第三十二話 餓鬼大将の戦い
「アッシュ……」
倉庫の魔方陣から飛び出てきたのが、アッシュやクルト達、こどもギャング団だった。
「みんな……」
呆気に取られるエリーゼだった。自分の張った魔方陣は24時間は持つはずだ。そのなかにいれば、大抵の攻撃は耐えしのげる。
それなのに、仲間達が飛び出てきては意味はない。
「来ちゃダメ! この人、強いわ。みんな魔方陣に戻って!!」
エリーゼはついそう叫んでいた。
(どうしよう。私が失敗したせいでみんなが飛び出てきちゃった……なんとかしなきゃ。どうすればみんなを守れる!? 小さい子だっているのに)
頭の中が焦りで真っ白になりそうだ。だが、エリーゼはかろうじて自分の息を落ち着かせ、アッシュ達にさらに逃げるように声を上げようとした。
「大人しくなさい、お嬢様。お淑やかに……さもなくば、どうなるか、分かるでしょう?」
嫌みったらしい敬語でカイルはそんなことを言っている。エリーゼは喉を震わせた。
「エリーゼを離せッ!!」
ところがアッシュはエリーゼの言うことなどまるで聞かず、カイルに向かってそう怒鳴った。
「元気のいい坊主だな。お前……ん?」
カイルはアッシュを認めて、何か考えるような仕草である。
「エリーゼに触るな、このゲス野郎っ!!」
アッシュはさらに怒鳴った。
「鎖で縛ってどうする気なんだ。未成年略取かよっ!!」
続いてクルトも追撃する。
エリーゼが様子をうかがうと、少年達は、ミラ達を魔方陣に残してきたようだった。小さい子を頼むと言いつけて。
壊されたドアの隙間から、ミラ達が泣き叫ぶ小さい子ども達を必死になだめているのが見える。年下の子達は、エリーゼが縛られたのを見てショックを受けたらしい。
「ひとさらいー!」
パウルが大声でカイルを罵る。ルーカスも一緒になって、カイルの精神をかき乱させるような罵詈雑言をぶつけ始めた。
ヴァルター、ヴィルヘルム、フランツ、ヨナスも、日々ケイドロなどで訓練してきた通り、アッシュを中心に布陣を固めている。大声は立てていないが、戦意は相当に高いようだ。
「どうするもこうするも……このお嬢様は、俺達の回収すべき獲物なんだよ。お前らには渡さないよ?」
「えっ!?」
エリーゼの方が驚いた。自分が鎖で縛られたのは、単に戦闘不能に追い込むためだと思っていたのだ。どうやら他に理由があるらしい。自分が回収すべき獲物?? なにがなんだか分からなくて混乱してくる。
「エリーゼが……なんだって?」
アッシュも面食らってしまい、思わずカイルに尋ねた。
カイルは眼帯越しに、冷たい無表情でアッシュを見下ろしている。
口を利くのもかったるそうなそぶりに、アッシュは気がついた。
「なんだってかまわねえ! エリーゼを返さないっていうなら、力ずくで奪い返すだけだ!! 行くぞ、野郎ども!!」
戦意を高揚させるアッシュの声が空き地に響き渡る。
幼い頃から空き地を中心に村中で遊んで回ったこどもギャング団だ。空き地の特徴は熟知している。
彼等は、幼さ故に、戦術などの訓練は受けていなかったが、幼少時からケイドロや缶蹴りなどで周囲と連携して動く事や状況を見て判断することなどには非常に長けていた。
アッシュは子どもながらに司令官の地位にあったし、クルトはその良き参謀だった。
その二人が、エリーゼを奪い返すと怒鳴ったのだから、奪い返せるのだろう。子ども達は自然とそう納得し、アッシュの指示を待ってカイルを逃がさないように取り囲み始めた。
無論、魔族にとっては人間の子どもの包囲網など、いつでも蹴散らせるつもりなので歯牙にもかける様子がない。
「ヴァルター、パウル、左右から行け!! ヴィルヘルム、ヨナス、後ろは頼んだぞ!!」
その声で、全員が、自分がどうすればいいか分かった。
ヴァルターとパウルは簡単な呪文を唱えて、風魔法を身に纏うと、それをブーストに使った。
空き地の小石を拾い上げて、片っ端からカイルに投げつける。その際に、爆風で弾みをつけてぶん投げ始めた。
二人はカイルを左右から挟み込みながら弾丸のような速さの石を連投し続ける。
「……鬱陶しいな」
手に持った呪いの鎖で器用に投石を跳ね返しながら、カイルが顔をしかめる。
そのとき、背後から--。
回り込んだルーカスが、カイルの腰に力一杯飛びかかって組み付いた。
身長差、体格差があるために、転ばす事は出来なかったが、カイルの足腰の動きを一時的にでも封じ込める。
ルーカスはこの少年達の中では一番の怪力自慢なのだ。
「このっ……!」
片手でエリーゼを縛り上げたまま、カイルがルーカスを突き飛ばそうと呻く。
「ルーカス! 無茶しないで!!」
エリーゼが悲鳴のように叫んだ。
だが、それよりも速く。
頭上で、気配がした。
同じく風魔法でブーストをかけたアッシュであった。
空高くジャンプする際に、爆風で勢いをつけ、カイルの頭上へ飛んでいる。逆光を利用し、カイルの視覚をくらましながら、アッシュはショートソードを鎖に向けて勢いよく振り下ろした。
体重のかかった攻撃である。
ガキィインッ!!
