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転生令嬢エリーゼ~ネット炎上で死んだ私、異世界でヒロイン無双する~  作者: 鳥海美月
鎖影のカイル

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第三十一話 私がやる

 子ども達は返事をしなかった。出来なかったのだ。

 皆が、凍り付いたような表情で、倉庫のドアを見ていた。何の変哲もない、頑丈そうな、木製のドア。


「出てきて下さい」

 再び、若い男の声がした。ミラがすくみ上がり、クルトが庇うように寄り添うのが分かった。


「手荒な真似はしたくない……自分から出てきてくれないか?」

 男はそんなふうに言い直した。


「誰だコイツ」

 アッシュは隣のクルトに思わず聞いていた。村の若い男で目立った者なら、ほとんど顔見知りである。だが、こんな声は知らない。クルトもしきりに首を左右に振った。

「しらねえ……こんな声の男、俺は知らない」

 クルトはそういうのが精一杯の様子だった。


 アッシュとクルトの緊張が周囲に伝わった。年下の子ども達が身を寄せ合い、ドアを凝視して身を強ばらせている。エマが今にも泣き出しそうな子どもに励ましの声をかけ、ミラが震える小さな子どもの頭を撫でた。

 少年達は年下の小さな子ども達の壁になるように前に出て、ドアを睨んだ。

 その気配を察したかどうか--。


「出てきて貰えないか……そりゃ残念だ」


 男はそんなふうに呟いた。聞こえていた。

 次の瞬間、物凄い音がして、木製のドアが吹っ飛ばされた。扉が破壊された瞬間、太い鎖が振り回されたのを、アッシュは目撃した。だが殆どの子ども達はそんなことも分からず、ただ悲鳴をあげて目をつぶっていた。


「怖がらせるつもりはなかったんだけどな……素直に出てきてくれりゃ、酷い想いをしないですんだのに」

 首の後ろをかきながら、若い男が姿を現した。

 アッシュ達には見慣れない、東洋の羽織に袴をアレンジした服装でいた。竹の柄をした黒い羽織。黒い着物の斜めに交差した襟元がエキゾチックだった。

 前世の記憶のあるエリーゼには作務衣を洋風に工夫をくわえた服装に見えたが、クルト達には、全く見慣れない服を着た男に見えたらしい。みんなぎょっとして固まっている。


「誰だお前!」

 アッシュだけが鋭くそう声を張り上げた。


「誰と言われても……俺の名前はカイル。魔王軍で、色々と回収する仕事をしているんだけどね」

 わりと真面目に、カイルはそう答えた。


「魔王軍?」

 エリーゼはライムグリーンの瞳を見開いた。恐れはあったが、怯えるというほどでもなかった。自分がどんな立場でどんな役割かを考えていた。

「魔王軍が回収って……どういうこと?」


「答える必要はないな」

 大勢の子ども達の視線を一身に受けながら、カイルはそう答えた。

 そして、エリーゼを見て微かに眉をあげた。


「もしかして……”器”?」


「な、何」

 エリーゼは彼の片目に見つめられ、身を守るように腕を前に出した。隣にいたアッシュがエリーゼを背中に庇うようにして前に出る。

 カイルと名乗った青年は、左目に黒い眼帯をつけていた。右目は血の色のように赤く、その片目だけでエリーゼとアッシュを興味深そうに見比べている。


「魔王軍って言ったな。魔族が、俺達の村に何の用だ!」

 アッシュは、不躾な視線で自分を見つめる、片目の男に向かって声を張り上げた。虚勢もあったが、半分以上は本気で怒っていた。魔族だろうが誰だろうが、自分たちの村に無断で押し入って荒らしたのは、こいつらだということが分かっていた。こいつら……特に、コイツ。

