単独戦
一歩踏み入れた瞬間、空気が変わった。
外の冷たい風とは違う。湿っていて、少し重い。息を吸うたびにはっきり分かる。
中は思ったより広かった。人が作った採掘場だけあって、通路の幅も高さもそれなりにある。
壁面は削られた跡が当時のまま残っていて、やけに生々しさを感じた。
「足元に気をつけろよ」
地面のそこかしこに、崩れた木箱や、朽ちた支柱の残骸が転がっている。
踏み込むたびにジャリ、と乾いた音が響く。その音が妙に反響して、思ったより遠くまで届いている気がした。
「不思議な感じだな」
思わず、呟いていた。
廃坑にしては妙に整いすぎている。
崩れている割に通路は塞がれていない。障害物もそれなりにあるが、大きなものは不思議と脇道に積まれている。
そこに、道なりに青白いダンジョンの苔がぼんやりと光を放って、こちらを奥に手招きしているようだ。
不思議な光景だった。
「原型が残ってる分、そう感じるのかな」
俺は周囲を見回す。
凛が頷いた。
「完全な人工物と違って、元採掘場ですからね。ダンジョン化しても構造は大きく変わってないみたいです」
つま先で転がっていた石を蹴ると、石はトロッコのレールにぶつかって、静かに反響した。
何にせよ、この広さは俺たちには都合がいい。今日は狭い通路で挟まれる心配はしなくてよさそうだ。
そう思っていると、少し先に気配がした。先程の音の主か、何かがいる。早速、俺の仕事がきたようだ。
——《鑑定》
「…なるほど」
今回の相手は、こういう感じか。
「凛、ちょっと待て」
「どうしました?」
俺は通路の奥を指さした。
「ゴーレムだ」
俺の声に応じるように、影から、ズズ……と人型の土塊がゆっくりと動いた。
身長は一メートル半ほど。全身が土と泥で出来ている。崩れかけているのか、濡れた泥が床に滴っていて、あまり気持ちのいい見た目じゃない。
「クレイゴーレムですね」
凛が言った。
「ちょうどいい相手です」
確かに、ウォーミングアップには丁度良い。
俺は頷いて、一歩下がる。
バトンタッチだ。
「じゃあ私はここで見てるので、神谷さん倒してください」
耳を疑った。
「……は?」
「ちょっと待て、俺がやるの?」
だが、クレイゴーレムはすでにこちらに気付いていた。
のそのそと腕を振り上げながら、こちらに向かってくる。
「わっ! ちょっとタンマ!」
次の瞬間、振り上げた手の先に、体の泥がネトネトと纏わりついて、ダマになった。
クレイゴーレムはそれを、勢いよく俺に投げつける。
「うおっ!」
反射的に体を横へ流した。
泥の弾は肩の横をかすめ、そのまま後ろの岩壁に叩きつけられて弾けた。
見たところそこまで威力はなさそうだが、かといって当たりたいかと聞かれれば、答えはノーだ。
避けた事に気を悪くしたのかゴーレムが腕を振り回しながら、次々と泥の塊を投げてくる。
必死で投げるその様子は、さながら駄々っ子のようで滑稽だったが、それを楽しむ余裕はなかった。
「だから」
2発目。しゃがむ。
「やめろって」
3発目。右に半歩。
クレイゴーレムの体勢が左へ流れる。
4発目。
首を少しだけ傾ける。
避けるたびに、泥の弾が足元や背後で弾けていく。
「神谷さーん」
背後から凛の声がした。耳だけ傾ける。
「避けてばっかりじゃ勝てませんよー」
呑気な声だ。寝てるんじゃないのか。
あまりの気の抜けた声に視線を向けると、凛は横たわったトロッコに膝を抱えて腰掛けていた。
どうやら本当に俺一人にやらせる気らしい。
「それっ、ファイトっ♪ ファイトっ♪」
…完全にギャラリーだ。
こっちは今日、割と覚悟してきたのに。