金属音が響き渡る。
普通の鎖だったらいくらなんでも真っ二つだろう。
だが、これは、魔族の呪われたマジックアイテムであった。ショートソードが僅かに刃こぼれし、鎖はびくともしなかった。
「なん……で!?」
これはアッシュも予想していなかったらしい。
村の中の子ども故の無知だ。魔族の武器がよくわからない。
「世間知らずのガキが……引っ込んでいろ!」
カイルはそう怒鳴ると、呆然と立ち尽くすアッシュのみぞおちにケリを入れて吹っ飛ばそうとした。
「ぐっ」
長身の大人に蹴飛ばされ、アッシュが後ろの地面に落ちる。
「今楽にしてやるから、大人しくしていろ」
そう言って、カイルは虚空からさらに呪いの鎖を取り出す。
どうやら、アッシュの事も縛り上げるつもりらしい。
しかし、そのとき、ヴィルヘルムが動いた。凍結魔法を使える彼が、氷の礫を一斉に撃ち放ち、アッシュを背後から援護する。
「何!」
風魔法なら分かるが、何故、風精人ウィンディの子どものうちに氷魔法を自由自在に使える者が村にいるか分からない。
虚を突かれてカイルは、氷を避けて後ろに下がった。引きずられていくエリーゼ。
「なんだ……魔法使いの子どもか?」
ヴィルヘルムはさらに氷の礫を連発してカイルをアッシュに近寄らせない。そして、彼の攻撃の特性を知っているヴァルターが、アッシュにちかより肩を貸して立たせ、距離を取れる位置に走った。
「大丈夫か、アッシュ!」
ヨナスのそばでクルトが叫ぶ。
「こんなのなんともない……次行くぞ!」
アッシュは腹を押さえて呻くように言った。痛くないと言ったらウソになる。だが、そんなことを言い出していたら作戦を遂行出来ない。エリーゼを魔族に取られてしまう。
「アッシュ……」
エリーゼは彼の事が心配だった。相手は、魔法を使える魔族だ。自分が手も足も出ないのに、アッシュ達がどう出来ると言うのか。それに、カイルにはどうやら、自分とアッシュに関して、何か予想外の目的があるらしい。様々な事が心配でならない。
「エリーゼ。絶対助けるから」
しっかりした声でアッシュはそう言った。
「そうはいかない。子どものちゃちな作戦が俺に通用すると思ってるのか?」
カイルはまだ嘲笑している。
アッシュはそれを無視した。
「クルト、ヨナス……頼むぞ」
親友の方を振り返ってそう言うと、クルトはアッシュに強く頷いて見せた。
クルトは独特の早口で呪文を詠唱する。それは風の呪文の中でも、高位のものだった。
「疾風よ、我が身に宿れ……
風の加護を受けし者に限界など存在せず!
神速の領域へと踏み入れん!