 直感的に、アッシュは、カイルが村を荒らした指揮官だということを悟っていた。


「何が目的で俺の村を荒らした!」


 アッシュの脳裏で、先ほど駆け回った村の惨状が駆け巡る。死人。死んだ家畜。壊された家。店。ありとあらゆる悲惨な情景。

 目的があれば、やっていいことではない。だが、目的も知らずして、ただ村が荒らされ壊されたと言うのはあまりに不条理すぎた。


「だから、答える必要はない。……どうしても知りたければ、力ずくで俺から聞き出して見たら?」

 挑発するようにカイルは笑った。

「なんだと……!」

 アッシュは、拳を握りしめ、自分よりも頭いくつも大きいカイルを見上げた。カイルは見た目は二十代後半から三十歳ぐらいの青年で、背はかなり高い方だった。短い銀髪に赤い瞳、それに和装はひどく印象的だ。


「回収って言いましたよね」

 そこでエリーゼが鋭い声で尋ねた。

「何を、”奪い取りに"来たんですか?」


「ああ……」

 カイルは一瞬、顔を俯かせて表情を見せないようにした。だがすぐに顔を上げて笑って見せる。

「カンのいい子は嫌いじゃないよ。だけど、奪い取るなんて大げさな。回収って言ったじゃないか」


「回収というのは、人に貸したものや、配布して用済みになったもの、期限の来たものなどを寄せ集め、取り戻すことでしょう。魔族が、私達に何を貸したっていうんですか? 一方的に……」

「ああ、うん。確かに、回収っていうのは一義的に、人に貸したものを返してもらうことをいうね。だけど、他の意味もある」


「他の意味?」

 嫌な予感を感じながらアッシュが鸚鵡返しに聞く。

 カイルはその整った顔に、娯楽を感じさせる顔で言った。


「ごみや廃品を集めて回る事も、回収って言うだろう? そしてごみを、返して貰う目的で貸す奴もいない」


「!!」

 アッシュを含め、子ども達は息を飲んだ。

 ゴミ。魔族のゴミの回収のために、自分たちの村は襲撃されたのか。


「ああ、ちょっとからかいすぎたか……そんなことじゃないよ?」

 へらりとカイルは笑って見せる。自分が何を言っているか分かった上で、子ども達の反応を楽しんでいるようだった。


「て……めえ……」

 だが、勿論、それは言ってはならないことだったのだ。

 荒く息を吐くと、アッシュは腰に下げていたショートソードに手をかけ、そのまま、抜刀しようとした。

「待って」

 そのとき、エリーゼがアッシュの隣に立った。

「私がやる」

「エリーゼ!?」


 泣きそうな……否、泣いている小さな子ども達を背に、自らを壁のようにして、エリーゼは自然と前に出ていた。

 彼女には、ほんの13年の間だが、ハルデンブルグ伯爵家の一人娘として、他の子ども達よりもいいものを食べてきた自覚があった。いい服を着せて貰っていたことも、村の子ども達とは別格の教育を受ける機会があったことも知っていた。

 それはなんのためか?

--といったら、こういうときのためなのだ。

 それは、伯爵であるクラウスからもディアナからも、さりげない仕草や、背中から教わった事だった。


(なんのために勉強してきたの? 誰よりも一生懸命、魔法や他の学問に打ち込んできた。それは、私をいじめる誰かを言い負かしたりやりこめたりするためじゃない。……仲間を守るため。自分よりも弱い立場の人間の盾になるため)


 いきなり、はっきりと、エリーゼの中で点と線が結ばれた。貴族学院でパーフェクトだと褒められた時、青ざめた級友の顔を見ても面白くも何ともなかった。その後、親の膝元で勉強を続けても、達成感はあっても充実感はなかった。そのことで、モヤモヤしながら生きてきたが、その理由は、一生懸命頑張って勉強する意味が明確ではなかったからだ。

 今、その理由がはっきりした。人よりもよいものを食べ、よい服を与えられて生きてきたからには、その力をきちんと周りに返す必要があるのだ。そのためには--強く。賢くなければならない。そのための勉強だったのだと、エリーゼは気がついた。


