13:とろ火と儚さの石像
マーキュルとその部下たちに港町の復興を手伝うことを命じて、ロガーノとコルデッスはその場を去った。
ちなみに命じたのはロガーノであった。
「はいっ。承知しました」
四歳児並みの素直さで、マーキュルはロガーノの指示に従った。
「おい。魔王は我なのだぞ。貴様の上司が我なのだぞ。どうして人類の言うことに従うのだ」
コルデッスはぼやいた。
【とろ火トカゲ】は、広範な地域に生息する魔物の一種である。
トカゲはドラゴンに連なる種族であるから、その体格も大きくなりがちである。どれほど小さくとも、大型犬ほどはある。
【とろ火トカゲ】もその例に漏れず、平均して、大人の人間の半分ほどのサイズを持っていた。
ドラゴンやワイバーンを除けば、吐炎という特質を持つ魔物のうち最も有名なのは、【火トカゲ】であろう。
吐く炎と同じくらい赤いウロコを持ち、ごつごつとした岩場、乾燥した地帯に生息し、その特技を生かして獲物を狩る。
荒野を旅している時に焦げた臭いがしたならば、すぐそばに【火トカゲ】がいる証拠であるから、あまねく旅人は緊張する。
が、それならまだいいのだ。焦げた臭いがしているということは、【火トカゲ】は既に獲物を仕留め、食事にありついているということを意味する。
人間だってそうだろうが、普通、満腹になった動物は、それ以上の獲物を求めない。
だからせいぜい刺激しないように、遠巻きに、迂回するように離れていけばいいだけなのである。
真の危険は、【火トカゲ】が出没する地帯であるにも関わらず、いかなる臭いも感じ取ることができない場合である。
それは【火トカゲ】が獲物を仕留められず、飢餓状態にあることに他ならない。
もはや慎重に行動している場合ではなく、全力で駆け出し、一刻も早くその場を立ち去ることだ。
個体差はあるが、【火トカゲ】が吐く炎の射程は、さほどの脅威ではない。
そりゃ、出没地域にいる時、どこからでも炎が飛んでくるなんてことであったら、いったい誰が生き延びられようか。
とはいえ、【火トカゲ】の足は速い。見つからないに越したことはないだろう。
討伐する場合は、まずそのウロコを貫くような攻撃手段を用意しなければならない。
生半可なナマクラを振り下ろしても、その表面でつるりと受け流されてしまうのみである。
打撃もあまり有効とは言い難い。彼らが住まう岩場には、大小の落石がしょっちゅう起こる。
【火トカゲ】のウロコはそうした落石の衝撃に耐えられるようにできており、耐衝撃性に優れているのだ。
ナマクラは通用しないとはいえ、そこまで硬いというわけでもない。
ある程度の鋭さを備えた刀剣ならば、やすやすとそのウロコを切り裂き、致命的なダメージを与えることができるだろう。
四つある足の一つにでも傷を与えることができれば、圧倒的に戦闘を有利に運ぶことができる。
【火トカゲ】の脅威は、その俊足によるところが大きいためである。
また刺突による攻撃も有効である。その場合は喉元を狙うとよい。火炎を封じられた【火トカゲ】など、ただ図体が馬鹿でかいだけのハ虫類に過ぎない。
ウロコはあくまで物理的な耐性を持っているのみなので、多くの魔法は素通りする。そのため魔法攻撃も有効だが、もちろん、火炎の属性のみはご法度だ。
無事に仕留められたなら、得られるものは多い。
まずはそのウロコである。先述したように、これは耐衝撃性に優れ、また当然ながら、耐火性にも優れている。
性質には少しクセがあるため、ろくでもない職人しかいない工房に引き渡すのは考えものだ。
これに限った話ではないが、利用者の評判や、職人の実績から判断して、信頼の置けそうなところに持ち込もう。
ほとばしるような鮮紅色のウロコで作られた防具は、見た目に優れているだけではなく、実用性にも富むものとなるはずだ。
駆け出しの冒険者の多くがそれに憧れるのも、その2つの理由があるためである。
ウロコは防具だけでなく、その他様々な用途にも用いられる。服飾や小物、武器の材料としても活用される。
