砂の亡国 3
タークはノテノールに光る、空飛ぶ魔馬の暖かい青毛を撫でて、鞍に触れた。高高度の乾燥した冷えた大気が、障壁を疾るターク達の体温を奪いさろうとする。
タークはふと王国に残したファイルヘンブラフ公爵令嬢リリウムのことを考える。早くこの砂漠の迷宮を抜け出し、姫の元に帰ろう。きっと薄紫の綺麗な髪を指でくるくる。といじりながら可憐な笑顔でこのささくれだった心を癒やしてくれるだろう。
物悲しいけれど美しかった神殿を描写で見せたらどんな素敵な表情で笑いかけてくれるのか。そんな事を考えたがタークはまだ帰れない。今や果たさなくてはならない悲しき流刑の友との誓いがある。リトープスなる邪悪の一柱を討ち滅ぼすのだ。
ーーまだ数日となっていないし憂慮すべきような事柄も公爵の元には少ない。きっと許してくださるだろうーー
この空飛ぶ天馬サウンデルでタークは遥か北西を目指している。幸い旅でよく使うコンパスは持っていた。知らぬ土地とはいえ、月も太陽も同じように感じられるし、陸続きではないにしろ異界ではないだろうとタークは考えていた。
王都の図書館でみた伝承によると砂漠はユーリキニアの赤道の南にあると知っていたし、空に浮かぶ星の傾きも納得できる。異界であったにせよ、この不毛な砂漠地帯を抜けて北に向かえば村や町、国の一つや二つは見つけられるだろうし、実入りのある噂話や王国につながる道筋も見えるかも知れないと考えた。
サウンデルの快速もこの先の旅の憂いを払ってくれるほど素晴らしいもので、通常の馬であれば襲歩を持続することはよくて四別刻ほどであるが、サウンデルの体力が尽きる気配は全くなく、長い旅路で疲れ果てて空から墜落するような無理もさせていない。一刻は全力の襲歩、三刻の常歩でゆっくりと、確実に、砂漠を抜けるのだ。
しかし、希望は持てるが一つだけ心配事がタークにはあった。眠れないのだ。すでにアデニウムのレグエルグ神殿を後にして、月と太陽が二回は入れ替わったはずだ。砂漠も抜けずに眠ってしまえば、パリエースで次の足場を作り出せずに、足場とサウンデルの持つ魔力障壁とが打ち消しあって、空中回廊が消滅してしまう。そうなればいよいよ砂漠に逆戻りどころか、冥界入りしてしまうだろう。空中でタークがやるべき事は、出来るだけ空腹で気を鋭く保つこと。これだけが絶対的な生命線と言える。
砂漠にゆっくりと降り、また上昇してもいいかもしれない。とは思ったが、あれは白瑛石の風圧を溜める力というか、抵抗力がなければできない荒技であるし、砂場で圧力が逃げて上昇できませんでした。というのがなんとも滑稽に感じた。
一応、空からの目を失う最終手段として、砂漠でキャンプして少しづつ上に階段を展開していくとか、砂に足をとられないよう回廊を形成するなど方法はある。だが安全に変えても捨てがたいものがタークにもあり、それはこの素晴らしい天馬と駆ける、星の海の世界の旅であった。この景色もリリウムにみせたらきっと喜んでくれるだろうと殊勝にも思っていた。
「そうだよなサウンデル」
思わず呟いてしまうが、サウンデルは嬉しそうな短い小さないななきををして、知らん顔してくれる。まだ先は長いだろうとビオイデスからタオルケットを引きずり出して、疲れ知らずのサウンデルにかけてやった。風でめくれ上がるのはこの際気にしない。
そして何刻か時が過ぎ、タークの睡魔が限界に達したとき、遂に眼前にお目当てのものが映し出される。大きな大きな連峰だ!斜面は朝日に照らされ、広葉樹の高木が麓にぶわっ。と生い茂っている。山頂の周辺は針葉樹がちらほら雪の中に確認でき、壁のように南西から北東に繋がる連峰の西の終わりには、海が見えた。
雄大な自然の迫力をこれほど力強く感じたことはタークはなかったがそこまで考えると、目の端に留まった村のような領域を見つめて、小さく「よかった」とつぶやいて、安心したように眠りに落ちてしまった。
コンパスの針がぐるぐると廻り始める
白いタオルケットを翼のようにはためかせながら
サウンデルは滑空した。