「エリーゼ、お前一人じゃ無理だ」

「……私、魔法を使えるわ。アッシュ達は、子どもを守って!」


 そう大きく言って、息を吸い込んで、エリーゼは、一歩前に出た。


「へえ。……君、エリーゼって言うのか」

 カイルは、冷静でいて、やはりからかうような調子でエリーゼを見ている。

 可愛らしく着飾った、すました人形のようなお嬢様が彼の目に映っていた。


「あなたはカイルと言うのね。村を襲った事を後悔しなさい!」

「そう。鎖影のカイルと申します、お嬢様。……村を襲ったのは仕事上やむを得ないので、何とも言えません」

 カイルは慇懃無礼な仕草で一礼してきた。

 エリーゼは貴族の淑女の礼で嫌味に返した。


「エリーゼ、無茶しないで!」

「男の子に任せなよ!」

 エマ、続いてミラが、慌てて声を張り上げる。しかし、彼女達は前に出てくる事が出来なかった。そのことを、エリーゼはとやかく言う必要を感じなかった。

 今は戦いに集中するべきだ。カイル本人とさえ、話す必要を感じない。話すのだったら、決着をつけたあと、相手を絞り上げればいい。

 アッシュの前で、村をゴミ扱いするような発言をした事を、絶対後悔させてやる。


 だが、その前に。

 エリーゼは歌うような滑り出しで呪文を静かに詠唱し始めた。


「聖なる光よ、我が前に顕現せよ——結界よ、この地を守護する盾となれ!

邪悪なる者共を寄せ付けず永遠の加護をここに刻まん——」


はっきりした完全な詠唱が終わるか否か、清冽な雪のような光が飛び散り、床に複雑な模様の魔方陣が刻まれた。輝く魔方陣の上に子ども達が座っている形になる。

「その陣から出ないで。中なら安全よ」

 エリーゼはそう言い切った。

 子ども達は呆気に取られる。村の中学校では魔法が一番のヨナスだって、ここまで大きな聖なる結界を作る事は出来ない。

 しかも、エリーゼはそれだけのMPを使っているはずなのに、息切れ一つしていなかった。


「……少しはやるね」

 それだけか、とでも言いたそうなカイルだったが、エリーゼは返事をしなかった。

 続いて彼女は、攻撃呪文を詠唱し始めた。


「風よ、我が周囲を包み込め。その力を高らかに示し、我が敵に吹き飛ばす暴風を巻き起こせ。揺るぎなき風の力よ、我が指先に宿れ。風の魔法、疾風の響きを放て! エアリアル・ブラスト!!」

 流石に風精人ウィンディの娘である。

 エリーゼは、風魔法の上位魔法を唱えると、詠唱通りの暴風をカイルにぶち当てた。

 エリーゼは現在のところ、風精人ウィンディの貴族の娘のごたぶんに漏れず、風魔法に一番愛着があったのだ。学院内で得意な教師が多かったためである。


 風で吹き飛ばしながら距離を取り、死角に移動、そこから適正距離をはかって、相手の隙を誘い出す遠隔攻撃を行う。

 隙を作る事が出来たら、火炎系か氷雪系の巨大魔法で討ち取る。

 そういう、教科書通りの常套手段をエリーゼは取ろうとした。

 学院内の魔法演習では優秀な成績をおさめてきたし、教師相手だったら十分に通用した。

 逆を言えば、「マニュアル通りの教師相手しかしたことがない」。

 そのことに、本人はまだ気づいていなかった。……優秀でも13歳。微妙な年頃である。


 可愛らしいドレス姿のまま、エリーゼは倉庫の中をくぐり抜け、外に走り出した。

 魔方陣の中にいる子ども達から距離を取ろうと思ったのだ。

 獲物が逃げた理由など分かりきっているが、遊んでやろうと思ったのか、カイルはエリーゼに続いて外に出た。

 子どもの頃、散々遊んだ、村はずれの空き地。

 そこに走り出たエリーゼは、積み上げられた廃材を背に陣取ると、再び、エアリアル・ブラストの詠唱を行った。


 速い。

 しかも呪文の詠唱はとちることもなく正確だった。


 物凄い勢いで、轟音を立てながら暴風がカイルに襲いかかる。

 カイルは、鎖を振り上げた。そして魔族の呪文を短く唱えた。途端に、暴風は鎖により緩和され、たちまちかき消されてしまった。

「!」

 エリーゼが喉を引きつらせる。

(知らない呪文……何をされるか分からない……)

