雨の日は
黒髪の一家は久々のまともな料理に舌鼓を打った。
特に本来であれば食材の組み合わせが絶望的に感じられる『うさぎのりんご焼き』は、りんごの果汁で、うさぎの硬くなりがちな肉を、ふんわりと保ったまま香り高く仕上がった珠玉の一品でタークも感動を覚えた。それで、こんなことを思った。
ーーなんていうことだ! 手頃な林檎にまさかこのような使い方が存在するとは。しかもこのサラダも素朴ながら玉ねぎとにんじんの臭みがなくさっぱりしているが、それでいて甘い。このさく。とした衣のうさぎ肉も香草の香薫がアクセントになっているし、旨味が閉じ込められてパサツキも感じない。どれもうまいな……ーー
テーブルに並べられた料理を一通り平らげると、五人の前には空っぽの皿が残るのみとなった。しかしやはりこの陶磁の皿や銀の食器は、この妖精の住処のような木の家には似つかわしくないな。ともタークは感じたのだった。
ーーおそらく、この気のいい老人も、どこからか落ち延びた貴人なのだろうなーー
さらにタークは老人の腹を見て。貴族ならではの食道楽で肥え太ったとのだと推察すれば、概ね納得がいくのであった。しかし、こんな山奥まで逃避行をしなければならなかったほどの災禍でもあったのだと、タークのまどろみかけた心を刺すように思考が巡る。
「大変美味しゅうございました。本日はお招きいただき、感謝の言葉もございません」
タークの言葉に、老人の妻が微笑みを浮かべて答える。
「いいのよ。ね、あなた」
老人は満腹なのか言葉がなかなか出てこない様子であった。それを見てタークは少し心の中で笑った。大袈裟に息を吸い吐きして、老人は言う。
「……またきてくれるんじゃろ?」
「ええ、しばらくあの家で過ごすつもりですから」
「そうか。それはよかったわい。ルビーちゃんも奥さんもこの危ない男を頼んだぞ。何を考えてるかわからんしな。がはは!」
よく口の回る老人だなとタークは思うが、不思議とそんな言い草も嫌いになれない木こりであった。それから、大人はワインを飲み、ルビギノーサは林檎をよく絞った果糖水を貰い、しばしの歓談の後、家を出て短い家路についた。
外はすっかり日が落ちて、ぽつぽつと雨が降り始めている。ルビーは眠くなったのかタークに抱き上げられ、少しの道のりを親子のように帰る。そんなデルは腰に抱きついて離れない。よほどあの老人達と過ごした時間が幸せだったんだなと思うと、なんとなく家族というものがタークにもわかった気がした。
臨時の仮宿だと思っていたそこに戻るなり、タークはかつては宿だったであろう家を徹底的に掃除しはじめた。とりあえず一時的に住むだけだが、汚いのは我慢ならない。と思ってもいない動機づけして。
デルは二階の寝室でルビーを寝かしつけてから加勢した。体力知らずの二人は魔法まで行使して手早く片付ける。かつては受付だったであろう暖炉のあるカウンター付きの部屋や厠、炊事場。あまり屋内を見て回らなかったタークであったが、二階の寝室を除くと一部屋と物置があるだけのこじんまりとした“家”だなと思った。
ビオイデスに詰めてあった様々な道具を引っ張り出して、ある程度不自由なく住めるように開拓していく。デルが目を輝かせて調理道具を見つめたり、家具の位置はああでもないこうでもないなど言い合いながら作業をしていたタークであったが、自覚のないうちに自然としまっていたはずの笑顔も小さく溢れていた。デルはそんなタークの顔をたびたび見ては泣いていたが、タークにはその理由は結局、判らずじまいであった。
雨が屋根を強く打ちつけはじめルビーの目を覚まさせると
薄く開いた寝室のドアに光が差し込む。磨かれた別世界の階段の踊り場には美しい男と女が互いを支え合うようにして抱き合っていた。
ルビーは小躍りして結局眠れず小さなくまを作った。




