追放
「またこんなガラクタ?」
薄暗いダンジョンの洞窟に、無遠慮な声が響いた。女は大袈裟に肩を落としながら、俺に鬱憤をぶつけた。
「神谷さ、それほんとに当たってるの?」
石クズ同然の魔石を詰めながら、俺は女を横目で見た。
この女――ひなのが文句を言いたい気持ちも分かる。だが、俺に言うのは筋違いもいいところだ。
低純度魔石。予想通り。
朝からもう何回も同じドロップを拾い集めては、袋に入れる。そろそろ、この袋を紐で縛って、ひなのの頭にぶつけてやろうか。そうすれば、少しはガラクタの重みも分かるだろ。
「当たるも何も、大当たりだが?」
「そういうことじゃなくてさぁ」
ひなのは腕を組む。クズドロップは俺のせいだ、と言いたいらしい。
「まーたハズレじゃん、使えないなあ」
「……そんなにハズレが嫌なら、次からは倒す前に聞いてみるんだな。『僕は、当たりだよ〜!』って教えてくれる、優しい奴を殺せばいい」
それを聞いて、リーダーの坂城が苦笑した。やれやれと言ったふうに俺たちの間に割って入る。リーダーというと聞こえはいいが、ひなのの前ではせいぜい、バイトリーダーくらいのポジションだ。
「まあまあ、ドロップが悪いのは別に神谷のせいじゃないだろ? そう言うなって」
庇うというよりも、面倒ごとになる前に終わらせたいというふうだった。ひなのはフン、と鼻を鳴らした。
後ろでは撮影担当がその様子をカメラに収めている。
大学のダンジョン配信サークル《シーカーズ》。
俺はそのメンバーだ。まあ、一応は。
「ねえ、坂城くーん」
ひなのはシーカーズの紅一点。派手な見た目と魔法、勝ち気で分かりやすい物言い。口も頭もよく回るステレオタイプの配信者だ。
動画の再生数も半分はこいつのお陰だ。今や、リーダーの坂城より発言権がある。
……だが、命懸けのダンジョンで人気者が幅を利かせると大抵ろくなことはない。俺のような鼻つまみ者には、なおさら。
「最近ずっと渋くない? クズ石ばっかでコメントも荒れてるよ?」
「まあ……そうだな」
坂城が苦笑する。何だかんだで世話を焼くのが好きなんだろうが、こいつもなかなかの苦労人だ。
「神谷のスキルって意味ある? なんか、いてもいなくてもあんまり変わらないんだけど」
そう思ったら、また俺に矛先が向いた。カメラに映らない時はだいたいこんな感じだ。
俺は何も言わずに肩をすくめた。《鑑定》の結果は間違っていない。ただ、ひなのが言いたいのは俺の鑑定の、もう一つの効果の方だ。
「俺がいた方が映えるだろ? お前だけだとケバすぎて胃もたれするからな。そろそろ洞窟が香水くさい、ってモンスターから苦情が来るんじゃないか?」
ひなのの顔色が変わった。衣装と同じように真っ赤だ。俺は吹き出しそうになった。
「この……! 気取り屋の、自己中ナルシスト野郎。今すぐ配信切って燃やす」
ひなのが俺に杖を向けた。ちょっと言い過ぎたか。喧嘩になったら俺は五秒で殺される。
「まあ落ち着けよ。俺のスキルの話だったよな。効果はちゃんとあるから」
結局、最後は暴力に訴えるのはずるい。口喧嘩だったらこんな奴五秒で倒せるのに。
「聞いて驚くな。レアドロップ率、三パーセントアップだ」
一瞬の沈黙。
「三パーかよ。よくそんなので粋がれるわね」
ひなのが自分の土俵に立った。
「みんな聞いてー! 三パー君が画面映えするからもっと俺を映してよー! だって」
ひなのが他のメンバーに呼びかけると、ドッと笑いが起こった。お付きの撮影係も、ゲラゲラ笑っている。
こんなくだらないイジメみたいなことをもう一年近くずっとやっている。よく飽きないもんだ。
坂城が苦笑した。俺の方をポンと叩く。
「そう気を落とすなよ……三パーでも、ないよりはマシだろ?」
「楽しんでもらえて何より」
俺は荷物を拾って、ひなのたちに背を向けた。
俺のスキルは《鑑定》。
ただ人や物の情報を見て分析するだけじゃない。モンスター相手なら、レアドロップ率を少しだけ上積みできる。
ドロップ系のスキル持ちはプロ探索者の中でもそこそこ珍しい。
俺がこうやってバカにされながらも、シーカーズから除籍されないのはそれが理由だ。
「そろそろ行こっか。神谷、あんたはコレも持ちなさい」
ひなのが自分の足元に荷物を投げ捨てた。俺はわざわざ取りに戻って、床に投げ捨てられた荷物を拾った。
まあ、珍しいといってもできるのはそれくらいで腕っぷしは皆無。雑用を押し付けられて戦闘からも外された結果、その辺のスライムより弱い探索者ができ上がった。
これが俺の役回りだ。
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通路を進むと、少し開けた空間に出た。岩壁があちこちにあり、ランプの灯りでも奥までは見渡せない。待ち伏せされるとかなり危険だ。
「神谷、索敵いけるか」
坂城の合図で、俺はスキルを使う。
――鑑定。