 相手は、魔族の大人だ。エリーゼの知らない、呪文や技をたくさん知っているかもしれない。

 だが。

(それなら、使わせなければいい。使う前に、倒してしまえば)

 エリーゼは、いったん、口を引き結んでそう決断すると、次の呪文を唱え始めた。

「深淵より湧き上がる激流よ、我が手に力を貸さん。水晶の波紋よ、敵を襲え! アクア・テンペスタス!」


 エリーゼは地下から大量の冷水を召喚し、激流を起こすとそれをそのままカイルにぶつけた。

 風の呪文は効かないと思ったのだ。

 冷たい激流をいきなりぶつけられ、ぶっかけられたカイルは怯んだ--ように見えた。


 鎖を持ったまま後退し、エリーゼから顔を背ける。


 そこを、エリーゼは見逃さなかった。

 続けて、アクア・テンペスタスを唱えて氷のように冷え切った地下水を弾丸のような速さでカイルに叩き込む。


 カイルがさらに一歩後退する。

 その隙を見て、エリーゼは特大呪文の詠唱に入った。


「漆黒の闇よりも深遠な風の渦巻き、その旋律は幽玄の紋章を刻む。蒼穹に響き渡るは魔力の吟唱、その響きは虚空を貫き、無限の可能性を秘めし。我が手に宿るは風の叡智、混沌の渦を生み出す。疾風の如く、敵を蹂躙せよ。風よ、解き放たれし力を示せ! ”ゼフィロス・ストーム”!」


 呪文の詠唱は長く、両腕で印を切る振り付けもあるものである。呪文を唱えている間はエリーゼは無防備になる。だからこそ、彼女は、アクア・テンペスタスで相手の動きを封じた。……つもりだったのだ。


「……可愛いねぇ」

 途端に、カイルは嘲笑の形に顔を歪めると、立ち直り、恐ろしく機敏な仕草でエリーゼに襲いかかった。


 影縫い。

 エリーゼの影を狙い、鋭い針がカイルの手からはなたれ、地面にあるエリーゼの影に突き刺さる。


「!?」

 途端にエリーゼの体が動かなくなる。危険を感じて咄嗟に逃げようとするが、足がピクリとも動かない。

 ゼフィロス・ストームはまだ完成されていない。

 最後の印を切る直前で、長大な詠唱をしている間に、エリーゼはあっさりカイルの鎖に捕まってしまった。


「キャ!」

 カイルはふわりとジャンプすると、真上からエリーゼを呪いの鎖で包み込むように縛り上げ、彼女の間近に着地した。

 死角から来られたエリーゼはどうすることも出来なかった。


「……離して!!」

 身をもがき、鎖をなんとかほどこうとするエリーゼ。

「完璧な詠唱、綺麗すぎる戦法。美しくも甘い、お嬢様の試験向けのお遊戯だ。……だが、恥じ入る事はない」

 カイルは面白そうにエリーゼを見ている。

「この年でそれだけの魔力の出力と、カンの良さ。……当たりだ。キミこそが……」

 カイルはほくそ笑みながら、エリーゼに何か言いかけて、やめた。

「私が……なんだっていうの? どうする気!?」

 足下は震えていたが口先だけでも強気にエリーゼはカイルに立ち向かった。


「そんな質問をして、答えて貰えると思ってるのか? 甘いねぇ」

 くつくつとカイルは笑う。そして、呪いの鎖をさらにエリーゼに巻き付け、自由を奪うのだった。


「やめろッ!」

 そのとき--倉庫の方から、怒声が上がったのは、言うまでもない。


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