砂の亡国 1
「おいサウンデル。飯の時間だ起きろ」
砂漠の不毛な闇夜に光る焚き木の灯火のなか、タークがビデイオスから、サウンデルを封じ込めた駒を取り出すと、細かい象匠がびよびよ。と伸びをするように蠢いた。あまりの気味の悪さに舌打ちをして毒突いたが、なんだか笑えてくる。もちろんタークは主の威厳を損なわないように表情にこそ出さないが
「……主よ。私は魔素があれば充分でございます。お気持ちは確かに受け取らせていただきましたのでどうかごゆっくり砂漠での夕食を召し上がってください。」
ーーまったくイライラさせてくれるな……この黒炭はーー
またも毒突いたが、そう言っても何も始まらないので、黒の駒をビオイデスに放り込んで夕食の支度をするべく念じた。
ーー山羊肉、黒パン、りんごーー
先刻、ペレイデスのギラギラとした熱を避けるため張ったままのテントにことこと。使いっぱなしの鉄鍋にじゅっ。とそれぞれペレイデスから落ちた。
神殿の奥からボーっとした音をたて風が砂を運んでくるが、結界魔法パリエースが野営地への侵入を防ぐ。野営地周辺の砂はリーフで吹き飛ばしたし、サウンデルに吹き飛ばされたテントもろもろもフィークスで元通りになっている。テントの届いていない結界の際には、白瑛石の美しい石床が露出して優しい明かりを反射している。
ーー万全の夕食だ……今夜はノテノールは出ていないがよくみればこんなにこの砂漠の夜空は輝いていたんだなーー
乾燥した大気が、夜空の星々達の煌めきをより一層格別なものにする。地質学的には中地形とされるであろうこのレグエルグの複合は、風成地形とも呼ばれ、幾万周刻と繰り返してきた自然の営みの、砂の亡国なのだろう。
ーー待てよ……中地形ならば百城里から最大でも千城里の間で形成されているはず。古代の罪人や痩せ細った魔獣どもではたどりつけなかったであろうが俺にはこの砂漠の脱出路が見えてきたぞーー
「サウンデル……お前砂の上を歩けるか?」
「…ふ……う…ご…い……す……」
ひどく不明瞭で、なにを言っているか理解できず、王国では無表情で通っていたタークもあまりの間抜けな出来事に思わず大笑いしてしまう。
ーーなるほど生き物をビオイデスに仕舞ったことはないがこういう聞こえ方をするんだなーー
そこまで考えてタークも笑顔も収納し、駒を出してやった。
「不可能でございます。」
「なるほどわかった。帰れ」
おおかた歯抜けになった言葉の端で判別はついたが、やはり不可能であったとは。優秀な魔馬だと思っていたが見誤ってしまったか。と少し失望し、駒をビオイデスに乱暴に放り込んだ。ふぼふぼぼ。とビオイデスの中で何か言っているようだが、タークは気にせず手を止めていた夕食の支度を再開した。
ーーサウンデルが砂上を踏破できないのは馬であるからなんとなく想像はしていたしそもそもそれで破綻するような脱出計画ではない。エンデュランスの馬は一日百五十城里も走ったと聞くし、サウンデルの見た目が張りぼてでないならもう少し距離も稼げるだろうーー
鉄板の上の、白い蒸気をあげる山羊肉をナイフで切り崩して、フォークで刺し、頬張る。塩を少しすり込んで熟成してあるが、肉の細胞が崩れただけで、しっかり必要な潤いを保った柔らかい肉質だ。熟成で磨かれた脂肪が、琥珀のように輝いて、しっかり火の通ったメイラードの大地をつたう。
「溜息が出るほど美味いな」
それからタークは、味の主張が強い黒パンをかじり、合わんな。と呟いたり、ビオイデスから出した甘みの強すぎる酒精ワインをごくごくと飲み、りんごを齧り、ヴルクアで身を清め、明日の旅に備えて寝心地の悪いテントで眠りについた。
目を覆う程度の長さに伸び、毛先にむかうにつれてゆるい、くせのある黒髪がかき上げられ、後頭部に向かって撫でつけられている。血色の悪い肌も星の光に当てられて生気を取り戻し、いつもバイザードに隠されていた端正な横顔は、彫刻のようであった。




