22:鋼と糸のおくりもの
その蜘蛛の名前はジョウサイグモといった。
ジョウサイグモを初めて見た者は二度気を失うと言われる。最初の一回は個体そのものの大きさに。二回目はその蜘蛛が作り出す“おくりもの”の大きさの度を越した規模に肝抜かし気も失う。
毛むくじゃらで、長っ鼻を取り除かれた代わりに、輝く銀色の目を八ついただいたゾウを想像してみる。それはだいたいジョウサイグモの姿とひとしい。
その体格に似合わず、動きは非常に素早く、繊細である。肉食獣たちを主食とするが、間違って触れれば傷を負いかねない牙や爪には一切接触せず、楔のような強度を誇る糸で迅速に息の根を止める。
そうしてから丁寧に足を使って、食べるに相応しくないと判断された部位を除去するのである。
しかしこの蜘蛛の特異な、職人気質とも呼べるその動きの巧みさは、なにも捕食に際してのみ発揮されるわけではない。むしろ、これはおまけでしかない。
ジョウサイグモの雌は非常に凶暴なことで知られている。もちろん雄だって、ほっておけば平気で人をとって食いはする。しかし、それも他の肉食の獣や魔物が普段行う程度の頻度であり、特筆すべきものではない。
ただ、この雌の行動は常軌を逸する。自分よりはるかに巨大に見えるドラゴン魚や、ソラキリンといった強大な魔物にすらためらわず挑みかかり、執念すらにじませる追跡で、最後には必ず胃の腑に収めるのである。
このジョウサイグモはそれほど多様な分布を示しているわけではなく、過剰な討伐を繰り返せばたやすく絶滅に瀕すると見られている。
個体数が少ない要因としては、そもそも一生に一度しか産卵をしないというその生態が挙げられる。
雌の異常と思われる凶暴性にも、たった一度の産卵に備えて栄養を蓄え、無事に産卵したとしても、死力を尽くしてその卵を守らなくてはならないという背景があるためかもしれない。
しかし、そもそも雌がそれだけ凶暴だから、雄もめったなことでは近づけず、そのため交尾がさして長くはない彼らの一生のうち、さらにきわめて少ない機会しか持たれないのではないかという説もある。
実際、雌は同種と出会ったときにすら、ためらわず相手を捕食しようとする。自分の子に手を出すことはないが、それは幼生のジョウサイグモのみが発する特有の臭いが抑制として親に働くからだと見られている。
その他のジョウサイグモ、つまり成熟したジョウサイグモには、一切そのような防衛措置はない。出会えば最後、どちらかが死ぬか敗走するまで、死にものぐるいの闘争が繰り広げられるのみである。
こんな凶暴性のため、たとえ交尾のために雄が接近してきたにせよ、雌はそれをためらわずに食ってしまう。当然、交尾は行われない。
しかし、それならば今日までジョウサイグモという種が生き残っているはずはない。この“ジョウサイグモ”という名前の由来は、彼らが生き延びてきたその戦略への敬意に他ならない。
先述した通り、ジョウサイグモの雌の凶暴性は、たった一度の産卵と、その時生んだ卵を守らなくてはという目的に端を発している。
そこで雄は、交尾のため、雌のその目的を利用する。具体的には、母体とその卵の安全を確保する、ある壮大な“おくりもの”を献上するのである。
それはありとあらゆる素材を、自らが吐き出す白銀の糸で編み上げた壮大な構築物であり、まさしく“城塞”と呼ぶべきしろものである。
しばしば、「城が動いたのを見た」と言って共同体の人間を笑わせる、ほら吹きの話がある地方で見られる。
賢い読者にはおわかりの通り、その地方は、このジョウサイグモの生息分布とほとんど一致する。
伝承に笑われたほら吹きたちの話は、嘘でたらめなどではなく、ジョウサイグモの雄が交尾のため作り上げた、巨大な“おくりもの”にまつわる証言なのである。
おくりものの出来に満足すれば、雌は雄の接近を許し、無事に交尾が行われる。その後雌はそのおくりものの中で一生を終える。
ちょうど雌が一生を終え、幼生だったジョウサイグモが成熟するころ、この城塞も風化し、後には何も残らない。
研究者の中にはこの結末にひどくこだわり、ジョウサイグモという名前をサジョウロウカクグモに改めるべきだと主張し続けているものもいるが、それはギルドが毎年改定して発行している魔物図鑑の項目名の字数制限を見事に超過するため、その願いが成就することは当分ないと見られているのだった。
今ロガーノたちが目の当たりにしている城もちょうど、ジョウサイグモが一生をかけて紡ぐ城塞のように、見る者を圧倒する迫力を備えていた。
「馬鹿野郎はあそこにいるのですよ」
遠隔の景色を手にとるように目に映す呪文、ワチルートをリソマーリは唱えた。
「多くの死者があの城から出ててくるのを見たと、町人たちからも聞けました」
「はあ。なんで吸血鬼ってのはばかでかい城を好むのでしょうかね」
ロガーノはげんなりした。コルデッスから聞かされた話によれば、この死者復活の首謀者は大公爵が一人、アーミラとかいう輩であるらしく、彼女は由緒正しき吸血鬼であるとのことだった。
「ふん。しかし我を追放しおった。所詮は小汚いアブよ。ヒルよ。コウモリよ。死血吸いのロクデナシよ」
コルデッスはそう罵って説明を締めくくったのだった。
ロガーノはまだ城を見つめていた。まあ、見た目は悪くない。悪くないどころか、今まで見たどの城よりも壮麗であるかもしらん。
しかしジョウサイグモが紡ぐ城塞より、なぜか安っぽく、チンケなしろものに見えてしまう。
もちろん、あの八足たちのが生涯をかけた作品だってこともあるのだろうけど、築城の動機にも差があるためだろうか。
「この城の城主、ものすっごく見えっ張りな人だったりするのかね?」
ロガーノはコルデッスを見た。
「何だ、人類よ」
彼女はおどろいたふうだった。
「あの愚昧に会ったことがあるのか?」




