二人
その時、通路の奥から、衝撃音が響いた。
ドンッ!
続けて、岩を砕くような音。地面に何かを打ちつけたかのように、音がするたびに振動が伝わってくる。
まだ距離がありそうだが、時折聴こえる悲鳴。
誰かはわからない。ただ、先程の声は間違いなくひなのだった。
どうやらシーカーズの皆が襲われてるみたいだ。助けに行かなければ。
「戦闘中ですね」
「だな。ヤバそうだ」
言うが早いか、俺は全力で声のする方に駆け出した。
「神谷さん」
「どうした?」
グズグズしてる暇はない。その場で足踏みする。
「何でそっちに行くんですか?」
凛はその場から一歩も動かず、ただ不思議そうに聞いた。
「え?」
足が止まる。
「どういう意味だ?」
凛は髪をくるくるしながら、少しだけ考えるように上を向く。そして短く、ため息をついた。
「だって神谷さん、さっき見捨てられましたよね。ダンジョンで戦えない人を置き去りにしたら、どうなるかくらい分かるはずです」
「なのに、彼らは効率を選んだ」
「それって神谷さんの命を軽く見てるって事ですよね。そんな連中、助ける意味ありますか?」
感情が乗っていない声だった。
この感じには覚えがある。ひなのが俺を捨てた時の、あの嫌な感じ。
少しだけ心臓が早鐘を打つ。
言いたい事は分かった。コイツも色々あるんだろう。
俺だって、割り切ってるわけじゃない。
「……だからって、放っておけるかよ」
今は一刻を争う。
「あんな奴らでも…仲間なんだ」
「違います」
凛が遮る。
「『元』仲間、ですよね。今の仲間は私ですよ。言葉は、正しく使いましょう?」
有無を言わさぬ声だった。凛は俺の行手を遮るように目の前に立った。
「それに神谷さんが行って、何が変わりますか?余計な犠牲が一人増えるだけです」
「死ぬのが分かってるのに行くって、もうそれ、ただの自己満足ですよね?自己満足で死ぬ気ですか?」
さっきまでは似た者同士だと思ってて…何ならちょっと可愛いかもと思ったのに。
今は先ほど介抱してくれた凛とは違う、別の女に見えた。
この女の静止を振り切って坂城達を助けに行こうとしたら俺はどうなる?
指先から血の気が引いた。
「神谷さん」
凛が更に一歩踏み込んだ。近い。お互いの顔に息が掛かるくらいの距離だ。
口調は軽い。それなのに。
——目だけは、笑っていなかった。
耐えられずに目を逸らすと、ダンジョンの風が凛の髪を浮かせて、俺の頬を撫でた。少しだけ、甘い匂いがした。
「凛」
声が掠れた。
「神谷さん言いましたよね、一緒に居てくれるって」
「正直…ふふっ、嬉しかったんです。だから、もう放っておきましょう。今の神谷さんには、私がいる。それで十分じゃないですか」
恐怖で固まった俺の手を取る。手を温めるように握った。
だが、凛の手は俺よりも冷たかった。
手を握ったまま、もう片方で先程の傷を確かめるように俺の頬を触った。そしてその手も、驚くほどに冷たかった。
「この探索が終わったら、カフェで今後の打ち合わせをするんですよね。お腹も減りましたし、そろそろ帰りましょう」
淡々と続ける。落ち着いた声色だったが、妙な硬さがあった。
……なぜこうまでして、この女は俺を引き止めるのだろう。
意を決して、凛を見た。
その目は、真っ直ぐに俺を見ていた。
視線が揺れていた。不思議と冷たさは感じなかった。
寧ろ、何かを押さえつけるような、憂いをたたえた瞳だった。
「凛」
震えが止まっていた。俺は凛の手を握り返した。
「は、はい」
声が上ずった。
「この先の化け物なんだけど…俺たちで倒せると思うか?」
この先にいるモンスターは分かっている。無論、凛も分かっているだろう。
凛は少しだけ俺を睨んだ後、言った。
「…当然です」
なら、心置きなく言える。
「…じゃあ、今からあいつをやりにいこう」
「ボスのドロップをぶん取って、パーティ結成祝いだ。レアドロップを売っぱらって、今夜は景気良くやろう」
凛の顔がパッと明るくなった。
だが、すぐに拗ねた顔で頬を少しだけ膨らました。
どうやら何が言いたいか、分かったようだ。
「……それじゃ駄目か?」
「神谷さん、ズルいです…」
「……当然、奢りですからね」
俺は笑った。
さっきまでは恐怖すら感じてたのに、今はたまらなく魅力的だ。
俺は手を離して、半歩だけ距離を空けた。
「じゃあ行こうぜ、相棒」
俺は凛に向けて手の平を差し出した。
「仕方ないですね」
やれやれ、と言った感じで凛は肩をすくめる。
満更でもなさそうだ。
「いきましょうか、相棒」
凛も手を広げて俺の手を叩いた。
そして、二人で通路の奥へ駆け出す。
これが俺たちの、初めての共闘だった。
「面白かった!」
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