邂逅
ひなの達の足音はもう聞こえなかった。そこそこ長い間一緒に探索してきたのに、別れは一瞬だった。
置いて行かれたことよりも、その時間を無価値と思われていたことの方がショックだった。……まあ、俺の自業自得も少しはあるかもしれない。
溜め息をついて、辺りを見回した。
まだモンスターは見当たらない。青白い苔がポヤッと光って、普段は幻想的に見える景色も、一人で見るとただただ不気味だった。
ふいに背後から何かが滴る音がした。振り返ったが、ただ鍾乳洞から水滴が落ちただけだった。まずい、これ以上ここにいると心臓に悪い。
「……どうしたもんか」
一本道とはいえ出口までは距離がある。幸いにも誰かが置き忘れた荷物があったので、それを拾って歩き出そうとした。その時だった。
「……そのスキル、本当に役立たないんですか?」
背後から声がした。思わずビックリして飛び上がる。振り返ると通路の角からこちらを見る人影があった。
女の子だ。肩まで掛かった艶のある黒髪がダンジョンの風に靡いている。無駄のない、細く締まった曲線。軽装だが使い込まれた装備。
……何だこいつは。
少女が反動をつけて壁から離れると腰に刺した短剣が小さく揺れた。話しかけられるまで気配すらしなかった。只者じゃない。
少女は品定めでもするかのように、俺をジロジロ見ていた。好みのタイプでも、値踏みされるのは好きじゃない。
とりあえず強く出てハッタリをかましておくか。
「誰だお前。今の話、聞いてたのか?」
「少し」
少女はあっさり答えた。あまり興味がないらしい。気を遣ってくれる様子もなさそうだ。
「さっきのパーティ、配信してましたよね」
「まあな」
大学のダンジョン配信サークル、シーカーズ。今しがた俺を追放した連中だ。
「あなたは神谷さんですね」
「俺を知ってるのか?」
シーカーズはそこそこ名の通ったパーティだ。知っていてもおかしくは無い。まあ……俺のファンに出会ったことはないが。
「さっき呼ばれてました」
そりゃそうか。俺は期待した三秒前の自分を、心の中で助走をつけて殴った。再び警戒を強める。
「君、名前は?」
「黒瀬凛くろせりんです」
脈なしが一言で分かる良い自己紹介だ。凛はそのまま続ける。
「神谷さんの固有スキル、鑑定ですよね」
「まあね」
「鑑定と……レアドロップ率上昇」
言い当てられて目を丸くした。鑑定だけでもそこそこ珍しいスキルだ。ドロップの事まで知っているのはシーカーズの連中くらいなものだ。
「……随分詳しいな。その鑑定持ちに何かようか?」
凛は俺に気にする様子もなく、通路の奥をちらっと見た。
「似たスキルを知ってるので。ここで立ち話してるとモンスターが来ます。少し歩きながら話しましょうか」
「……ああ」
断る勇気は出なかった。道伝いに洞窟を歩く。どんどん入り口が遠ざかっていく。こうなったらもう、こいつに連れてってもらうしかない。
少しの間、沈黙が続いた。後ろから改めて凛を見る。本当に一人なら、年齢を考えると異常な強さだ。
そう考えていると、凛が口を開いた。
「神谷さんのドロップアップって、どのくらいですか」
この質問をどう答えるか少し悩んだ。
少し考えた挙句、正直に答えることにした。
「レアドロップ率、三%アップだ」
少女は返事を返さないまま、小さく頷いてまた向き直った。だが、振り返る直前に僅かに口元が緩んだ気がした。その顔がやけに頭にこびりついた。
意外な反応だった。……まあどうでも良い。
早くこのまま連れて帰ってくれ。
「やっぱり」
凛が口を開いた。
「何が?」
思わず聞き返した。
その時、凛が口を開きかけた瞬間にペチャッと何かの足音のようなものが洞窟に響いた。
何の音だ? 音のした方に目を向ける。すると、岩陰から金属球のような目玉が、ぼうっと鈍い光を放ってこちらを見上げていた。
背筋に悪寒が走り、反射的に鑑定を発動した。
《レアモンスター》
《ミスリルスライム》
視界の端に文字が浮かんだが、一瞬だけ見切れて、直後に弾かれるように消えた。鑑定が妨害された。
ミスリルスライム。噂は聞いていたがまさかここで会うとは。シーカーズの連中が見たらさぞ羨ましがるだろう。
「……凛。ちょっといいか?」
「何ですか」
少女は答えた。
「あそこ、ミスリルスライムがいる」
通路の奥を指差すと、凛は遠慮なくランプをかざした。スライムの銀色の体が光に照らされ、ギラッと怪しく輝く。
「バカ、何刺激してんだ! 逃げるんだよ!」
「フフ……スライムのくせに綺麗ですね」
……聞き違いか? 今、笑った気がするが。こいつやっぱり、関わったら駄目なタイプのやつか?
呆気に取られている内に、通路の奥から影が跳ね、通路に銀色のスライムが飛び出してきた。マズい。コイツ、やる気だ。
噂で聞いた特徴は、金属のように光沢のある体と黄金のように美しい核。輪郭は普通のスライムより一回りほど小さい。
「実物は初めて見ました」
そして、とにかく珍しい。
凛が小さく呟いて、短剣に手を掛ける。
…どうやら、こいつもやる気らしい。
ミスリルスライム。探索者の間では都市伝説のような存在。
珍しい上に、硬い。
速い。そして逃げる。
普通は倒せない。
だが、その時妨害されたはずの鑑定結果が蘇り、別の情報が表示された。
【予測ドロップ】
・ミスリルコア
・ミスリル武器
・ステータス装備
・ポーション
心臓が一気に跳ねる。どうやら噂に釣り合うだけの報酬はあるらしい。
さっきまでガタガタ震えてたのに、いきなり好きなゲームの新作でも出た気分だ。コイツから何が出るのか、楽しみになってしまった。
鑑定スキル持ちの性というやつだろう。俺も大概、駄目な方か。
幸い、隣にやる気の探索者がいる。
…こいつにかけてみるか。
「アイツ、やれそうか?」
親指で銀玉を指差す。
「良いドロップが出そうなんだ。まあ俺は雑魚だから、やるなら君一人になると思うが。でももし逃げるつもりなら、早めに言ってくれよ」
だが、俺が言い終わるより先に、凛は顔の横に短剣を構えた。見た目に似つかわしくない、迷いのない動作に一瞬で目を奪われた。
「勿論やりますよ」
そう言うとニヤリと笑った。恐ろしい。だが、頼もしい。
その時、売られた喧嘩を買うようにスライムが小さく跳ねた。
全く、どいつもこいつも血の気が多い。
……しょうがない。俺も新作を味わうとしよう。
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