18:平均台のテスト
「行けえコルデッス! 今こそお前の力を見せてやれ!!!」
「え、え、は?」
ロガーノの言葉にコルデッスの目はモノクローム化。
「魔王の実の後継者たる汝の力を見せてみろ、ってんだよ! この魔物たちお前の部下だったんでしょ? 今すぐ威光を発揮して、主従関係を血を見せることによって理解させるんだ!!」
「い、いや。実は我はあまりそういう暴力的な手段は……」
「お前よくそれで自分が悪の化身だとかなんだとかのたまったな」
「あのう、まじめに戦ってもらえますか」
悲壮なるリソマーリの声が響いた。
「控えめに言って、わたしたちが置かれているのは大ピンチですよ」
確かにそうだった。
【大森林】の彼方までミュピーラの号令は轟き、見果てぬ樹海の深淵から、最も遭遇を避けるべき魔物たちまでもが大挙して押し寄せていた。
まったく、まるで見る者にただただ心的外傷後ストレス障害をもたらさんがために存在しているかのような姿である。
過剰なまでに盛り上がった筋肉や、鉱脈を常食としているのかと思われるほど鋭く重そうな牙。鼻が曲がって勝手に顔から外れて逃げ出しそうなほどの臭い。
そういった畏怖驚嘆を全身にまとわせたような輩が、大盤振る舞いもいいとこ、乱発気味大食傷なまでに集結している。
ミュピーラはあはははははははははははははなどと笑いつつ、その由来は想像だにしたくもない色に染まったクラブ(そのサイズはジャイアントにとっては適正であると思われた)を紙ヒコーキか何かのごとくに軽々と振り回し、軍勢に指示を与えていた。
指示とは言っても、「こいつらをぶっ殺せ!」というような、おそらく昆虫にでも理解できそうな単純なものではあったけれども。
しかしそうして「ぶっ殺せ!」と言われている当の本人たちにしてみれば、やっぱりそんなことはどうでもよいことであったのだった。
「あー! ほんとイヤになる!!!!」
ロガーノは無限に襲来するかに見える魔物相手に得物を振るいつつ、疲労感を満々をたたえたその言葉を絶叫した。
「何ですかこいつら無限湧きですか。いくら倒してもどこからかやってくる。これはもう世界のバグとして創造主に抗議申し立ての手続きを行う必要ありかと……」
「バグじゃないよばか」
あっかんべえをしてロガーノを嘲るミュピーラ。その目の下は青かった。
「世界を手中に収めようってんだもの。これくらいの準備はさせていただきますともさ」
「あっ、さては貴様勝手に募兵をかけたな!!」
リソマーリとロガーノの間の空間にうずくまっていたコルデッスが頭だけ上げてどなった。
「規則違反だぞ! 兵員が不足した際には一度直属の上司にお伺いを立ててだな……」
「直属の上司ってだれのこと? もう誰もいませんよ。あなたは追い出さたんじゃありませんか」
ミュピーラが思い出させた。
「あっ。そうか」
コルデッスは納得したようにうなずくと、飛んでくる血しぶきを避けて慌ててまた顔を伏せた。一体誰がこの有様を見て彼女こそが魔王なりと思うであろうか?
「わたしが王だ!!」
ミュピーラはそう叫び、半狂乱の動作でリソマーリとロガーノに打ちかかった。
タダでさえこいつクスリでもやってんのかと疑いたくなるほどタガの外れた怪力であったのに、それが数倍増しになっている。
「くぅ……」
リソマーリは呻くと、あえなく姿勢を崩し、ロガーノの足元に倒れた。
「あっ。ちょっと。何休んでんすか。休憩にはまだ早い時間帯でありますよ」
ロガーノが叱咤した。
「倒れたくて倒れたんじゃない」
リソマーリは言い返したが、その声に昨日感じられた殺気も気迫も威勢も何も残されてはいなかった。
「お連れ様はグロッキー! さて次はあなたというわけですがっ!!」
また一段と力を強めたよう。ロガーノは思わず顔をしかめる。こいつマジでどうなってやがんのさ?
「うーん。できればわたしも同僚と一緒に一旦休憩して、冷たいものでも一服したいところですけれど」
ロガーノは目の前のミュピーラから目を離さなかった。
「それやっちゃうと、どうもあなた、彼女をぶっ殺しちまいそうなんでね。どうしてもこの手を離すわけには、やはりいきますまいよ」
「あれぇ。意外と仲間思いなんですね……」
ほんとに意外そうな顔をミュピーラはした。やはり手にばかでっかい殺人棍棒さえ所持していなければ、なかなかかわいらしい表情であると言えたかも知れなかった。
「ま、殺すけど」
「……ただし」
ロガーノのその声の調子が先ほどまでとわずかにちがったことに、ミュピーラが気づいた時、その時はもはや手遅れであった。
「足は別ってことで」
「……は」
ミュピーラの顔は驚愕に固まり、彼女の胴体はその顔をくっつけたまま、ロガーノやミュピーラからはるか後方へとフッ飛んで行った。
ロガーノの渾身の蹴りが、ロガーノとのつばぜり合いにご熱心なところ完全に無防備であったみぞおちに、教科書級に見事クリティカルヒットしたのだった。
「か、片足……」
リソマーリはミュピーラに一撃もたらすために上げた足をいまだそのままにしているロガーノを見て、放心したごとくにつぶやいた。
「足を出すための一瞬、片足であの化物じみた力を受け止めたの……?」
「え。そうだけど」
ロガーノは疑うような目つきでリソマーリを見た。
「他に蹴り方ある?」
自分たちの大将がただの人間(に見えるやつ)の一蹴りでもって遊星のごとく吹っ飛んで行った有様は、魔物たちにも動揺を与えたようだった。
なまじ、目の前の獲物をぶち殺すという単純な思考のみで動いていただけ、その獲物がぜんぜん獲物っぽくない怪力を誇り、あれもしかして獲物っておれらの方なんじゃねえ? という生死に関わる懸念の出現を感知したとたん、尻尾をまいて――尻尾がない魔物も多かったが――少しでもロガーノから遠ざかろうとして逃げ出したのだった。
あとにはロガーノと、リソマーリと、コルデッスと、大樹に頭をめり込ませたミュピーラだけが残った。
「……お?」
コルデッスはおずおずと頭を上げ、あたりにもう魔物がいなくなっていることに気づいた瞬間、どこにしまっていたのやら知らないが、魔王の威厳をまた着込み、ずかずかとミュピーラに近づいていった。
「おい、ミュピーラ!」
嬉々として例の信任状を振り回す。
「寛大なる我は汝の背信に対しても命までは取るまい。ただ、代わりにこれにサインを……」




