祖国アルウェンシス 2
タークが走り、二人のいる宿に帰ると、寝台の上で眠りこけたままの二人は驚いたような顔をして、男の顔を見つめる。その男の顔には隠しきれない焦燥感が張り付いていた。
デルは寝台の下に脱ぎ捨てたままの裂かれた目立たない紺のドレスをタークに差し出し、フィークスを唱えさせた。その復元された服を、戦火を被った町の未亡人のように速やかにまとう。ルビーは怖がった様子を見せたが、デルに抱き抱えられると、少し安心したのか小さく微笑んだ。タークはそれから、デルの手を強く握って老人の家に向かった。
村にある老人の家は大きくはなく、外壁の一面は薪で覆い隠され、苔のむした石の土台を見るに年季は入っていたが、小綺麗に整えられていた。小さな屋根からおとぎばなしのような煙突が、控え目に顔を出して、薄い白煙を吐き出している。
タークが木の扉をノックすると、木こりの妻が顔を出した。
いつもはにっこり笑っているであろう老女の目尻の皺が、年老いた老人の夫から事情を聞いたのか、だいぶ心配そうに歪んで、“家族”の顔を見渡す。
「どうぞ入って」
三人は会釈をして家にあげてもらった。そこは小さな台所と食卓が一緒になった小さな部屋で、リンゴのお茶の香りがほのかに香っている。木こりの老人は鹿肉らしいベーコンをかじりながら、テーブルに向き合っていた。だが、三人が入るなり組み上がったほこりをかぶった椅子を払いつつ並べ人懐っこい笑顔浮かべながら腹をさすってこう言った。
「座ってくださいな。お茶はすぐ持ってくるからの」
老人は細い目で、椅子に座るなり足をばたつかせるルビーに笑いかける。ルビーもにっこりと笑顔を見せた。頬杖をつきながら首も左右に揺すっていたがデルに足を触られると、それぞれ揺れた足と首はしゃんとする。もうそういうことが自然にできるほど打ち解けているらしい。
にこにこしながら鼻をすんすん。鳴らすルビーは、きっとお茶が楽しみなんだろうなとタークは考えたが、祖国アルウェンシスが滅びたなどという凶報のことを思うと笑顔ではいられない。椅子に座るなり、茶も待たずに老人に語りかけた。
「ご老人。先ほどの話を聞かせてもらえますか?」
「ーーいいじゃろう。はっきりいうがアルウェンシスは六周刻ほども前に邪神の怒りに触れ、魔獣や大海の異形に攻め滅ぼされたと聞く。異界に閉じ込められていた魔人達も姿を表して、王国の広い大地を焼いたそうだ」
「にわかには信じられないことです……あくまで噂でしょう?」
「多方面で手広く交易をしているガリカのアイスバーグという商人に聞いたんじゃ……嘘ではなかろう。しかもガリカの町の人々も口々にその話をしていたし、ガリカは一時アルウェンシスや他の異国から逃れた亡命者で一杯になっておった」
いよいよどうしても聞かなくてはいけないことが頭をよぎる。
なぜか目頭が熱く。燃えるような。そんな感覚がタークにはした。
「レヤヌの……要塞都市はどうなりましたか?」
「燃えたということじゃ。レヤヌだけならまだよいが、その他の有象無象の国町もすでにないと聞く。今では魔界のような有り様だとも聞いた。気の毒だが行かん方がいいじゃろうーー」
タークの意思を感じたのか老人は諭すが、レヤヌの街はファイルヘンブラフ公爵家の分割領地の大部分を占める領地で、その本邸も要塞都市内部に置かれている。騎士団や当主、何より公爵の一人娘リリウムのことが頭に浮かび、机の下で思わず強くこぶしを握りこむ。だが、出来るだけ思考を前向きに捉えるようにしなければ、強い信念も使命も砕け散ってしまうことを感覚的にタークは理解し実践していた。
「奥様ありがとうございます。ルビーもちゃんと感謝してしっかりお礼を言うのよ」
「おばあちゃんありがと!すごくいいかおり!」
「あら〜それはよかった。嬉しいわルビーちゃん」
「本当に甘くて香りも良くて素晴らしいです奥様」
女同士は和やかに話をすすめている。デルは時折気遣うような視線をタークに投げかけるが、それでもルビーには気取られないように、かりそめの笑顔を見せながら、明るく振る舞っていた。様子を察した木こりの老人も、声をひそめてこのようなことを言った。
「いい嫁さんと可愛い娘を思うなら馬鹿なことは考えなさるな。砂漠を越えてこの村にたどり着き、祖国に帰ろうと死んだ連中もたくさんいたんじゃ。わしのことを信じてこの村に住むといい。ガリカで話を聞く機会もあるし、その時信じてくれてもいい。今は我慢するんじゃ。よいな」
言葉尻を険しく結んで、それから老人らしい豊かな皺の笑顔でタークにもお茶を入れた。その皺だらけの丸い手は少し震え過去の事を思い出しているのかとタークは思った。災禍はあったのだ。確実に。




