冒険者修行 2
もうあたりが暗くなりはじめて、曇りがちな空にはノテノールもペレイデスも星も見えない。少し地面がぬかるんで、足をとられるがなんということではない。勢いの弱まった雨がやたら鬱陶しく顔を撫でる。
数刻前、突如降り出した大雨に打たれ、スピリット捕獲の為の目的地モンソニア連峰までの道のりを修正し、宿に泊まろうということになった。おそらく、このまま南下すれば、ピレナ大海の港町ガリカに着くはずだ。ただ雨が止んだと同時におかしな気配が、いくつか後をつけているような、そんな錯覚に陥った。
何度、後を振り向いても誰もいないし、前方の三人も特に変わった様子はない。ただ、道のところどころにぬらぬらとした奇怪な大きなナメクジがいたのだが。
アルバさんが色々このあたりに伝わる伝承について話してくれたが、信心深くもない俺の耳に残ったのは雨にまつわる話だけだった。かいつまんで説明するとしたら、神代の美しくて徳深い神の他に、邪神というものがあって、なんでも水棲生物のような見た目をしているとか、濡れぼそっただとか、そんなことらしい。
マリリスはガタガタ震えてた。まさかそんなことがあるはずないし、神代の邪神方が生きてるわけないさ。とは思うが、実際のとこ少し恐ろしい気分になる。その邪神達が暗いびしゃびしゃの足跡を追いかけて今、この瞬間にもその濡れぼそった、悍ましく忌々しい悪夢のような眼差しで俺たちを深淵からじーっと見ているのではないか……
ガリカは大変栄えている港町らしいし、期待は高まるが、到着している頃には雨が止んでいることを切に願うばかりだ。
「そして言うんですって今俺の後ろにあれがあああああ!!ってね」
「きゃあ!怖いじゃないですかやめてください……うう」
「安心しろ……ただの伝承だ……」
「フェティダしんがり代わってくれ!」
それからしばらくして雨も止み、立派な城壁が見えてきた。関門が設置されている城壁には、ところどころにくり抜かれた穴があり、そこから松明の炎がぼんやり頼りげもなく灯っていた。関所に到着すると大銅貨四枚を鎖帷子と円柱の兜を被った大柄の衛士に渡して、町の城壁の中に進んでいった。
ガリカは噂通りの栄えようで、まるで先程の陰鬱な城壁の空気が嘘のように感じられる。村では木を材料にして家を建てたり倉庫を作っていたが、ここの建物全てが村の石でできた教会のように見える。様々な人種の人々が夜だというのにごったがえし、酒を飲んだり、笑いあい、様々喧騒を生み出している。
綺麗に整えられた濡れた石切の鋪道も、町に灯るランプで煌々と照らされて、まるでここが別世界のように感じた。色とりどりの布を貼った出店がひしめき合い、魚や肉、玉ねぎやニンジンを束紐で括って売り出している。その中でも一際目を引いたのが、林檎の砂糖焼きなんていう贅沢な逸品で、しかも砂糖を使っているのに銅貨4枚なんていう破格の安さである。
マリリスが俺に「大好きでしょ?」なんて言いながら奢ってくれたが、美味いなんてもんじゃなく至福のひとときと言っても遜色はなかった。ただでさえ美味い林檎の甘い香りが、茶色に火焼けした香ばしい砂糖コーティングで、外はかりっ。として中は蜜に塗れ、柔らかくもったり。とその濃密な甘味を極限まで高めている。
気付けば、フェティダとアルバさんは道具屋に行くと言って、俺とマリリスを置き去りにして行ってしまった。宿は各自で見つけるという話だったが、女一人置いて行くほど薄情でもないし、二人でたくさん食べ歩くことにした。
しばらくして店々が引き上げて行ったが、マリリスと喋りながら、肉団子の串焼きや、細かく丁寧に炒められた玉ねぎと卵が挟まれた黒パンを食った。黒パンはイマイチだったが、肉団子はシンプルな味付けで量もしっかりあったので腹も、膨れうまかった。
ぽつぽつとマリリスが言う
「アルバさんが伝承を色々話してくれたでしょ?」
「そうだな……もしかして怖いのか?ハハ!」
「もう!茶化すな!」
「ああ…うん……」
こういうときなんて話すんだろうか。下を向いて赤くなったマリリスの顔がひどく可愛くて、思わず顔を逸らす。すると人がまばらになった広場の先に見える埠頭に、人影がいくつか見える。海から邪神どもが上がってきたか!とも思ったが、無論そんなことはなく、肩を寄せ合う男女であった。
「ね……一緒のお部屋泊まらない?」
気付くとマリリスも埠頭を見つめていた。きらきらとランプにシルバーの髪が照らされ、その背景の向こうにモンソニア連峰の雄大な山々が見える。神秘的で、網膜に焼き付くような、鮮烈な美しさだ。
「大好きでしょ……?」
「そんなの決まってる……でも俺でいいのか?」
「うん。グラウカが大好きだから」
キプリスとノテトールが地平線で溶けて混じり合う。波のさざめきが岸壁を優しく撫でた。沖合では真っ白な半透明のくらげが楽しそうに水遊びをしている。
ちゃぷちゃぷざざーん




