冒険者修行 3
一行から離れたアルバは、今日ばかりはと夜更かしをして、ピレナ海の全貌を望める、埠頭の灯台に向かった。数刻前の陰湿な雨も、雲もなくすっきりと晴れ渡り、ノテノールとその子供達である星が瞬いている。グラウカとマリリスはよろしくやっているだろうか。とかそんなことを思っているうちに、伝承の一節を思い出した。
かつて、ペレイデスとノテノールは昔夫婦だったと伝承で広く知られている。
乱暴で命知らずの夫と、側に控えて粛々とその栄光を浴びる妻。やがて命が焼かれるような陽を嫌った妻が、ある日は横を向き、手で顔を覆ったり、後ろをむいたりして、夫から目を背けはじめた。
そして徐々にお互い距離は離れ、契りをお互いに破棄して太陽はユーリキニアを。月はキプリスを愛した。
それぞれ子供が産まれ、太陽は命を創り、月は星と魔力を創った。神代より古い神であったユーリキニアは、命を育てるため樹の神域を放棄し、譲ったという。
それが一体どういう神なのかはわからないが、人や獣のそばにはいつも樹があるものだ。見守ってくださっているのだろう。そうアルバは思った。
月は控えめにお化粧をして、ユーリキニアに挨拶するらしい。その控えめな光が大地に当たっている間に、全ての神に祈るのがアルバの習慣であった。
鞘から抜かれ裸になった霊剣ギスレーヌは高く掲げられ、光を吸うように帯光し、蒼白い燐光をさらに纏う。
「どうか二人を祝福してください神よ」
りんりん。小さな鐘の音が涼やかに奏でられると、ギスレーヌは静かに光を剣身の奥へしまった。アルバは、白く染められた革の鞘にギスレーヌをそっと戻すと、深い夜の中、宿へと帰った。
弓兵フェティダはその頃、魔道具屋を訪ねていた。
「ご主人、これはどういう短剣なんですか?すごく高価なものに見えますが銀貨6枚とは……」
恰幅良く禿げ上がった黒肌の主人。アイスバーグ魔道具店の店主アイスバーグは機嫌良さそうに説明する。
「それは盗賊が持っていた盗品で、持ち主は誰だかわからねーんだ。宝石もルビーのように見えるが、どうもただガラス玉で、神殿なんかに奉納する為だけの物だろうな」
「しかし、この柄や装飾も金でできていますよ」
「それはメッキだよ。薄く伸ばした金箔がこーんな風に張り付けてあるだけだ。中は赤く染められた石だろうし、魔獣やら人の形をしたものが刻まれてはいるが、そりゃ邪教のもんだろう。おー怖い怖い」
アイスバーグは柄や刀身にぴらぴら。と金箔が剥がれた箇所を見せて、「安くしとくよ」と付け加えた。
刃もなく、均等に薄い赤黒い石盤のような短剣を持たせてもらうと、案外重く、鉄の二倍ほどのずっしりとした重量感を感じる。二人が結ばれたであろう記念に送ろうと考えていたが、とりあえず先送りにして、この短剣がどうしても欲しくなってしまった。使い道は思い浮かばなかったが、何故か、この刻まれた魔獣や人のような飾り彫りが、心を惹きつけて離さない。
アイスバーグは旅をしながら、めざとく珍品を買い叩いていたらしいが、当面の資金にも困っているらしく、買って欲しそうにしている。欲しいものを遠慮する必要もないし、買おう。と素直に張り値の銀貨6枚を渡して。店を後にした。
『まいどありー!』
大きな声が、寝静まった石畳の路地裏を賑わす。月明かりに照らされてなお、フェティダの褐色の肌と切長の瞳は黒猫のようにその身を闇に隠している。
気分が良くなって、なんとなしに丸みを帯びたグリップを左手に逆手に握って、さっ。と縦に一振りした。雨季だというのに、乾燥した熱気が肌に触れる気がした。
(宿が閉まる前に急がなくては)
フェティダは、豹のようにしなやかな身体を弾ませながら、楽しそうに路地を駆け抜けた。