薄暗い洞窟の闇の中に必要な情報だけが浮かび上がる。頭が冴え、注視するだけで、周りの生物や地形のことが手に取るように分かる。
《ストーンスライム》
《ストーンスライム》
《ストーンスライム》
「ストーンスライム三体。二時の方向、十メートル、核は体の真ん中だ。構えろ……二、一、来るぞ」
俺の合図と同時に、坂城が腰に手を掛けた。慣れた手つきで鞘から銀の剣を引き抜く。
「了解」
同時に岩陰から、ぴょんとスライムが跳ねた。
その瞬間に剣を振るう。銀の剣から放たれた闘気の刃が、視線の先のスライムをまとめて薙ぎ払った。一瞬で三体のスライムが塵になる。
「流石だな」
坂城は一年からの付き合いだが、同期の中でもずば抜けている。配信人気もひなのに次いで高いし、今頃は女性ファンからスパチャが飛び交っているだろう。
……俺から見ても、確かにこいつは格好いい。
気がつくと、消えたスライムのいたところに小さな光があった。
「またドロップか、確認してくれ」
「オーケー」
――鑑定。
「さっきと同じだな」
坂城が肩をすくめて、俺が無言で袋を開けた。そして、その様子を見ていたひなのが、また顔をしかめた。
「ねぇ、坂城」
甘ったるい声だった。ひなのがこの声を使う時は決まって、面倒ごとの前触れだ。
「前から思ってたんだけど。神谷ってさ、配信向きじゃないよね」
一瞬、場の空気が止まる。
坂城が眉をひそめた。
「ひなの、どういう意味だ?」
ひなのが俺を指差すと、周りのメンバーの注目が俺に集まった。
「だってさー、性格も愛想も悪いし、地味な鑑定しかできないでしょ?」
「まあ……それはそうだけど」
性格は否定しとけよ。
「しかも三パーでしょ。入れる意味ある? ……最近同接も頭打ちだし、何か新しいことしないと活動費だって削られる一方じゃん。後輩だって育ってきてるし、そろそろ神谷は切って他の子入れたほうがチームの為っしょ」
ひなのが振り返ると、後ろのメンバーも同調する。
「それなー」
「確かに」
「思ってたわ」
随分嫌われたもんだ。まあ、俺もこの状況でこいつらの立場ならそうするが。面倒ごとに関わるのは御免だ。
ただ一つ困ったことに、今は俺が面倒ごとの当事者だ。恥ずかしいがこいつらに守ってもらわないことには、俺は話にならない。
ムカつくが、ここは一応謝っておくか。
「まあ落ち着けよひなの。三パーはデカいぞ。一のドロップが四になる。ある意味、お前四人分だ。水に流してやるから仲良くやろうぜ」
謝ってやろうと思ったのに、プライドが邪魔をした。俺はいつだって自分に正直に生きたいと思っているが、今回はそのポリシーが自分の首を絞めた。
「……は?」
ひなのの顔がまた赤くなる。坂城も首を振った。
「ちょっと黙ってろよ。この勘違い野郎」
こいつに会うまでは女ってのはもっとこう、上品な生き物だと思ってた。
こうなると、もはや坂城だけが頼りだった。頼んだぞ坂城。頼んだぞ、親友。
「いやでも……神谷もメンバーだし、それで納得して今までやってきたじゃないか」
声に力がない。まあ、期待はしてなかったが、無理そうだな。
「いやいや、昔の話でしょ。あれからどんだけ経ったと思ってるのよ」
ひなのは首を振った。俺が口を挟めないままどんどん話が進んでいく。
「神谷さ。シーカーズがこのまま落ちぶれていくのは見たくないよね。自分が足引っ張ってまでパーティに残りたくないって思うでしょ」
「まあ……それはそうだけど」
「だったらさ。ここで帰ったら?」
俺の同調を誘うような言い方だった。
坂城が目を見開く。
「ひなの、それはやり過ぎだろ――」
「だってさ、今日もっと深層に行くわけでしょ? ただでさえ撮影班も守らなきゃいけないのに、神谷まで守って進めると本気で思ってんの?」
「だからって、今から一人で帰らせるのか?」
「その方が良くない? パーティのために」
「でも出口遠いぞ。せめてこの探索が終わってから考えたら良くないか?」
坂城がやたらと粘るが、ここまで来ると惨めすぎて笑えてくる。もうやめてくれ。
「いやいや出口まで一本道でしょ? 帰るだけなら神谷でも平気っしょ。なんせ私四人分の働きだし」
ひなのは少しだけ目を細めて俺の方を見る。
「ね?」
周りのメンバーは視線を逸らしていた。坂城がため息をついて俺を見た。
「神谷も何とか言えよ」
俺は何も言えなかった。坂城の言葉を遮るようにひなのが先に言った。
「そういうことだから。気をつけて帰りな」
ひなのは俺から荷物をふんだくると、小さく手を振ってスタスタと歩き出した。他のメンバーも一瞥をくれないまま、ひなのの後を追う。
唯一、坂城だけは俺を見たが、何も言わず、しばらくすると振り返って歩いて行った。
手に残ったのは石ころ同然の魔石が詰まった袋だけだった。急に、この袋が愛おしくなった。
――まあ、ダンジョンではよくあることだ。
この時の俺は、まだそんなふうに思っていた。
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