異能 2
今二人はノテノールも眠るような深い夜、空き家の一階の受付だった部屋でランプ一つの光に照らされながら不思議な作業に打ち込んでいる。ビオイデスでこの空き宿を丸々収納しようというのだ。
タークはかつて巨大な龍の魔石をパリエースで囲ってこの魔道具のマントで納めた事があったがその要領でここに収めたのだ。だが家ほど大きいものを障壁に収めるのにはさしものタークでさえ膨大な魔力を使ってしまいしばらく身動きができなくなってしまうのだ。それを解決するためサウンデルの膨大な力を魔力神経を通して供給させる必要があった。
ビオイデスの中はサウンデルやルビーが言っていた話によるとまるで暗い濡れもしない浅い川にいるような感覚らしく周囲には雑多に収められた品々が流れているという。
振動や浮遊感はなく呼吸もできるが流れた魔力の中に長時間滞在するとその力を吸われて乾燥した草の如く枯れ果ててしまうんではないかと口を揃えていた。実際その吸収している自覚はタークもあり、しまいこんだものの中には魔道具でありながら核が機能しなくなったものもいくつか存在する。魔石などはその筆頭で障壁が囲わなければ消えてしまうのだ。
ビオイデスが中の生命力まで吸収するとはタークは考えていなかったが万が一ということもあるのでこの保護作業は確実に正確に行わなければならなかった。そのためこの宿の受付部屋でランプだけを灯して集中しているのだ。
タークの魔力は失われなかったが目の前のデルはもはや人間ほどの力しか残っていないように見えた。障壁を解けば魔力は回復させられるだろうがいざ魔馬に姿を変えられるのかは若干の不安を生んだ。ただその不安もこの忌々しく感じる状況よりはマシに思える。とタークは思った。
「この方法でなくては魔力は移せないのか」
「はいターク様…」
俗に言えば膝枕と呼ばれるこの体勢は契りを結んだ男女同士が互いの親愛をより上位のものに高める為行われる民間伝承の呪術のようなものでそのような類いを特に信じず近寄せなかったタークにとってはまこと屈辱的で、さらに婦女子が先導し大腿部に導くという大筋の伝承とは異なる逆の状態が不可解であった。今やそのタークの折り畳まれた筋肉質の固い大腿の上にはデルがにたにた。という表情をして男の顔を見上げるように顔を据え置いている。
「ターク様。お手を私の額へ」
「…」
「はやくしないとルビーがミイラになってしまいますよ」
「……わかった…」
なにやら必要な手順が足りないなどと言ってルビーを人質に取っているような気もタークにはしたのだがデルがいうところによれば魔力を供給するには身体を横にしその頭の接触範囲を大きな血管部分になるべく近づけなければならないということで、そういう意味で言えばこの姿勢は整合性の取れた正確なものなのだ。タークもそう無理矢理考えることで恥の感情を抑えつけた。ひとまず言われた通りに撫でるように額に手をおく。
「今日は手があったかいんですね?ターク様」
「そういえば先日これに似た事をやっていたな。俺の力を吸ったのか?」
「……」
「母子揃って根っからの盗賊とは…恐れ入る」
「でもですねターク様も立派な盗賊ですよ」
「どういうことだ?冗談はよせ」
「私の心を盗んでいきました」
「……恥ずかしくないのかデル?」
「あ…あの…そうだ!手は目を覆うんでした!すっかり間違えてしまいました〜!あはは…」
デルは慌てて小さな嘘をついたんだろうということはタークもわかった。恥ずかしそうほんのり赤く染まった顔が不思議にいじらしく愛しく、名残惜しく感じたタークではあったが目を合わせられないのは同じであったのでいつまでに見ていたくなる瞳に優しく手で覆いを作った。
男の傷が溢れた手がサファイアのような美しい二つの瞳に影をつくる。しばし嬉しそうだったデルの身体がなぜかふと泣くように小さく震えた。そして一言呟いた。
「きれいなひと…」
「どうした?」
「みてしまったんです…もうしわけありません…」
タークは意味がわからなかったが自身が置いた手の状態を見るやはっとした。これは『描写』を人に見せるときの儀式であった。その手で目を覆うようにするだけでタークの見てきたものが流し込まれてしまう。屋敷に閉じ込められた盲目の令嬢リリウムに世界を見せる為にタークが死に物狂いで得た神の祝福の力の一端。『異能』




