祖国アルウェンシス 1
タークは昨夜の諍いによって疲れきった身体を起こした。
その横にはいつの間にやらもぐりこんだのか、ルビギノーサが穏やかな顔をして横になっていた。その横のデルもタークの傷だらけの腕に身体を預けてよだれを垂らし眠っている。
どうしたものかわからないまま窓から外を眺めると、すっかりペレイデスが登り晴れ渡った空から父親のように見守っている。
タークはゆっくりと、枕にされてしまった腕を、デルとルビーが起きないように抜き出し、黒い服を持って裸のまま表に出た。窓からは村人達は見えなかったのでそこまで警戒する必要もなかったのだ。爽やかな風が身体をさするように、透過する。
表に出てヴルクアを浴び、リーフで身体を瞬間的に清めた。ここの村に来てから数日は経つだろうが、連日曇りか起きれば夜だったので、快晴の空気は森の香りとともに生気を取り戻させる。振り返り、勝手に宿代わりにしていた空き家を仰ぐ。壁はところどころ壊れているし、汚れてもいるが、支えの柱や土台はだいぶしっかりとしている。誰も寄りつかなったのが不思議なくらいだとも感じた。
ーービオイデスにそのまま入れてしまってルビーとデルの家として使うのも悪くないな
裸の騎士はそんなことを考えていたが、村側の森から木を斧で叩くような音が聞こえはじめると、急いで服を着て身なりを整え、木洩れ日がさす森を音の方へまっすぐ歩いて行った。村人の気配を感じて、颯爽と森の中へと向かう。
斧が木に衝突する音のそばで、たーくは小さい小枝をいくつか踏んだ。
ぱきり。と枝が折れる音が森に小さく鳴って、それに気づき、作業を止めた木こり風の老人が警戒したような視線を向けて、こちらを見つめている。
「作業中申し訳ない。もし良かったらいくつか尋ねたいことがあるのだがいいだろうか」
小さな背のまるまる太った老人は見知らぬ黒ずくめの紳士の言葉に一瞬驚いた顔をしたが、すぐ顔つきを軟化させて会釈をし答えた。
「おー! これはつい先日からあの家に住み込んだ若者じゃな? 娘さんが器用に血抜きをしたうさぎを持ってきてくれたんで、お礼をしようと思っておったところだわい。」
「あぁ…いえいえ。お礼なぞ、とんでもことです。それで……このあたりのことについて教えていただけませんか? 家族で馬車に乗って旅をしていたのですが…デアウルフの群れに襲われてここまで逃げ延びてきたところなのです」
ルビーの愛嬌の良さに助けられたタークは、すらすらと嘘八百を並べて好青年を装い、木こりを懐柔しにかかる。貼り付けられた笑顔は王国内の裏切り者達を探し出す為に鍛えられた、最強の武器の一つだ。その笑顔をみて、老人は勿体ぶることもなく答えた。
「ーーそれは災難じゃったな。ここはカランコエ村。りんごや木材なんかをガリカに卸して生業を立てている者がほとんどの、小さい村じゃよ。ところで、お前さんどこの人だい?だいぶ綺麗な格好をしているが……」
「アルウェンシス王国の商人です。ちょうどガリカに用があったので近くにあるようで安心しました!」
ーーガリカ…噂は聞いたことがあるな。異世界に飛ばされたわけではなく安心した。この調子ならガリカに一緒に向かうこともできるだろう。噂に聞く栄えようならば王都への道のりもあっさり分かるだろう……
「ーーッ! アルウェンシス! もうとうに滅びておる思っておったがそうか! お主は砂漠からやってきたのじゃな! なんということじゃ……生き延びるとは」
ーーバカな! そんな訳はない! 誉高い栄光の軍勢を持つアルウェンシスが滅びるなど、あるはずがないのだ。タークははそう考えた。
「滅びた?! 何を言っているのですご老人。わたしはーー」
「もうウソはいいんじゃ青年よ…時流しの石板に触れたんじゃな?」
この老人がタークの嘘を看破しその背景まで知っているとなって、いよいよ不気味な老人の言葉に力が抜けるような目眩がした。王都が滅びたと言うが、しかし王都で起きた大火などの時も、そういう噂を流布させるようなことも過去に幾度かあったのだ。老人の勘違いということも重々、有り得る。だがこういう時に得る情報の重要性もタークは経験上、承知している。
「詳しくお話を聞かせていただいても、よろしいですか?家族も連れてまいります。」
「そうじゃな。それがよかろう。うちの家内が茶を沸かすところだ。我が家で落ち着いて話そう」
肌寒い風がタークの髪を撫でた。
落ち着き払えないほどの悪寒が身体を駆け巡る。




