砂の亡国 2
ーーだいぶ寝過ぎてしまったかーー
見知らぬ不毛な土地に振り落とされたせいで身体が慣れないタークであったが、起床するなり手慣れた手つきで黒炭色の鎧を纏い、棘のバイザードを素早く装着する。目覚めたのは夕刻のペレイデスが沈もうというまさに夕暮れ時であった。
赤色に照らされた神殿と、岩の多い砂漠が赤熱し、鉄のように朱く染められていたが、パリエースを歪ませる昼時の鋭い熱気はすでにない。タークは黒色のマントから黒炭の駒をつまみあげるように取り出し、中庭に弧を描くようにふんわり放った。
「支度しろ。出発の時間だ」
空中に放り出された駒は、その瞳の部分に嵌められた青い光をペレイデスの赤と交わらせると、紫の光円を中庭に放ち、一瞬の後、青白い魔力の小さなぽん。といったふうの爆発を起こした。
その青白い煙の中で、駒は漆黒の魔馬に姿を変容させる。しかし少し見ないうちにサウンデルの身体は一回りほど小さくなり、その鍛え抜かれた馬体に黒銀の鎧と、タークがかつてリリウムから贈られた青い鞍を勝手に纏っている。しかしこの変身能力は不思議であった。
「馬鎧に合わせて馬体を小さくしてみたのですがいかがですか?主人よ」
「魔獣ごときが調子を出すな。貴様は盗っ人か」
軽妙な返しに思わず魔馬も小さくいななく。サウンデルにとっては幾千周刻振りかの久しぶりの騎乗であったし、魂虫から解放するだけでなく、魔族ごときの復讐を手伝ってくれようとするトゲつきの黒騎士は最高の主人ともいえ、そんな素晴らしい素質を持った人間との、脱出不可能にみえる砂漠からの亡命は胸躍るものであった。得体の知れない魔剣の使い手。という点も見逃せない。
タークが砂風を嫌うように左手で顔を守りながら、野営で使った品々を適当にマントに収める。すでに出発の準備は整った。しかしサウンデルにはその方法が分からず主に問うた。
「しかしどうするのです?私は魔族とはいえ、砂の上を走ることもできませんし、砂漠に間隔広く点在する岩場を跳躍するほどの力までは持ち合わせておりませんよ」
「わかっている。こうするのだ」
野営地を先程までドームのように覆っていたパリエースは。ステンドガラスの如く砕け散り、消滅した。しかし、タークがパリエースを多重詠唱すると、瞬く間に、歪んだ虹彩の強度の高い障壁魔法を幾十と遥か空中に出現させ、それは夕日にかかる階段のように、段々に連なっている。そして、さらにカークは風の上位魔法ヴィエトルを中庭の地面に向けて唱えた。
「ヴィエトル!」
突如、大気の風が暴力的で爆発的な下降気流を生み出しレグエルグ神殿を大きく包み込むように吹き付ける。サウンデルは、自身の体を取り巻く魔法障壁がビリビリ痺れるような感覚を感じたが、少し間をおいて身体が宙に浮く違和感を発生させる。中庭で圧縮された風圧が、その力を揺り戻して解放しようとしているのだ!
タークは軽く上体を屈ませて、サウンデルに向かって跳躍し、軽々と跨ると、すぐにそれは瞬発的に始まる。今までに聞いたことのない風切り音がサウンデルの魔法障壁の下でぐるぐると音をたてて炸裂した。
ヴァオオオオオオオオ!!!!
「行くぞサウンデル。神殿に別れの挨拶をしろ」
風が吹き荒ぶなか、辛うじて聞き取れた主の短い言葉のあと、サウンデルはあっという間に天高く舞い上がった、夕陽と並ぶほど高く。
眼下には砂に遥か昔に埋められた砂漠の神殿が映る。爆風の衝撃で巻き上げられた砂達が、隠されたレグエルグ神殿の真の姿を明かす。白亜の陶磁にさまざまな希少金属で飾りつけられた、絢爛で美の粋を極めたような、巨大で厳かな古代の芸術品の如き、美しい神殿。
舞い上がった砂達も、かつて此処で流された血のように夕日を反射し、朱く燃え上がっている。
失われたアデニウムの民達の『砂竜巻』の如き拍手と歓声をサウンデルは確かに聞いた気がした。今や狂乱に晒されていた魔馬の蹄は虹と朱の階段を渡ろうとしているのだ。
「みんな行ってくる。きっと帰ってくるよ」
サウンデルは主人にも気付かれないほど小さく呟き
それを掻き消すように大きないななきを木霊させる。




