採掘場
電車の窓の外に、田んぼが広がっていた。
都心から一時間半。高い建物はもう見えない。遠くに低い山並みが続いているだけだ。
のどかな風景だった。
ガタゴト、という規則的な揺れに体を預け、ぼんやり外を眺めていた。
気づくと、少しうとうとしていた。
……ぐっすり寝たはずなんだが。
昨日は換金が終わった後、凛と連絡先を交換して、そのまま解散となった。
流石に色々ありすぎたし、その上、今日もまたこんな田舎まで来ている。
欠伸をしたまま背中を伸ばした。
窓を開けられるタイプの古い電車だ。他の乗客の迷惑にならないよう、窓を少しだけ開ける。
窓の隙間から、田んぼの匂いが流れ込んできた。
日曜の朝から、田舎行きのローカル線だというのに、なかなかの人入りだった。俺も含めて目的は一つ。この電車の終点、ダンジョンだ。
連日、自ら危険な場所に赴こうとしている。しかし、身体は疲れているはずなのに足取りはやけに軽かった。
結局、俺も根っからの探索者か。
やがて電車が減速し、小さな駅に滑り込んだ。
『採掘場前駅』
「さむっ」
ホームに降りるなり、冷たい風が吹きつけてきた。大きく上体を逸らし、凝った体をほぐしながら深呼吸をする。
澄みきった冷たい空気。山の空気だ。
終点の改札を出る。
「おはようございます」
振り向くと、凛が立っていた。
「早いな」
時計を見る。まだ集合時間の三十分前だ。
「楽しみで早く来ちゃいました」
凛は少し笑った。なんだ、俺と同じか。
「昨日はちゃんと眠れましたか?」
「寝た寝た」
「ならよかったです」
満足そうに笑った。
凛も少し眠そうだったが、顔色は悪くない。お互いちゃんと休めたらしい。
「じゃあ、買い出し行きましょう」
小さく頷いて、俺はバッグを持ち上げた。
昨日は結局、連絡先を交換した後から寝落ちするまで、ずっと凛とメールしていた。もちろん、今日の探索のことでだ。
そこで幾つか決めたことの一つが、失ったアイテムの補充である。
幸い、駅前からダンジョンに向かうまでの道に商店街があり、品揃えには困らなさそうだった。
商店街をしばらく歩くと、ある店が目に留まった。
小石が嵌め込まれた模様のようなガラスのドアに、剥げかかったペンキで「武器/道具屋」とだけ記してある。
海外のレトロ建築を思わせる雰囲気の、落ち着いた店だ。嫌いじゃない。
「門構えがいいな。ここにしよう」
「あー……好きそうですよね、こういう店」
凛が肩をすくめた。
どうやら、順調に距離は縮まっているらしい。
「いらっしゃい」
ドアを潜ると、口髭を蓄えた、恰幅のいい店主が出迎えた。木製のカウンターに、現金以外はお断りと言わんばかりの昔ながらのレジスター。
それでいて、ショーケースには玄人好みの質実剛健な装備品。最高かよ。
「どうも」
会釈をしながら封筒を取り出す。
「このリストに書いてあるものが一通り欲しいんですが、ありますか?」
店主はリストを一瞥した後、奥の棚を指差したが、その後で顎に手をやり、付け加えた。
「……リストの回収袋、本当にこの型番ので良いのかい?」
お願いします、とだけ言って、奥へ向かった。無駄なことを聞いてこないのも好印象だ。
店主がショーケースから袋を用意する間に、手早く見繕うことにした。
棚の前に着くと、凛が確かめるように言った。
「昨日話した通り、お金は全て活動資金に充てます。これは、二人で稼いだお金ですから」
俺は苦笑した。昨日、散々取り分を押し付けたが、結局俺が折れる形になった。本当に面倒なやつだ。
「了解」
「まずは荷物袋」
「リュック式だな。これ、丈夫で軽くて良いな。十万もするが」
「じゃあそれで」
凛が即決する。
「次」
凛がメモを読み上げるたび、俺がカゴに入れる。
「簡易転送石、三個。二十七万円」
「はい」
「ポーション、十本。五万円」
「はいよ」
「ハイポーション、三本。十五万円」
「はいはい」
「魔素霊薬、一本。十万円」
「よしきた」
「風付与札、二枚。二十万円」
「結構するよな」
「風属性中級魔法巻物、二枚。二十四万円」
「え? 高くない? 使い捨てだろ」
「必要です」
凛はきっぱり言った。
どんぶり勘定だが、これ百万円超えてないか?
その上さらに――
「兄さん方。回収袋、用意できたよ」
「魔法袋、百九十八万円」
消えた。三百万以上あった現金が。
一瞬で溶けた。
「あの、すいません……領収書もください」
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「全部無くなった……」
ある程度予想していたとはいえ、百万は残ると思ってたのに。
……まあ、良い買い物はできた。相棒のチョイスだ。疑いはない。
ただ、入った時の富豪気分はすっかり消沈してしまった。明日からまた極貧だ。財布にはもう、帰りの電車賃くらいしかない。
「必要経費です。今後のためです。ケチって死ぬよりはマシです」
凛は平然としていた。昨日の、『換金の取り分は要らないんで、アイテムは任せてください』って、こういうことか。
「正論すぎて夢がないな」
俺が言うと、凛は呆れたように肩をすくめた。
「夢を見たいなら、生きて帰ってからにしてください」
「はいはい。現実派は強いね」
「だから神谷さんには私がついてるんです」
きっぱり言われて、少しだけ言葉に詰まった。
「分かってるよ。昨日の今日で必要なアイテムまで考えてくれたんだ。むしろ申し訳ないくらいだ」
……にしても魔法袋か。見た目の十倍くらい入るやつだ。これはもう投げられないな。
魔法袋に、ミスリルのナイフ、身体強化の腕輪。装備だけ見れば一流の探索者だ。馬子にも衣装ってやつだ。
「見えてきましたよ」
採掘場ダンジョン。
山道を抜けた先、木々の切れ間にそれは見えた。
ぽっかりと開いた、採掘場の入口。岩肌は不自然に削られていて、いかにも人の手で掘られた跡がそのまま残っていた。
生活を豊かにするために掘られ、大勢の人が行き交ったその場所が、今はモンスターの巣だ。
幸か不幸か、採掘場の鉱物資源が変質して出来たダンジョンの方が、本来の役割よりも遥かに大きな経済効果を生んでいた。
俺は入り口の壁に手をついて、跡を確かめるように撫でた。
ギルドパーティとしての初めての依頼。
俺がとちれば、せっかく上がった凛の評価まで台無しになる。失敗はできない。
「どうかしましたか?」
「いや。今日はどんな活躍をしようか、と考えてただけだ」
「……ちゃんと期待してますよ」
――オオオォ
ふと、ダンジョンから吹く風に乗って、音がした。




