちらを向く。
そして次の瞬間、巨体が弾かれたように突っ込んできた。
ドンッ!!
地面を蹴ったミノタウロスが、信じられない速度で突進してきた。
速い。想像していたより、はるかに。
「うおおっ!」
巨大な影が覆いかぶさる。斧が頭上で振り上げられた。
咄嗟に左へ跳ぶ。
次の瞬間。
ドゴォン!!
斧が地面を叩き割った。岩盤が弾けて、俺の顔を撫でた。
頬から血が滴る。直撃すれば終わりだ。
足は震えたままだが、腕輪とスキルのお陰で何とか避けられる。
ミノタウロスが振り向く。
巨大な腕が再び振り上がった。
「こっちだ!」
俺は砕けた石の破片を拾い、ミノタウロスの左目に投げつける。ダメージは入らないが、目眩しにはなる。
思った通り、反応が鈍った。右目の死角に回り込んでひたすら逃げるだけだ。
これも全て、凛の想定通りだとしたら、頼もしい反面、少し恐ろしい。
凛の姿はもう視界にない。
だが、それからも避けて避けて、そろそろ膝が笑ってきた。肩でする息も限界が近い。
一つ間違えば死、というプレッシャーが体力を通常の何倍も削っていた。
まだなのか、凛。
そう思った時だった。
ミノタウロスが大きく腕を振るう。
ゴォォッ!!
空気が裂ける音。斧が横薙ぎに振り抜かれる。俺は後ろに飛び退いた。
だが、
——ゴッ
背中に冷たい感触が当たった。
壁だ。
俺は空洞の端まで追い詰められていた。
…逃げ場がない。
ミノタウロスが斧を持ち上げる。赤い目がこちらを見下ろす。完全に追い詰められた。
「…と、思うよな」
——鑑定。
その瞬間、俺は鑑定を発動した。
視覚を通じて、脳に大量の情報が送られてくる。だが頭はクリアになり、時間がゆっくりと流れる。
振り下ろされる斧が少しだけ遅れて見えた。
見つけた。
一瞬の隙。チャンス。
振り下ろされる腕の内側へ、体を滑り込ませた。
巨体の脇をすり抜けるように飛び込む。
ドンッ!
俺は勢いよく床に転がった。砂と破片が舞い上がる。
そして次の瞬間、ミノタウロスの巨体が前に傾いた。突進を止めきれず、勢い余って壁に激突する。
ゴォンッ!!
「グウッ!」
巨体が岩壁に激突する。鈍い衝撃音が空洞に響いた。同時に、ミノタウロスの動きが一瞬止まった。
そう、俺は追い詰められたんじゃない。誘い込んだんだ。
そして、その一瞬を相棒は見逃さない。
黒い影が滑り込んだ。
凛だ。音もなく、ミノタウロスの背後にするりと現れた。
ナイフが一瞬閃いて、銀色の軌跡が空気を切り裂く。
ザシュッ。
次の瞬間、ミノタウロスの首は根本から鋭く裂かれていた。
壁に激突したままの巨体が大きく震える。
ゴボッ。ゴボボッ。
呼吸に合わせて喉から濁った音が漏れる。
同時に赤い血が噴き出した。
壁にもたれかかったままのミノタウロスがビクンと震えた。斧が地面に落ちて、大地に響く。
ズ、ズズズ…
ドシャッ
壁にもたれかかったまま、ミノタウロスは膝をついて、そのまま地面に崩れ落ちた。雄々しい怪物の呆気ない最期だった。
さっきまで命のやり取りをしていた怪物だが、ダンジョンの壁に許しを請うような姿に、俺は少しだけ同情した。
空洞に静寂が戻る。
俺はその場にへたり込んだ。
「……はぁ」
心臓がまだ速い。耳の奥でドクドクと音が鳴る。
凛がこちらに歩いてくる。ヒュン、と刃を振るうと、ミノタウロスの血が地面に向かって弧を描いて飛び散った。
「大丈夫ですか」
残りの血を布で拭き取りながら凛が言う。
息の一つ、切らしていない。
「ああ。いや…正直、死ぬかと思った」
ミノタウロスの死体を見る。巨大な体はもう動かない。
「さすがだな」
凛は小さく首を振った。
「神谷さんも、完璧な陽動でした」
そう言って満足そうに、にっこり笑う。
凛の笑顔で、自分の中の張り詰めた空気が解ける。俺は深く息を吐きながら、仰向けに寝転んだ。
