17:鮮血の流れる森
「まだ許したわけではありませんからね……」
木々に埋め尽くされた道を先に行きながら、リソマーリは言った。
「あなたのことも、魔王の娘のことも」
「もちろん。一刺し二刺し程度でチャラになるような、そんな軽い間違いじゃない。殺されたってさ、文句は言えまいよ」
「そりゃそうだろう」
コルデッスがロガーノの横で唸った。
「殺された者がどうやってしゃべるのだ」
油断もスキもあったもんじゃないリソマーリの目は、どちらかというとロガーノやコルデッスのいる方角に向けられがちではあったが、それでも彼女はパーティーをいかなる危険な目にも遭わせることなく先導していた。
このように視野の狭く、どんな化物が下生えの潜みから飛びかかってくるかわからないような場所にあって、それは驚異的なことだと言えた。
豊富な植物をたたえる森は、それだけ多くの生命を許容し、その範疇にはもちろん魔物たちも含まれているのだった。
邪気をはらんだ獣の遠吠えや、魔性の昆虫の鳴き声が、ひっきりなしにロガーノの耳に到達した。
「……そういえば、これからカチコミに行くのはどういうやつだっけ?」
ロガーノはコルデッスに訊ねた。
「そんなことも知らずにここまでやって来たのですか……」
リソマーリの声は純銀の矢じりより鋭かった。
「ややや、もちろん大公爵の元へ向かってるのはわかってるけれども」
「かような深い森をおのが領分とする大公爵は……ええと……なんだっけ……」
「直近の部下の名も覚えてないのか」
ロガーノは呆れて言った。
「ほんと、ひどいですよね」
脇道から現れた少女もそう言った。
「……だれ?」
リソマーリが少女に訊いた。
「あっ。どうも。申し遅れました」
少女は舌を出しておじぎした。
「ミュピーラと申します」
「あっ。そうだったそうだった!」
コルデッスは呼び覚まされた記憶を歓迎して言った。
「たしかミュピーラという名前だったけな、うん」
「へえー」
ロガーノは目の前の少女を眺めた。
「名前がおんなじだなんて、なんという奇遇……」
と言い終わるか終わらぬかのうちに、素早く剣を構えた。あと少し遅ければ、ロガーノの首は胴体に永遠の別れを告げ、コルデッスの頭もそれに続いていただろう。
「や! 素早いひと!」
森の大公爵、ミュピーラは嬉しそうに言った。
右手で軽々とおぞましい色に染まったクラブを振り回してさえいなければ、女の子がアメでももらってはしゃいでいるようにしか思えなかったところ。
「おいおいおいおい、どうなってんの。大公爵ってのは君みたいな女の子ばっかなのかい。先代様のご趣味でしょうかねこれは」
ロガーノは打たれる打撃の数々を巧みにさばきつつ言った。
「もはやエルサタン様は地獄の方。その真意を問うことは誰にもできませんが、もしかすると、うーん? どうかなあ」
巨象も一撃でくたばりそうな威力の攻撃をしかけつつの言葉としてはド肝を抜くほどのんきなペース。
「向こうに行ったらぜひとも聞いてみてくださいね!」
「お前が行け」
「いやいや、わたしには新魔王として現世に君臨する夢がありますので、代理ってことで……」
そこでちらっと横に目をやり、羽虫を払うように左手を動かすと、大公爵めがけて放たれたリソマーリの矢があっけなく地面に落とされた。
「大人しく刺さっとけばいいのに」
リソマーリが毒づいた。毒が含まれているのは彼女の言葉にだけではなく、放たれた矢じりにも付与されていた。
矢じりが触れている地面の部分からは、あんまり積極的に吸い込もうって気にはどうしてもなれない黄色い煙がしゅーしゅーと音を立てて蔓延中。
「あー、なんてものを射るのでしょうかね!」
ミュピーラは飛び退り、ロガーノ、リソマーリ、(コルデッス)から距離をとった。
「これから世界を支配しようって意気込みのヒトに対する仕打ちでしょうか。こんな矢をお腹からぶら下げて演説しようものなら、刺激に弱い我が軍団は一網打尽に卒倒ですよ。担架がいくらあっても足りません」
「軍団?」
ロガーノはそう問いながらもこの先の展開をうすうす肌で感じていた。
しかしたとえ未来が好ましくないものであったとしても、どうしてもその行動を続けなければならないという時があるのだ。
世界はときどき、びっくりするほどご都合主義的である。
「どこにいるの、それ――」
オークが、トレントが、トレントが、巨大昆虫が、裏切り者のエルフが、目と翼の退化したドラゴンが、ワームが、キマイラが、マンティコアが、寝返った小妖精が、その他ありとあらゆる森に棲まう魔物共が、軍団の長の号令を受けて一堂に会した。
「さあさあ、みんな! このお客さんたちの首を持ってちゃって!」
ミュピーラが手を打ち鳴らして言った。
ただ、手を打ち鳴らすその音が銅鑼同士をまともに衝突させるがごとき大音量であったため、一体でもその声を聞き取れたかどうかははなはだ怪しかった。
とはいえ、もともと魔物たちはロガーノたちをぶっ殺す気であるようだったため、指示の伝達の受信の可否は、この際、どうでもよかったのかもしれない。
ロガーノたちにとってはなおさらそうだった。




