異能 3
(気まずい…な)
二人で親愛を高めるような儀式の最中にデルは他の女の影を言葉通り見てしまった。まるで責められているような空気感がタークに圧力をかけているようだ。
「ターク様は…あの人が好きですか…?」
「わからんな」
「どんな時でもその人が頭の中にいますか?」
ここまで聞いてタークは次に口から出すべき言葉がわからなくなってしまった。遂に見せてはいけない心の情景を見せてしまったようななぜか後ろめたい感情が湧いて出たのだ。
デルがわざわざリリウムに対する愛情の有無をタークから聞こうとする理由はわかっているつもりであった。しかし思っているが確信も持てないもので、次に発する自分の言葉次第で居心地良く変容しはじめていたこの環境が消えてしまうだろう事だけが脅迫のような確信をもたらすのみだ。
(デルは俺を好いてくれてるのだろう。だとしたら言うべきではないしそもそもリリウム様は王族に血を連ねる公爵の一人娘であってそういう恋慕じみた情念などは湧きようはずもないが…そもそも言うべきでもないと言うのがおかしいのか?いや俺は…)
いよいよタークは自分の心持ちが意図するところすらを見失った。大腿に乗せられた一度夜を共にした儚げな俯きをする女の瞳はまだ隠されたままではあったがわずかな熱の蒸気が掌に感じられる。
(泣いているのか…)
タークがどんな戦場でも感じた事のない類の激しい動悸が打ち始める。これが誰もが思い悩むと愛というもので、別れを経験した人間がもう恋などはしないというが、それはこの時ようやく無心の人であったタークにすら理解できようというものであったのだった。
ふとタークの脳裏にサウンデルと駆けた夜の砂漠の星海がその美しい情景を広げた。情景というには精巧な写実で写実というにはあまりに現実離れした美しい記憶。そんな記憶を破くようにデルがつぶやく。
「やめて…ください…」
タークはまた揺れた心の内を不意に開示してしまっていた。華奢な弱々しい響きが嘆願し、タークはようやく気持ちの整理をつけ、おもむろに自身に身体を預けているデルをそっと優しく恋する紳士がするように顔を上げさせその瞳をみた。長いまつ毛に美しく形取られた吸い込まれるような深海の青が、騎士の砂漠のような乾いた心を捉えて溺れさせた。
「…お前の事を俺に教えてくれ」
当惑したように星の瞳が揺れて雫を落とし、そして暖かい手をタークの頬にそっとそえて女は静かに伝承を唄うように語った。
「私は人の父と魔の母を持ちアデニウムに生を受けました。そして平和の象徴としてアドニスの祝福を受け不老不死と人の姿を魔獣に変容できる異能を授かった王族の末裔なのです。エレクトラムを守護する役目すら果たせず臣民を喰らい生き残ってしまった最後の人魔サウンデルそれがわたしの全てです。」
デルの語りにさしものタークも驚いた。人魔とはどのようなものか見たこともなかったタークだったがまさかこれがデルの真の姿であったのだ。人と変わらない見た目を持った砂漠の麗しい姫。さまざまタークを困惑させながらもどうしようもないほどいじらしく人に対する愛に溢れた魔人。当然家族同様に育てられ妹のように可愛がったあのリリウムを愛していないわけではない。しかしそれは守るべき家族としての愛なのだ。タークははっと気付いたようにデルの唇を見てようやく自分の気持ちのいるべき場所を見つけた。
かつては様々な人々が旅の疲れを癒す為に訪れただろうこの寂れた受付の小部屋が暖かいランプの光で照らされている。タークにはここが自分の想いを告げるのにふさわしい場所に思えた。
「サウンデルいやデル。宿に泊まるときお前は何をするか知らないだろう?」
「…?はいターク様…申し訳ございません…」
「いや謝ることもかしこまることもない…」
「そう…ですか…でもどう呼べばいいかわからないです」
「ただのターク。タークでいいんだ」
もうタークは主従の連れ立ちとしてではなく一人の女として認め。荒く扱ってきた罪滅ぼしもかねて馴れ馴れしく呼ぶように頼んだ。
「…ターク…それで宿帳がどうかし…たの?」
主従の関係から脱した女の探り探りのなれなれしい語調は恐ろしいほどの緊張と気恥ずかしさタークに叩きつけた。だがそれを必死で押し殺し受付からペンと紙を取ってきてデルの目前でささっと書き綴った。
「宿帳には俺たちの名前を書かなくちゃいけない」
デルが見つめた紙にはユタエンシス家ターク/デル/ルビー
そんなようなことが書いてある。
「……えと」
「…」
「…ターク今すごく恥ずかしいでしょ?」
「はは……」
思わずタークはこのデルという文字通り魔性の女から照れ隠しの笑いを引き出されてしまったことに自分の事ながら戦慄した。それを微笑むように愛しそうにして追い立てる。
「ふーん…恥ずかしんだねー?」
「やめてくれデル…」
「お料理たくさん習ったんだよターク」
「…うん?」
「毎日毎日ずーっと作ってあげるね」
顔に添えられたままの温かい手がタークの筋張った後背に回される。そしてぎゅっ。とまるで女神がするように抱き締められた。
ノテノールが眼を開くように雲間から優しく大地を照らした。神によって祝福の恩恵を受けた者達はやがて神意に導かれて旅をする。これは古い伝承の一説。




