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20:再会

 東の空に火を放ち、衆生おのおのの夢を覚まさせんと朝が画策する直前、ロガーノ、リソマーリのふたりは、二度とは見られぬと思われた人物の顔を見た。


「……えっ?」


 ロガーノは夢の中で目をこすった。何度もやった。末期的花粉症患者でもここまではやらなかっただろう。


「ツシヌレ?」

 

「うん。そうだよ。久しぶり」


 目の前で手をふる彼女は、ロガーノのかつての仲間であり、今は冥土のどこかでさまよっているはずのツシヌレだった。


「今更だよね……なんで夢に出てきたんだろう、って不思議でしょ?」


 ロガーノの心境を手にとるように察知して、彼女は言った。


「ちょっと困ったことがそっち……つまり生者の世界ね……で起こってるみたいだから、なんとかしてもらえないかな~なんて」


 忘れもせぬ亡友の姿が、いくら夢とはいえ、これほどまでにくっきりと現前してしまっている状況下において、あまり冷静に頼み事を聞けるとは思われなかったが、とにかくロガーノはうなずいた。


「なに遠慮しちゃってんのさ。死んでも君がわたしにとって占める重要な位置には変わりないんだもんね。並大抵も並大抵でない頼み事もなんでもかんでもどーんと聞いちゃうよ」


「う。生前から思ってたけど、けっこうきみ、恥ずかしげもなくいろいろなことを言う……」


 ツシヌレの顔が赤くなった。ますます彼女が死んでいるのだという実感から遠ざかっていく。


「恥は外聞と一緒に捨てております」


「うん。そうだったよね……で、肝心の頼み事なんだけどさあ……」


「死者が徘徊しておると?」


 ロガーノ、リソマーリの話を聞いた、コルデッスはおどろいて言った。


「それもひとつの領地がまるごとね」


 リソマーリが言った。


「それを何とかしてほしい、ってお姉様は言ったのです」


「たぶん死者の世界でも、いろいろと騒動が持ち上がってるんだろう。それでわたしたちの夢に現れたってところかな」


 ロガーノが続けた。


「しかし死んだ人から依頼を受けるのは初めて……いやニ、三度くらいはあったかな……まあどうでもいいけど」


 懐から地図を取り出し、教えられた領土への道を示した。


「さんざん苦楽を共にした仲間の頼み、これを聞かないで勇者を名乗るなどおこがましい。次の目的地は決定」


「ふむ。いいだろう」

 

 特に意見を求められたわけでもないが、コルデッスはひとりごちた。


「我の目的にも適うことだ」


「……もしかしてこれにもあの大迷惑公爵が関わってるの?」


 リソマーリが訊ねた。


「おそらく。たしか死者の軍団を統べる大公爵もいたはずだ」


「たしか……ね」


 ロガーノはぼやいた。


「まともに存在も記憶していないくらいだから、反旗を翻されたんじゃないのかね」


「ははははははは!! この我に楯突こうなど千年早いわ!!!」


 コルデッスは不敵に笑った。


 ロガーノの背中で。


「そんなに言うならお前が出ていけよ」


 目の前に群れたあらゆる生物の動く死体を前にしつつ、ロガーノは言った。


「ふん。なぜ魔王たる我がかような雑兵の相手をせねばなるまい? 魔王とは万軍を統べるもの。雑魚散らしは兵卒共の役割……」


 ロガーノはコルデッスの背中を押し、一番目の先に迫っていた獣の死体に向き合わせた。


「そら、その魔王の力を見せてくれ」


「……ひ」


 コルデッスは魔王というより、怪物に迫られた人間の王女のような声を出しつつも、手に持っていた杖をぶんぶんと振り回し、目の前の敵の頭蓋を叩いた。


 こつん。


 こつん。


 こつん。


「あのう。いいですか」


 ロガーノが口を挟んだ。


「どう聞いても殺傷力のありそうな打撃音とは思われんのですが」


「ふっ。凡人はこれだから困る」


 驚異的な空元気を発揮したコルデッスが、相変わらず実りも威力もなさそうな打擲を続けつつ虚勢を張った。


「よいか。力のある魔族ほど、ただの腕力でもって敵を倒すなどという、野蛮な手段はとらぬものなのだ。見よ、我の攻撃はじわりじわりと内からむしばむ。そろそろ苦痛が脳髄にまで達し、いくら感覚の鈍い死者といえども、耐えられぬ苦痛に声を上げ……」


「ギャアアアアアアァァァッ!!」


「ほら上げた! ……え? あああ!!」


「怒らせただけみたい」


 別の方角から迫る敵を掃討していたリソマーリが、ちらりとコルデッスのほうを見て言った。


 ツシヌレの言った通り、かの地には死者があふれていた。墓からは歴戦の戦士が骨の身で蘇り、弔われなかった処刑者の死体も群れて現れた。


 もちろん埋葬されたものだけではなく、あらゆる場所で死んだ魔物や動物の死体も復活し、生前から引き継いた飢えを満たすため、ところかまわずよだれを垂らしながら駆けずり回っていた。


 そういった死者との戦いが、この領地に足を踏み入れて以来、ひっきりなしに続いていたのだった。


「もう死体の臭いにも慣れたよ」


 ロガーノはぼやいた。


 そしてその戦闘のすべてにおいて、コルデッスが有効な戦力として役立ったことはなかったと断言してよかった。


「な!? いい訳がないだろう! 貴様魔王を愚弄しているのか?!!」


「魔王じゃないし、戦力外なのは事実でしょ」


 リソマーリが冷静に言った。


 今に始まったことではないが、コルデッスは腕力も、魔力も、技術も、スタミナも、経験も、知識も、邪気も、覇気も、勇気も、根気も、何もかも不足していた。


 そこまで言ってしまうと同情を抱かれる魔族の諸君もおられるかもしれないが、事実そうなのだからしかたがない。


 コルデッスの打撃には、もっともか弱き魔物すらも怯むことがなく、一番初歩的な呪文を詠唱しても、それはそよ風ひとつ起こすことがないのだった。


 いったい、本当にこの少女は魔王の娘なのだろうか。という疑問は絶えずロガーノやリソマーリの頭に根を張っていたけれど、やはりロガーノが少しでも彼女の肌に触ると、


「あああああああっ!!!」

 

 と悲鳴を上げて飛び跳ねるので、やはり魔王の一族でしかありえないようだった。


 そんなこんな、魔王の護衛を勇者がするというちぐはぐを何回となく繰り返し、死者に包囲された町のひとつを開放し、お礼はいいけど宿があったらそこを貸してほしいということを伝えて、やっとこさ長い一日を眠りで締めくくれるかとロガーノは思ったが、残念ながらその望みが叶うことはなかった。


「……え?」


 ロガーノはベッドから跳ね起き、窓まで駆け寄ってがらりと開いた。


「ツシヌレ?」


 そこには、あの夢から抜け出てきたようなツシヌレが立っていた。


「あれまあ。マジで? ちょっと血色が悪いような気もするけれど……あれ? これ夢じゃないよね? ちょっと殴ってもらえない?」


 ツシヌレはその期待に応えた。


 別の部屋にいたリソマーリは、重い物が壁にぶち当たって立てる音を聞き、出どころであるらしいロガーノの部屋に駆けつけた。


「……!! お姉様……?」


 彼女が見たのは、壁際にうずくまって血を吐くロガーノと、共に旅をした仲間の顔も、実の妹の顔も、もはや息の根を止めるべき対象のひとつとしてしか理解しない、氷の目をしたツシヌレの姿だった。




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