そのときだった。
コロン。
何かが床に落ちる音がした。
続けて、もう一つ。
コロン。コロン。
俺と凛は顔を見合わせる。
光の粒子となって消えていくミノタウロスと入れ替わるように、いくつかのアイテムが落ちていた。
「さあさ、お待ちかねのドロップです!」
凛が手を差し出し、掴もうとすると、両手で掴み返されて引っ張り起こされた。
「ほら、立って立って。早く行きましょう」
半ば無理やり立たされて、背中を押されながらドロップを確認する。なぜかさっきより、距離が近い。
「これは…」
一目見て、今回のドロップも只事じゃない事を確信した。横を見ると、凛が目を輝かせていた。
鑑定——。
アイテムに重なるように視界に文字が浮かぶ。
【ミノタウロスの戦斧】
攻撃力+40
【ミノタウロスの魔核】
アイテム素材。市場価格 百五十万円。
【ハイポーション】
回復効果・中(軽度の骨折や臓器の損傷なら治療可能)
「……おお」
思わず声が漏れた。またレアドロップ。しかも三つも。
「ミノタウロスの戦斧と魔核…超大当たりです…!あぁ…久しぶりにボスからドロップしました…!私今、感動してます…」
クールな凛がこうもはしゃぐとは思わなかった。
確かに、凛のスキルではボスを倒しても報われない。
…まぁ、これからは少しはマシになる。
俺も魔核を手に取った。赤黒い石が内側から鈍く光っている。端末を取り出して、おおよその買取価格を調べる。
「これだけで百五十万もするのか…」
魔核は中型モンスターの心臓ともいえる部位だ。これだけ大きいのは久しぶりに見た。
もう動いていないはずだが、何故か今も手の中で脈打っているように感じた。
「戦斧も高く売れるはずです。二つ合わせれば三百は行くと思いますよ!」
凛が得意げに三つ指を立てた。
「マジかよ…」
今までも一回の探索で数百万の稼ぎになることは度々あったが、たった一回の討伐でこの稼ぎとは。
これも俺のスキルの効果だとしたら、とんでもないチートだ。
斧も一瞬持ち上げようとするが、手に取って直ぐに諦めた。こいつは重すぎる。
これより大きいあの戦斧を片手でブンブン振り回していた牛は、改めてやばい奴だった。
そして最後にもう一つ。
ポーションを拾い上げた。透明な瓶の中で、淡い光を放つ液体が揺れている。
「ハイポーションか」
「良いアイテムですが…ミノタウロスから出たと思うとコレは正直ハズレですね」
俺は瓶を軽く振りながら少し笑った。
「いや…こいつが当たりだろ」
「?」凛が首を傾げる。
「いや。俺のスキルはレアの方が出やすいみたいだからさ。これが普通外れ枠なら、俺たちの場合、こっちの方が当たりになるんじゃないか、と思って」
「神谷さんの言い方、周りくどいです」
凛が少し眉を顰める。
「でも、とんでもないスキルですね」
少し考えてから、凛は笑った。
「後、このポーションなんだけどさ…」
「何です?」
「さっきの奴に使ってもいいか?あいつ、腕を怪我してたろ。見かけ通りの良い奴なんだ」
俺は慎重に言葉を選んだ。
「神谷さん」
「ん?」
「…一々許可取らないでください」
凛は少し拗ねた顔で言った。
「何か、顔色を見られてるみたいで悲しいです。…あの事は、私もほんの少しだけ悪かったと思ってますから」
「悪かったよ」
確かに慎重になり過ぎていたかもしれない。
「でも、神谷さんはもう私とパーティなんですからね、そこは忘れちゃダメですよ」
「分かった分かった」
念押しされて俺は笑う。凛と二人なら、しばらくは退屈しないで済みそうだ。そんな気がした。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
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