段々、腹が立ってきた。
「ふざけないで助けろよ!」
「神谷さん!」
死角からまた、泥が飛んでくる。
……五月蝿い。今、大事な話をしてるんだ。邪魔するな。
飛んできた泥を、ナイフの腹で受けた。泥で服を汚さないように、刀身を後ろ逸らして、飛び散らないように床に払った。
それを見た凛が、目を細めた。そして——
——行け。
小さく、そう言われた気がした。声は聞こえなかったが、口の動きで分かった。
カチッ、と頭の中でスイッチが入った。
頭の中に初めての選択肢が生まれて、攻めに意識が転じる。驚くほどに視界はクリアだ。
反射的に、ゴーレムに踏み込んだ。
ゴーレムは俺の突然の攻勢を見て驚いたのか、身を切る攻撃に疲れたのか、静止して見える。
ようやくノロノロと突き出したパンチを見て、ニヤリとした。
おめでたいやつだ。当たると思ってるのか。
すれ違いざまに、腕の脆そうな所を三回切りつけてやった。
身を翻すと同時に、ボトッという音と共に土塊の腕が地面に落ちた。
落ちた腕を見下ろし、感触を確かめるように、土の腕とナイフを交互に見る。
なんだこれ…。今、イメージ通りに体が動いた。控えめにいって、滅茶苦茶面白い。
既にコアの位置は分かっていが、終わらせるのは勿体無い。
今の感覚をもう一度確かめてから、ついでに力の差を分からせてやる。
俺は挑発するように、ズイ、と距離を詰めて顎を突き出した。
ほら。ここに当てればまだお前にもチャンスがあるぞ。
土くれが、今度は左を突き出した。今度は避けない。必要がない。
当たるすんでの所で、一番脆い部分をナイフの柄で叩きつけた。左腕も砕けて、地面に転がった。
「ハハっ」
両腕を失って、今場を支配しているのが誰か、ようやく分かったらしい。ゴーレムがじりじりと後退りを始めた。
悪いな。泥遊びはもう十分楽しんだ。もう土に還んな。
及び腰で重心が下がった瞬間を狙って、コアごと首を刎ねた。
振り切った方向に、土くれが力なく倒れた。
そして最初からそこに何もなかったように、泥と土だけがそこに残った。
……静寂。洞窟の奥から風が吹き、遠くの方でからりと石ころが崩れる音がした。
床に落ちた泥を見て、戦闘が終わった事を確認する。
「倒した……のか?」
右手を見る。ミスリルの刃は相変わらず淡い輝きを放っているが、刀身には、少しだけ泥が付いていた。
間違いなく今、俺が戦った事の証だ。
「おぉ……」
静かな情動が湧き上がってくる。戦ってる最中はアドレナリンが吹き出して、動きも、思考も、別人のようだった。
まさか俺にこんなポテンシャルがあったとは。ブルッ、と身震いした。
余韻に浸っていると、目の前からパチパチパチ、と音がした。
凛が腰掛けたままで笑っている。
「初討伐、おめでとうございます」
「凛」
「神谷さんらしい、性格の悪い戦い方でした」
「お前な」
だが、言葉とは裏腹に嬉しそうだ。きっと凛は、俺一人でもやれると最初から分かっていたのだろう。
それは良いとして、そうならそうと最初から言ってくれ。
……まぁ、ちょっと楽しかったが。
「今の感じでやれば、二層も普通に戦えそうですね」
「買い被りすぎだ」
そう言いながら、口元が緩む。今なら少しだけ、凛が笑う理由が分かる。これは癖になるな。
「じゃあこの調子で、もう何匹か行ってみましょう」
「スパルタだな」
俺は苦笑した。
その時、クレイゴーレムの崩れた泥の中で、小さな光が転がった。
記念すべき、俺の初めてのドロップだ。
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