スピリット 1
結局、冒険者四人はガリカに二日ほど滞在した。ひどく居心地のいい港町で、晴れた朝には大海ピレナの採れたての魚介類や交易船で卸されたばかりの珍しい品々が溢れ、退屈をする余裕もないほどだ。賑やかな市場の活気、多国籍の人々が生み出した折衷された文化が、そこまで歴史の古くないこの港町にはあったのだ。
冒険者四人は色々な武器屋や地図、モンソニア連峰に向けての食料、備品。そして新たな装備を追加で買い込んだ。正直なところ、もともとあった装備で事足りはしたのだが、新しいもの好きな冒険者達は色々と理由をつけて、使いもしない珍品まで買ってしまったのであった。
いよいよ、モンソニアに挑もうという朝はいやに肌寒く、連峰に吹き付けられた北からの貿易風が、冒険者達をまるで拒絶しているかのようだ。町を出ようと関門に向かうと商隊の馬車がずらっ。と並んでいたが、冷気にも日頃から慣れているのか、防寒用の外套を着込んでいた。四人はアルバの考案した作戦通りに、偵察班と後続の設営班に別れた。
「いよいよだなアルバさん」
「そうですねグラウカ。マリリスさんとは仲良く過ごせましたか?皮肉じゃないですよ」
「いやそのなんだ…秘密は守る主義なんですよ、俺は!」
「はは……いい心がけです。実は剣も同じなんです。相手に知られてはいけない技を持っておくこと。それが自分だけでなく大切な人を守る」
「なんか難しいこと言いますねアルバさん。でもわかる気がします」
険しい山岳地帯に踏み込む先行偵察組の二人は、さまざまなことを道中明るく語りあった。しかし、グラウカにしてみれば尋常ならざる技を持つアルバの剣技とその高潔な精神から紡がれる言葉自体が教本といえる。さまざまな語り口から発せられる、若い優男の言葉とは思えない説得力の数々に、納得するというか心から尊敬させられるのであった。
彼らがわざわざ、後続の二人と三城里の距離をとっているのは混み入った事情がある。ひとつに主目的の偵察だ。
山岳にはウルフだけではなく、横穴の広大な巣を持ったゴブリンやオーク、不定形の身体で消化液を噴射するというスライム。あるいは龍の末裔とされるワイバーンなど多種多様な魔獣が生息していて、その厳しい生存競争に打ち勝つために魔法を行使するものや強大な爪やら牙やらを持った上位魔獣も闊歩している。
おそらくその魑魅魍魎に魅入られれば、四人で近距離戦闘になり周囲の状況把握が遅れ、次々に血の匂い集まった獣達で無限ともいえる戦闘に挙句突入してしまうこともあろうとということだ。だからこそ、速度に優れた二人ならば仮に後続に先んじて戦闘になっても凌げるだろうという算段であるのだ。
また、もう一つはグラウカとマリリスの関係である。こちらはアルバが心労を見せないように気を揉んで思案しているのだが、二人が近い距離でいざ戦闘になったとという時に、命の要である集団行動を乱しかねない。とアルバは考え、あえて距離を置かせている。
最後の理由はといえば、これが一番重大な事由であり、フェティダの魔力が恐ろしく増大しているからということに終始する。当然、通常の人間には感知することさえできない魔力ではあったのだが、アルバは極めて特殊な聖眼持ちで、高位の魔獣にさえ認識できないほどの微力な魔力でさえその瞳で捉える事ができる。魔力は一日二日では微塵も増加しない。それも魔素の薄い港町なら当然の事だ。しかしフェティダは何故かその理から外れた。その理由はアルバにさえ判別はつかない。
伝承に依らずとも、高すぎる魔力は危険を呼び込むということと、それが光魔法によって中和される事は広く知られている。なればこそ、巫女でありその使い手であるマリリスはそのフェティダの濃い魔力の気配を薄くさせる事ができるはずなのだ。だが、それも四人であればそううまくはいかないだろう。
しかも魔法生物を相手取るなら、用心するに事足りないと言うことはない。だからこそ距離を取るのが街を出る前にアルバが考えた最善であった。
二人はもうだいぶ歩いている。雪の浅く積もる足元を暖かく鋭いペレイデスが照らす。強い風が時折二人を、少し震わせるが、まだまだスピリットの住処は遠い。
一際冷たい烈風が吹いた。
風に混じり強い海の匂いがする。
微かに魔獣の臭いも混じっている。
アルバの瞳に山頂から雪崩のようにおりてくる
きめの細かい白い魔力がはっきりと視える。
ーー強い魔力。それも古い魔力だ。ただ乾いているーー




