祖国アルウェンシス 3
茶も入れられたカップを持ちながらも、タークの脳裏には老人の言葉とリリウムの儚げな笑顔が交互に浮かび上がっては消えていった。家族同然に育てられた公爵家の人間達は、おそらく大事になれば主のもとに馳せ参じて、危機を払うだろう。だがもう六、周刻と経っているのであれば行動が遅すぎる。
また、老人が言うところの砂漠から来た人々と言うのもおかしな話ではあった。デルが言っていた話ではレグエルグ砂漠から誰一人抜け出せなかったのだろうし、それはあの乾いた死の大地を越えたタークも、よく理解していることであったのだから。
ーーいかんせん情報が足りなさすぎる。老人の言うようにここは一時村に留まってガリカという港町で情報を集めるの最善だ。
タークは、祖国や大切な人を守れなかったという事実と泡立つ心をなんとか抑えつけた。そしてひとまずの結論を作り、老夫婦の茶をひと啜りする。
甘くほっとする味だ。こんな味の茶を出すような人間が嘘はつかないだろう。老人の妻と戯れるルビーとそれを小さく笑いながらしかるデルを見つめて心を決めた。貼り付けられた殺人的な笑みが老女に向けられる。
「奥様。大変美味な茶でした。近々家内にレシピを教えていただきたいのですがよろしいですか?」
「そこまで改まらなくても教えてあげますよ。デルさん、素敵な旦那さまねぇ〜 羨ましいわ。うちの旦那なんてぶよぶよでたるみきってるんだから……はぁ。」
デルは笑いつつそんなことはないですよ。などと言いながら、頬を赤く染めて、上機嫌そうにルビーを抱きしめた。ルビーも小さな腕でデルを抱きしめる。こんな日が少しくらいあってもバチが当たらないとタークは思った。
「おじいちゃん、おばあちゃん!そういえばきのう、お母さんとお父さんがだきあって弟をくれるって言ってたの。生まれたらつれて来てあげるね!」
しばらくルビーを除く四人は、テーブルに張り付けられ、凍りついたようになったが、老女が吹き出して笑うと、老人も笑いだした。デルはいよいよ顔を真っ赤にしてルビーをしかる。きょとんとしたルビー。それを口元をわずかに緩ませて笑うタークであった。けれども罪悪感がタークを少しづつ蝕んで、壊そうとするのであった。
それから老夫婦が、ルビーの仕留めたうさぎの肉を使った料理を出してくれると言ったので、断る理由もないターク達は、夕食を居心地の良い家でとることにした。ルビーが狩ってきたうさぎはよく血抜きもされていて、相当にしばらく、森で鍛えられたのだろうとタークにもデルにも思わせた。
ルビーが手慣れた手つきでうさぎを捌くのを老女とデルが感心しながら見守っている。
ーーそういえばデルは料理もしたことがないんだろうか?
ふと、そんな思うと、何故バレたのかはわからないが、デルが眉間に小さい皺をつくってタークを睨みつける。たださしものルビーも料理自体はしたことがなかったのか、捌くだけ捌いて飽きると老人と一緒にリンゴを取りに森に行った。
タークも一時の暇ができたので、炊事場で手伝いをしようと思ったが、デルが唇を尖らせてぶつくさ言っているので、あらかた様子を察し、料理を習うのを見つめるだけに留まった。
大変気の良さそうな老女の手際も練達されたもので、立て続けに料理をつくっていく。
うさぎの桃色の肉に、フォークで幾らかの刺突を繰り返し、塩をまぶしてペパの実の砕いた欠片を振りかけ、林檎を薄く切ったものをさらにそこに被せて、釜で焼くといった具合である。
もう一品は、コーケスの卵を砕いた香草と塩、白ワインで溶き食べやすい大きさに切り分けられたうさぎの肉をそこにくぐらせて、ガリカで買い貯めたというオイルでからり。と揚げたものであった。
あとは玉ねぎとニンジンをごくごく薄く切り、レモン塩オイルで塩梅よく調味されたスライスサラダ。釜の空きスペースで温められた黒パンと鹿のベーコン。
ちょうど料理が出来上がるタイミングで、林檎を二人が持って帰ってくると、すぐ五人で食卓を囲んだ。
タークはナイフやフォーク、綺麗な皿が並んだテーブルを見て、老人がただの木こりでないことを察した。そしてその腹の出っ張った理由も…