考えるのが面倒くさい場合、顔なじみの商人にそのまま売っぱらってしまってもよいが、できるだけ加工してから売却することで、より多くの利益を手にすることができるだろう。
もしその気があるのなら、自分自身の手で加工に挑戦してみるのも手だ。
まだまだ珍しい存在ではあるが、自分が冒険のために使う武装、道具などのすべてを、他者に頼らず、自分の手で作り出すことを信条とする冒険者もいる。
一方では冒険を続けながらも、その道のスキルを磨くことは困難な道のりとなるだろうが、そのぶんだけ得られる喜びも大きいはずだ。
職人として、冒険者として、両方の分野で華々しい活躍を見せ、大陸中にその名声を轟かせているような冒険者の例もある。
【火トカゲ】はウロコだけでなく、その肉も有用な素材として扱われている。
とんでもなく油っこく、ヘタに火にかけようものなら、三日三晩爆炎を上げて燃焼し続け、あたり一帯を焦土に変えてしまう……というのは誇張であるとしても、その扱いには注意が必要だ。
魔法のスキルにも長けた料理人の調理が必要だが、その滝のような油をうまく処理して提供される肉のうまさには、腹をパンクさせるほどの価値があると言われている。
……で、これは【火トカゲ】の説明であり、【とろ火トカゲ】の説明ではないわけだが、ぶっちゃけこの両種の違いは、専門の魔物学者の間でさえまだ議論が絶えないところなのだ。
図鑑や大全やガイドブックや指南書や教科書ごとに説明のされかたも違うという混乱っぷりで、しばしば冒険者や彼らへの依頼主を困らせている。
【火トカゲ】を倒せと言われたので冒険者が倒したところ、それは【とろ火トカゲ】であって【火トカゲ】ではないと依頼者が文句をつける場合があるのだ。
【火トカゲ】と【とろ火トカゲ】の違いに対し、共通認識を持っていなかったがために起こった出来事である。
しかし魔物を倒すだの追っ払えだの捕まえろだのというような依頼は毎日毎日数百も張り出されるものであるし、冒険者もそのすべてにいちいち注意を払っていられるわけではない。
またこの混乱を悪用し、意図的に誤解を招くような依頼を遂行させた上で、完了後にいちゃもんをつけ、約束していたはずの報酬を支払わないというようなトラブルまでもが発生している。
中には刃傷沙汰に及ぶものまであり、あちこちのパーティーが崩壊の憂き目を見たという噂さえある。
とにかく、それもこれも、【とろ火トカゲ】とかいう、明らかに適当にネーミングされたであろう魔物の特性が、【火トカゲ】と紛らわしいがために起こった悲劇である。
そのため、今はとにかく【とろ火トカゲ】の試料をたくさん集め、魔物学的に【火トカゲ】との完璧な差異を発見することが、すべてのギルドにとっての悲願となっているのだ……
「……で、わたしはあちこち駆けずりまわって【とろ火トカゲ】を討伐し、旅の資金を稼いでいたわけだけど」
ロガーノは港町の宿屋の二階にいた。
「きみは今何してんの?」
「聞いて驚くなよ? きわめて重大な仕事だ……すなわち」
コルデッスはそう言うが早いか、窓から首を突き出して叫んだ。
「おいマーキュル! 我の顔はそんなんではないぞ! もっと鼻を高くしろ! それと何だその寝癖は! 我の髪に寝癖がついたことなど開闢以来一度もないのだぞ!!」
広場にはなぜか、ロガーノが依頼へ赴く前にはなかった石像、しかも馬鹿でかい石像が、疲労困憊ぎみのマーキュルと部下たちによって建立されていた。
その顔は三倍ほど美化されてはいるが、コルデッスのものであるらしかった。
「どうだ、すばらしいだろう。我の権威と無限の力とを、この辺境の地にもしかと刻みつけ……」
ロガーノはコルデッスの背中を押し、コルデッスはそのまま窓から落ちていった。ロガーノは窓から首を突き出すと、あっけにとられているマーキュルに向かって言った。
「それ壊せ」
「はい」
地中から素早く無数の触手が伸び、抱きしめるように石像に絡みつくと、きつく締め上げ、一瞬でコルデッスは砂へと還った。
午前中いっぱいかかって作られた石像だったが、破壊には三秒とかからなかった。あまねく創作物とは、このようであるのかもしれない……