風神の翼、今ここに解き放たれよ!」
その場にいる仲間全員の速度が急上昇する呪文だ。
子どもが詠唱するものなので、5分前後がせいぜいだが、アッシュ達の動きが倍速になる。
勿論、それは、呪文詠唱の速度もだ。
クルトが詠唱を終わらせると同時に、ヨナスが呪文詠唱を開始した。
彼は、村の少年だ。エリーゼのような高等教育は受けてはいない。だが、元々勤勉な性質で、ミトラ寺院に熱心に通い、自力で魔法や神学の勉強に勤しんできていた。
だから、これぐらいは出来る。
「風よ、我が周囲を包み込め。その力を高らかに示し、我が敵に吹き飛ばす暴風を巻き起こせ。揺るぎなき風の力よ、我が指先に宿れ。風の魔法、疾風の響きを放て! エアリアル・ブラスト!!」
村の中学校では教えない攻撃魔法。だが、ヨナスは独学で覚えて、使いこなせる。
暴風、それも、エリーゼのブラストの倍の速度の魔法がカイルとエリーゼにぶち当てられる。
カイルは咄嗟に、呪いの鎖と魔族の呪文を使って、エアリアル・ブラストをかき消す。だが、その頬に緊張が残っているのをヴィルヘルムは見逃さなかった。
ヴィルヘルムは生まれつき冷気耐性の強い子どもで、北国の冬でも薄着で過ごせるほどである。そのためか、妙に凍結系の呪文と相性がいいのだ。ほぼ無詠唱で、再び、氷の礫を勢いよく飛ばしながら彼は前に飛び出した。
「これでも食らえーッ!!」
特別に大きな氷塊をカイルの顔面に飛ばす。
カイルはそれも、呪いの鎖を操って叩き壊す。
そのとき、背後に--アッシュが迫った。
アッシュは、クルトの速度上昇の呪文によって、以前の何倍も動きがよくなっていた。
恐ろしいばかりのスピードでカイルの背後に回り込んだかと思うと、まだ斬れるショートソードを振り上げる。
マジックアイテムらしい、呪いの鎖ではなく、直接--。
カイルの右手。エリーゼを縛る鎖を握りしめる右手を、アッシュは剣で狙った。
「!!」
魔王軍の男は、寸前で、アッシュの気配に気がついた。
彼でなければ、到底避けきれない動きだったろう。
否、避けきれていなかった。
「くっ!!」
アッシュが口惜しそうな声をあげる。
カイルが身を翻す、ほんの一瞬前に、アッシュはショートソードで彼の軍装の袖を斬っていた。
あと2㎝踏み込んでいたら、カイルの腕を切りおとす事が可能だっただろう。
アッシュは本気で、エリーゼを取り戻すために、魔族の右手首を狙っていたのだ。
「なにっ……!」
ある意味、殺意よりも恐ろしい決意の行動に、カイルが息を飲む。
そのときだった。
完全に、アッシュに気をのまれているカイルに気がつき、エリーゼが呪文を唱えた。
至近距離からの、エアリアル・ブラスト。
暴風の弾丸が、カイルを吹っ飛ばす。一時的にでも、二人は、カイルを地面に膝を突かせた。
「エリーゼ!」
アッシュは、即座に、エリーゼの方に飛びつき、呪いの鎖を解こうとした。
「大丈夫か? 今すぐ、解放してやるっ!」
「アッシュ、ありがとう……でも無理しないで」
アッシュは鎖が絡まって止められている部分をほどこうとするが、焦っているためか、すぐにはほどけなかった。
「くそっ」
鎖さえほどくことが出来れば、仲間と一緒にエリーゼを連れて逃げる事が出来るのに。
逃げる事は出来なくても、一緒にこの魔族を撃退する事が出来るかもしれない。
そのときだった。
じゃらり、と鎖が鳴った。鎖はまるで念力に操られているように、素早く動き、複雑な形にエリーゼの体を縛り上げた。
「痛ッ!」
エリーゼが悲鳴をあげる。アッシュが唖然とする。
ゆるゆると--カイルが立ち上がる。暴風の拳を受けた顔面を押さえながら。よく見ると、眼帯がずれて、銀灰色に輝く左目が露出していた。
オッドアイ。
アストライアにおいても珍しい、左右色違いの瞳を隠すために眼帯を使っていたらしい。
「なるほど、ガキだと思ってあやしてやっていたが……甘く見るなということか?」
「あやして……?」
クルトが顔を引きつらせる。本気でいるわけではないだろうと思っていたが、魔族からしてみれば自分たちなど赤ん坊のようなレベルらしい。
戦慄するこどもギャング団達の前で、カイルは完全に眼帯を外し、赤と銀灰の両目を露出すると低い声で宣言した。
「……遊びは終わりだ。3分で終わらせる」
表情は冷たい。むしろ無表情に近いぐらいだ。だが、その声と空気で、カイルはアッシュ達を、金縛りにあったように凍り付かせる事が出来た。動こうとすれば、出来るはずなのに、手足の先が冷たく、鉛のように重い。
アッシュは、自分が、大人の男に喧嘩を売り、そして本気を出させたのだと悟った。
武者震いで背中が震える。
口の中が乾く。自分の心音が、速い。
だが--。
「終わらせる事が出来るっていうなら、やってみろ」
腹の底までずしんと覚悟が決まる。
「仲間の前で、俺は負けられねぇ!!」




