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15:真実を告げるもの

「あれっ、わたしの妹のことはもう話してたっけかな?」


 生前のツシヌレが、ある日ロガーノに言った。


「や。知らない」


「じゃあ言っとくけど、万が一わたしが死んだとして……」


 ツシヌレの声は急にこわくなった。


「ぜーーーーったいに、あの子に知らせちゃ、ダメだからね!」


 その声の残響は遠く今に響き……今に……この……眼の前にその当の彼女がいる今に……


「いないのですか?」


 リソマーリは部屋中をきょろきょろと見まわした。それだけでは飽き足らず、内部へと侵入し、まるで隠された宝石でも見つけ出すかのように、天井裏から床下まで、くまなく探索してまわった。


「あの、リソマーリ……ここはわたしの家なのですが……」


 族長が言ったその声がやけに遠慮がち、ためらいがち、もっとはっきり言えば怯えているようなのが、ロガーノのただでさえ恐慌しきった神経をさらに心細くさせた。


「あ。すみません」


 時間が許せばまちがいなく、リソマーリはこの家の土台まで掘り返したことだろう。


 しかしさすがに族長の声にはしたがって、せいぜい床板をすべて引っ剥がしたところで探索行はお流れとなった。


「このエルフ、イカれておるな」


 コルデッスが小声で言った。


「うーん……まあ……多少は……」


 普段なら否定したであろうロガーノも、この惨事を目の当たりにしては半分程度の肯定を与えないではいられなかった。


「やっぱりいないです。ご一緒じゃないのですか?」


 リソマーリが床下から顔を出してロガーノに聞いた。


「あー、うん。そうなんだよ。今はちょっと、あれ、あれなの。別行動。そう。別行動中なので。ご不在って感じの今日このごろいかがお過ごし……」


「そうですか……それは残念です……」


 ほんとに心底残念そうな顔のリソマーリは、地獄の大王の同情すら誘えそうなほど悲しかった。


 が、ロガーノはそれすらも、かつてツシヌレがリソマーリについて警告した言葉をつぶさに証明する証拠のひとつのように見えるのだった。


「妹はね……どうも、わたしのことが大好きらしいの」


 ツシヌレはそう言った。


「けっこうなことじゃないの。兄弟殺し、姉妹殺しが全盛をきわめるこのご時世とあっちゃあ、誠に心温まるエピソードのように聞こゆるけれど?」


「うーん、そうなんだけどねえ……ちょっと度が過ぎるというか……」


 彼女の目に叢雲の到来。


「好いてくれるのは嬉しいんだけど……わたしと親しくしようとする人は、誰でも悪魔のように見えるらしいんだ」


「ありゃ、わたし大悪魔?」


 ロガーノは言った。


「よく里を出ることを納得してもらえたなあ。でもま、さすがに世界の危機とあれば……」


「いや……納得はしてないんじゃないかな……」


「?」


「夜中に黙って出てきたんだよね……ひと言も言わずに」


「……それはそれは」


「でもさ、そんな話ひと言でも漏らせば、まずまちがいなく幽閉だったよ。あの子はどんなことでもして、わたしを危険な目に遭わせまいとしただろうね」


「君の妹も、けっこう魔王に負けず劣らずって感じだけど?」


「あははははは。そうかもね。うん……でもさ、やっぱりこの旅についていくことにして、よかったと思うよ」


 ツシヌレは笑ってロガーノを見た。


「絶対に成功させようねっ!」


 その彼女が死んでしまったのだ。


 しかし……どうやら間もなく再会できそうだぞ、とロガーノは思う。


 冒険の途中、さんざツシヌレに聞かされた猟奇的エピソードの数々は、頭のなかで思い浮かべるだけでも精神が汚染され、専門的な研究を重ねたヒーラーによるシナプス洗浄が要求されるほどだ。


 たまたまツシヌレの肩にフンを落とした<ミドガラス>が、その後どのような末路を辿ったか……


 しつこくツシヌレに言い寄った森のサテュロスが、どのような過程を経てその恋路を閉ざされるに至ったか……


 パチン、と音を立てて回想の回路を閉ざす。ダメダメダメダメ。こんなものは二度と思い浮かべるべきではない。


 ウルトラに純情なる我が心がささくれ立ち、廃品回収業者の荷車行きともなりかねぬ。


 リソマーリに里を案内されるかたわら、ロガーノは以上のような思考の遍歴をたどり、したがって彼女の説明のさわりの部分すらも認識するには至らなかった。


「……で、以上でご案内は完了でございます。お気に召したでしょうか?」


「め、召す? い、いやいや、わたしのようなものに天国は贅沢極まりない不可触世界の第四幕……」


「へ?」


 リソマーリは困惑へ。


「あっ。いや。あはは。すみませんすみません。お気に召しました召しましたとも。召しすぎて魂がリンボまでぶっ飛びそうなくらいでござい……あれれ、そういえば、コルデッスは?」


「まだ族長の家で食べています」


「トロール並みの胃袋だな……」


 間もなく日が暮れるところだった。夜の女神が弓を射り、盛大に夕日は黄昏の血を流していた。何もかも黄金に血まみれだ。


 かようなスプラッタを眺めつつ、リソマーリがぽつりとつぶやいた。


「会いたかったな……お姉さま」


 極ぶとの五寸釘がずぶりとロガーノの良心を射抜く。しかし、君のお姉さんはもう死んでいるのだ、などと、今この眼の前の夕日に打たれて悲しげなこの、少女に、なぜ、どうして、言うことができよう……


「おーい、ロガーノ。待たせたな」


 彼方からのんきそうにコルデッスが歩いてきた。たらふくその胃に詰め込んだせいか、動作は遅延の魔法をかけられでもしたかのようにのろくさかった。


「もうあのエルフが死んだっていう話はしたのか?」


「……えっ?」


 リソマーリがそのような声を漏らす一瞬前に、ロガーノはコルデッスに柄でもないドロップキックを繰り出していた。




 



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