21:万物万能治療術
「大変ご親切に、どうも」
ぺっ、とロガーノは血を吐いた。
「でももうちょっと優しくしてくれたらありがたかったな」
「こ、これは……」
リソマーリは困惑しきり。それも無理はない。
自分の命より、いやもうちょっと正確に言うならその存在を除くすべてよりも、なお大事、なお愛すべき、唯一無二の自分の姉が、墓より蘇り、かつての仲間に血を吐かせるような傷をつけているのだから。
死んだら余計に頭がおかしくなったな……いや、と、ロガーノは首を振る。どう見ても彼女、正気って感じの風体じゃない。
強めのスキンシップは彼女の十八番だったけれど、さすがに血を見るようなことはなかった……気がする。
ならば、この眼の前にいるツシヌレには、何かしらの手段により狂気がもたらされているのではないか?
「と、思うんだけどどうだろう」
ロガーノはリソマーリに振り返った。
「え? 何の話ですか。こんなときにふざけないでくださいよ……」
「死ぬほど真面目なつもりなんだけど」
ロガーノは立ち上がった。
「ようし。万古不易。先祖伝来。千年を隔ててなお連綿と伝わる件の秘技を試すべき時だ。イカれたものを治すには……」
ツシヌレの青白い顔が、一瞬驚愕を示した。わけのわからないことを壁際でのたまっていたロガーノが、もう目の前に!
「ぶっ叩けってな!」
そう言うロガーノの頭が、リソマーリにぶっ叩かれた。
「がっ!! 姉妹そろってご乱心か? わたしの頭はいつだって正常なんだからこれ以上叩かなくたっていいんだよ」
「お姉様には傷一つつけさせません!」
リソマーリは頭上に星をめぐらすロガーノを見下ろして言った。
「たとえ正気を失っていても……きっと穏便に、暴力的でない解決方法があるはずです」
「そのお姉様のことなんだけど」
ロガーノは窓の外を指差した。
「きみにぶっ叩かれた勢いのままで……」
「えっ!?」
意気込んだ一撃を脳天めがけて一気呵成にさあどうぞ! という瞬間にリソマーリも遠慮知らずのストライクをかましたもんだから、哀れツシヌレの頭はそれらの力を両方まともにまとめて食らってしまったという次第であった。
「死体損壊罪じゃないの」
ロガーノはおそるおそる一階まで降りていって、地面に力なくのびているツシヌレに近づいていった。
「うーん、でも動く死体だからいいのか……? いちいち気にしてたんじゃ、アンデッド相手の戦いなんてやってられないからね」
「お姉様!!」
罪の所在を問い続けるロガーノを張り飛ばし、リソマーリはツシヌレの元へ駆けつけた。彼女の頭を持ち上げ、幾万と見た介抱の構図。
「う、うーん……おっ」
シソヌレはおもむろに目を開けた。すぐに妹の姿を認める。
「やあ」
ロガーノはその声の懐かしさにくらりとするほどだった。紛れもなく、彼の旅路を飾ったそのものにちがいなかった。
なにか解体された言語でリソマーリは叫び、傍から見ると殺意を持って行っているようにしか思われないほど強く強く強くシソヌレを抱きしめた。
宿の二階の窓ががらりと開いた。
「おい! この我が安眠中であることを知っての振る舞いか!! どこのどいつだ出てこいでてこいこんな暁にどこの誰がこの我の眠りを破り夢を壊し褥を侵し……」
コルデッスだった。
「いやあ、二人のおかげで正気に戻れたよ。サンキューサンキュー」
相変わらず顔は青白いが、表情は明るくなったツシヌレが礼を言った。
「死んじゃった後ヒマしてたんだけど、何かに呼ばれてる気がしてね。うかうかついて行っちゃったら、罠でしたとさ。あはははははは」
ヒマしてたんだけど、という言葉にはロガーノもリソマーリも目を剥いたが、その後の言葉に注意は引かれた。
「また知らない人について行ったんですか」
リソマーリは呆れたように言った。
「しかも食べ物で釣られたわけでもなし……生前より悪化してます」
「あの。それはいいから」
ロガーノが口を挟んだ。
「たぶんその君を釣ったやつが、この腐敗臭大騒ぎの元凶ってことかな」
「そうだと思います。……あ、そこらへんのことも夢で話しておけばよかったですかね? いやあわたし、もう少し二人と話してたら、感極まって涙涙の暴風雨って領域に突入しちゃいそうな気がしたものですからね、きっと同じ気持ちでしょうけど……」
「はい! もちろん!!」
「え。いや別に」
「あなたもちっとも変わってませんね」
シソヌレはロガーノを見た。
「いつだってこのクオリティ。フランチャイズの申し子。ま、いいじゃないすか。それはそうと……やはりぶっ叩かねばならない、イカれた野郎がまだいるようですよ」
ロガーノは真剣な目をして言った。
「ええ、その通りです」
リソマーリが意気込んで言った。
「お姉様を操った許しがたき外道!! 今すぐそいつを見つけ出し――や――や――なんてことをしなければ」
「聞かなかったことにするぜ」
ロガーノは耳をふさいだ。
「はあ……我の眠りを妨げた貴様らこそが外道……」
コルデッスは三人の会話中、このようなことをずっとぼそぼそと喋っていたが、死者の操りに関わる大公爵がいないかどうかを聞かれたので、いる、と答え、またぶつぶつという文句のつぶやきに回帰した。




