決別
坂城は岩壁の奥の窪みに潜み、壁に寄りかかっていた。
手持ちの回復薬が尽きたのか、右腕の傷からはまだ血が滲んでいる。
俺はポーションを持って坂城の方に向かった。
「神谷」
「こっぴどくやられたな」
俺の呼びかけに一瞬、目を逸らす。
だがすぐに向き直り、苦笑した。
「…自業自得だ」
俺は坂城の前に座りこんだ。
息が浅い。
「ハイポーションだ」
蓋を開けてポーションを差し出すと、目を細めた。
「……いいのか?」
「いいから飲め」
黙ったまま、ポーションを受け取った。
そのとき。
「ちょっと!」
鋭い声が響いた。
みんなの視線が一斉に集まる。
ひなのだ。
荒い足取りで、こちらに詰め寄ってくる。
顔が、赤い。
「神谷!どういうことよ!」
「何?」
「何じゃないでしょ!」
声がさらに大きくなる。
「アンタ、逃げ回ってただけじゃない! 私たちが戦ってたのに最後だけ横取りして!」
空洞に声が反響した。
「そうだな」
「……は?」
「俺が倒した訳じゃないしな」
視線の先で、凛がわずかに目を見開いた。
…たった一日なのに、妙な感じだ。凛と会ってから、俺の世界はガラリと変わった。
正直、追放されたときはどうしようかと思った。だが、結果的にそのおかげで凛に逢えたのなら…まあいい。
そう思ったら、少しだけ笑いがこぼれた。
「っ! …何ヘラヘラしてんのよ!」
いけない。話を聞いていなかった。何の話をしてたんだっけ。
…そうそう、この後の晩飯は何がいいかって話だ。
ひなのの顔がますます赤くなる。
「もういいから、静かにしてくれ」
「ケガに触る」
一瞬、あっけに取られたひなのだったが、すぐに立ち直ると、手に持った杖を俺に向けた。
「…っ、この役立たずがぁっ!誰に命令してんのよ!」
おいおい…それはさすがにライン超えだろ。
坂城、早く飲まないと壊されるぞ。
「ケガしたくなかったら、レアドロップも置いていきなさいよ!」
そのときだった。
——ヒュッ
ひなのの後ろに影が滑り込んだ。
「あなた、見苦しいですよ」
凛が口を開いた。
今まで聞いた中で一番低く、冷たい声だった。空気が一瞬で変わる。
ギョッとして、ひなのが後ろを振り返る。
だが、凛はひなのが振り向いた瞬間にするりと背後を取って、腕をねじ上げた。
「っ、あ……!」
杖が手からこぼれて、カラン、と乾いた音がした。
「おい、凛――」
思わず声が出る。
ひなのがチワワだとしたら、凛はドーベルマンだ。ヤバさの質がまるで違う。
「くそっ!何だよお前!放しなさいっ!放せぇっ!」
「…せっかく、ドロップの余韻に浸ってたのに。やかましいですよ」
気だるそうな声だった。ひなのの顔が引きつる。
「こうしたら大人しくなりますか?」
凛はねじった腕に万力のように少しずつ力を加えた。
「痛いっ!」
目が据わっている。凛の語気が徐々に強まる。
「さっき、私の相棒に杖を向けましたよね」
「……ただで済むと思ってるんですか?」
骨の軋む音が聞こえてくるようだった。
さっきとは真逆の絶叫が響く。
「あああっ!痛い痛い痛いっ!嘘…やめっ…!」
冗談だと思うが、そう言いきれる確証はなかった。万一があってもおかしくはない。
「凛、その辺で——」
「…なーんて、冗談です」
堪らず声をあげた瞬間、凛はあっさりと手を離した。あっけらかんとした表情だった。
ひなのは、ぐったりとその場にへたり込んだ。
目には涙が浮かんでいた。先ほどの威勢はもうどこにもなかった。
そして、ねじ折られる寸前だった腕が無事に付いていることを確認して、ため息をついた。
だが、安心したのも束の間だった。
凛が笑顔を浮かべながら、ひなのの前にしゃがみ込んだ。
「ひっ!」
再度、ひなのがおののく。先ほどのミノタウロスよりも、よほど得体の知れないものを見る目だった。
凛は、へたり込んだままのひなのに、軽く抱きついた。そして、ひなのの耳元に口を寄せ、何かをささやいた。
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ひなのの表情が、一瞬で凍りつく。
うなだれたまま、もう一言もしゃべらなかった。
「…坂城、早く飲め」
俺は何もみていない。
そう自分に言い聞かせた。
「あ、ああ…」
坂城は薬を飲むことも忘れて、口を開けていた。
「とんでもない奴と組んだな、神谷…」
苦笑した。
…否定はできなかった。
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シーカーズの他のメンバーは、黙って様子を見ていた。
坂城が回復している間、辺りを確認したが、みんなもう、歩けるまでに回復しているようだった。
やがて、坂城がゆっくり口を開いた。
「……悪かった」
まだ血の匂いが残る空洞で、その声だけが静かに響いた。
「来てくれて助かった」
短い言葉だったが、十分だった。
「本当にな。さすがにどうしようかと思ったよ」
坂城が眉をひそめる。申し訳なさそうに目を閉じてうなだれた。
俺は笑った。この馬鹿正直さが、嫌いじゃない。
「なんてな。坂城、お前。…あの袋」
俺は床に転がったままの荷物袋を指さした。
「ちゃんと見捨てるなら、荷物は持っていけよ」
坂城が目を見開いた。一瞬黙る。
どうやら図星のようだった。
去り際に坂城が置いていった袋の中には、簡易転移石、照明、非常食が残されていた。もし本当に俺を見捨てるつもりなら、全部持っていけばよかった。
あれがなければ、俺は帰れなかった。
俺は頭をかく。
「まぁその袋も…スライムに溶かされちゃったんだけどな」
