少女盗賊 3
タークがもぞもぞとするビオイデスに魔力を投射すると、勢いよく黒髪の少女がくるくる転がりながら落ちてくる。だが、しゅたっ。と着地したその小娘をみて、只者ではない殺気を察知した。獣の皮で拵えた薄汚れた衣服をまとう、ゴブリンのような少女。
その小さな右手と左手には、それぞれ王都の鍛冶屋に作らせた最高品質の短剣が握り込まれている。そして逆手に持ったくすねたばかりの短剣を交差させ、威嚇する猫のように身体を縮ませると、次の瞬間、竜巻のように回転しながらベッドの上のタークに向かって突進する!
少女の切長で白目がちな赤い瞳は、その竜巻の中でもはや白い円のようになっている。刃が窓から入ってくる光を取り込んで、大きな砲弾のようだ!!
おそらく結界は壊れはしないだろうが、なんとなくタークは初めて見るその攻撃が受けてみたくなった。先ほどサウンデルに向けていた左手のエボルスの剣身は、少女が出てきた途端から唸りをあげ殺意を針のように研ぎ澄ませている。障壁を解除し、刹那、一組の短剣に狙いを合わせ、解き放つ。エボルスを持った左腕が残影を引きずり砲弾に直撃した!
ギャアオオオオオオオオ!!!!
三本の剣が派手な黄色の火花を炸裂させる!
砲弾は激しい回転を繰り返しながら、並の騎士では圧殺されるような推力を、エボルスの無数の棘に繰り出している。しかしその悪魔じみた角が、ついに短剣の片割れを捉えて、絡めとって粉砕した。持続的回転が徐々に不規則な膨らみに変わり、遂に、制御を失った遠心力の暴れた力場が少女の身体を床に叩きつける!
ドンッ!!
激しく骨の折れるような鈍い音がしたが、少女は無事だろう。そしてその読み通りまだ、闘志を失っていない様子の少女の右手の短剣を目掛けて、タークはエボルスの穿った刃で抉るように一突した。
でゅん!
という、捉えきれないほど高速な高音のすぐあと、短剣はその幼い右腕ごともげ、部屋の壁に弾き飛ばされる。
少女が甲高い耳障りな悲鳴をあげながら、大量の血をドシャドシャ。とその肩から落とす。その様子をみたタークは、自分の耳を塞ぐでもなく、少女の喉元に浅く水平に一閃を見舞った。
ぴゅぴゅ!
ベリーとメレンゲとを攪拌したような、鮮やかで細かい泡が首元から溢れ出し、それが痛撃となって少女は仰向けに崩れ落ちた。
サウンデルは困ったように小さく顔を俯けて、少女の身が心配になったのか手当を速やかに始めようとする。
まだ死んではいないが罪は贖わせたし、これ以上傷付ける必要はもうなかった。タークは顔に浴びせられた血をのばすようにぬぐってガタガタの薄汚い木製の寝台から立ち上がった。
エボルスを射出したときに砕けた花瓶のかけらを踏みつけて、ぱりんと軽い音が鳴る。そして、吹き飛ばされ新しい関節がいくつも不気味に形成された少女の腕を拾い、持ち主に乱暴に放り、近寄り、見下すようにしゃがみこむと、短く聞いた。
「生きたいか?」
戦意を失った幼い少女は、残された左腕で喉元を抑え、弱々しくこくりと頷いたあと、気を失った。タークはエボルスを床に突き立て、上位祝福魔法サナーレを唱える。少女の傍に転がった右腕や部屋中に飛び散った血が、空中に吸い取られるように集まり、高速で狂ったように回転をはじめる。その速度がすぐさま最高速に近づくと、ほこりや花瓶のかけら、木片の細かな粒を赤い血の球体から神を冒涜する様に吐き出す。
不純物を取り除かれた、風船の如き丸い鮮血が、まるで邪神の芸術のように美しく赤く発光すると、そこからはあっという間に身体が復元され、浅く開いていた少女の喉も瞼も穏やかに閉じられた。ぐでぐでに折れ曲がった腕も、ぞっとするような蠢動を見せ、身体に縫い付けられる。
手当をしようと少女のそばにいたサウンデルも、胸を押さえながら床にへたり込んでいる。魔獣が見ても戦慄のはしる異様で悍ましい魔法だろう。治ってみれば綺麗なものだが、過程を見てしまえば、神の祝福は人間が創り出したものではないと、ありありと思い知らされる。
「盗賊同士仲良くできそうか?サウンデル」
最初はタークの言う意味が理解できなかったようだが、徐々に理解したのか青ざめた顔のまま黙って忙しく頷いた。
「サウンデルお前の口から聞かせてくれ。甘い声で」
「はいぃ……たーくさまぁ……なかよくしますぅ……」
サウンデルは震える声で、下手糞なつくりものの甘い声を出して顔を引き攣らせて笑ってみせる。
ーーこれで静かになるか……ーー
タークは真一文字に結ばれた口元をわずかに緩めた。
飛び散った鮮血はすでにその顔から消え失せている。