ミスリルスライムの溶解液を思い出す。スライムに投げた袋は中の荷物ごと跡形もなく溶けてしまった。
だが溶けていく瞬間に中身が見え、俺に都合のいい中身が見えた。多分、こいつの仕業だろう。
坂城は小さく息を吐いた。
「……お前な」
そして少しだけ苦笑する。
「相変わらずだな」
俺も笑った。
「お互い様だろ」
少しだけ、かつての空気が戻る。
昔は坂城と、ひなのとも、もう少しうまくやれていた。
俺は床に置いたままのドロップを拾い上げた。
ミノタウロスの魔核。掌サイズの黒い結晶。
「凛。斧は好きにしていいから、こっちはもらっていいか?」
凛はもうひなの達への興味がなくなったようで、ミスリルナイフを眺めていた。声をかけると振り返らないまま、軽くナイフを振った。
問題ないらしい。
俺は手に持った魔核を、そのまま坂城に手渡した。
「やるよ」
坂城が目を見開く。ナイフを磨いていた凛も、ちらりと視線を向けた。
「どういうことだ?」
俺は改めて坂城の姿を見た。鎧はほぼ半壊し、剣も折れている。
ひなのや他のメンバーも消耗している。
その上、荷物袋や転移石もないとなると、帰ったときに肩身が狭いだろう。
「装備の修理費だ」
「神谷、受け取れない」
即答した。まあ、そう言うだろうなと思った。そういう奴だ。
俺は軽くため息をついた。これを言うには、少し覚悟の準備が必要だった。だが、もう後戻りはできない。
「これは施しじゃない。パーティを抜ける分の、迷惑料とでも思ってくれ」
「神谷、お前…」
坂城が言葉を失う。
ひなのも顔を上げた。ひなのの顔は痛快だった。
凛は依然としてこちらに興味ないふりをしていた。だが俺は見逃さなかった。言った瞬間、顔を背けたことを。
今…絶対に嬉しそうにしてるだろ。
「…もう、決めたんだな」
やがて、ゆっくりと坂城が口を開いた。
「ああ」
「…なら、受け取っておこう。脱退の届出は俺がしておくよ」
「助かる」
しばらく沈黙が続いた。
入学初日からの付き合いだ。俺にも思うところはあった。
「….まあ、たまになら」
今度は俺が口を開く。
「コラボ配信でもしようぜ」
坂城が目を丸くする。そして、ふっと笑った。
「……いいな、それ」
静まり返ったダンジョンにまた風が吹き抜けた。
ただ、この静けさは悪くなかった。
そうだ。配信といえば。
「そういえば、凛。動画は?」
「動画?」きょとんとする。
「配信。さっき組むときにやってるって言ってただろ」
「ああ、動画配信のことですか」頷いた。
「神谷さんと一緒だったので、カメラ止めました」
…まあ、そうかなと思った。
「残念。でもミノタウロス倒したところ撮れてたら、結構バズったかもな」
「そうかも…しれませんね」
お互い顔を見合わせて笑った。
まあ凛となら、この先また機会はありそうだ。
⸻
「…じゃあ、俺たち先に帰るわ」
「お先に失礼します」凛も頷く。
そう言って、背を向けた。
そのすぐ後。
「……待て」
背後から坂城の声がした。
振り向く。しかし、それは俺たちに向けられた言葉ではなかった。シーカーズの面々に、坂城が首をかしげていた。
「そういえば、俺たちのカメラはどうした?」
一瞬、全員が止まる。ひなのが周囲を見回す。
「さっきまであったよね?」
「……あ!」
撮影担当が青くなる。
全員の視線が床に落ちた先には、撮影用のカメラが転がっている。
赤いランプが静かに点灯していた。
――――――――――
【悲報】シーカーズ、知らん女に見せ場全部持っていかれる
1:名無しの探索者
シーカーズ逝ってて草
2:名無しの探索者
ミノタウロス戦のやつなw
カメラ落ちてからの方が本番で草
3:名無しの探索者
カメラ落ちてから地獄で草
画面の半分岩で隠れてるのがリアルで興奮する
4:名無しの探索者
雄叫びだけクッソ聞こえるの怖い
あれ普通に現地いたらチビるわ
5:名無しの探索者
「坂城!」だけ妙にハッキリ聞こえて草
置いてかれて戻ってくるの熱すぎる
6:名無しの探索者
↑役立たずのレス
7:名無しの探索者
坂城の叫びガチすぎて笑えんかった
あれ普通に死ぬやつだろ
8:名無しの探索者
ひなのの怒鳴り声だけやたらクリアで草
キレすぎだろあれ
9:名無しの探索者
黒髪の子、ほぼ見えないのに一瞬だけ映る動きが速すぎて逆に分かる
あれ強いわ
10:名無しの探索者
静かになった後の空気ヤバすぎ
何起きたか分からんのに終わってる感じ
11:名無しの探索者
坂城の声その後弱々しくて普通に心配になったわ
12:名無しの探索者
ひなの今回普通にダサかったな
13:名無しの探索者
胸糞すぎてひなの炎上するやろこれ
14:名無しの探索者
黒髪の子結局誰だよ
見えねーのに全部持ってったのだけは分かるの草
15:名無しの探索者
ドロップの量バグってたなかった?
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「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「今後どうなるのっ……!」
と思ったら
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面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、正直に感じた気持ちでもちろん大丈夫です!
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