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12:戦利品の剥ぎ取り人

「え……え……え?」


 やたらびしょびしょではあるけれど、どう見ても命に別状はなさそうなロガーノの姿を見、マーキュルの目はぽろりと落っことしてしまうんじゃないかと心配になるほど見開かれる。


「あ、あのクラーケンは?」


「発送待ちな次第」


「わ、私の部下たちは?」


「そこらへんにどっさり積み上がってます」


「ま、まだ残っているのは……」


 ぐるりを見渡す。


 そこには遠巻きに見つめる群衆と、よりカオスな有様に散乱した船の残骸と、気を失い存在感も失った魔物たちと、多少乾いたとはいえやはりまだまだびしょぬれのロガーノと、形成が逆転したことを悟り再びふんぞり返ったコルデッスのみがいた。


「えっ。わたしの負け?」


「いやあ? まだわからないよ。だって君がいるもの」


 ロガーノは再び剣を抜いた。


「やるかい?」


「…………」


 しばらくマーキュルは沈黙を守っていたものの、ついに口を開いた。


「まけました」


「わははははは!! おのが自惚れを思い知ったか! これこそが魔王の力なのだ!!」


「あんた見てただけじゃないの」


 ロガーノの指摘も馬耳東風。コルデッスは今どきどこの幹部だってやりそうにない高笑いをエンドレスに続けている。ほっておけば喉が潰れるにちがいない。


「うるさい。うるさい。静まれ。お前にバカ笑いしてほしくておれは戦ったんじゃないんだぞ。あれ出せよあれ」


「おっ。そうだったそうだった」


 コルデッスはローブの裾からあの信任状を取り出した。さんざん雑に扱われたにも関わらず、まったく破れた形跡がない。まあ、薄汚いのも相変わらずだが。


「さあマーキュルよ、我を魔王と認め、貴様のしるしを差し出すのだ」


「……えっ」


 うなだれていたマーキュルは目を上げ、コルデッス、ではなく、ロガーノの方を見た。


「あちらの方が魔王になるんじゃ?」


 たちまちコルデッスの顔は赤くなる。腐敗寸前にまで熟したトマトのよう。


「ばっ、ばか! この人類は我のしもべとして働いているだけだ!! なぜこいつなんぞに魔王の座を譲らねばならんのだ! ありえんありえんありえん」


「いや、だって、あなたよりずっとふさわしいじゃありませんか。大公爵の軍隊をたった一人で制圧してしまったんですもの。できます? あなた?」


「しもべに身を落としたつもりはないんだけど……魔王になるつもりがないのは確かだよ」


 ロガーノはマーキュルに言った。


「何万もの配下を従えないといけないなんて……ゲーッ。考えただけで胃壁が震えて食道が荒れます。たかだか三人のリーダーを努めるだけでも疲労困憊粉骨砕身だってのにさあ……」


「三人? ……ああ、死んだ貴様の仲間のことか」


 なぜかコルデッスの興奮は急に冷めたようで、妙にしおらしげな様子を見せ始めた。この突然変異にロガーノは警戒を強めざるを得ない。


「な、なに? どしたのさいきなり」


「……やはり、その、んと、なんというか……恨んでいるか? 我のことを」


「はあああああああああああ???」


 ロガーノの反応はほとんどため息に近いものだった。


「がっ。なんだその反応は?! せっかく気を遣ってやったと言うのに!」


 コルデッスはのけぞった。


「なーんであんたのことなんざを恨まなければならんのですか。いいすか? いいすか? あくまでわたしが追っていたのはあなたの親父のエルサタンなんですよ。しかもそれだって、べつに仲間の恨みを晴らしたいってばかりじゃない」


「そりゃ、ちっとも復讐心がないってわけじゃありません。しかしそれ以上に、焼かれた村、殺された人、苦しむ民。そういったもののために、わたしは旅を続けてんです。今こうして港くんだりまで出向いてってあなたを魔王の座に再び据えようってんで骨折ってんのも、そのためでしょうが」


「……そうか」


 コルデッスはうなずいた。ロガーノはたまた仰天。


 この一瞬だけ、彼女はやたら偉ぶった魔王もどきなどではなく、ただの、なんでもない、そこらへんにいる、しかしだからこそかけがえのない、一人の少女のように思えたのだった。


 まあ、ほんとに一瞬のことだったのだけれども。


「よしではさっそく協力してもらおう!! 人類よ、この不遜の輩からしるしをもぎ取れ。おい早くしろ。大公爵はあと四人もいるのだぞ。さっさと動け。働け」


「どっちが不遜だよ……」


 ぼそぼそとつぶやきながら、ロガーノは言われた通りマーキュルに近づいた。


「で、しるしって何?」


「まあ、その大公爵特有のものだな……こやつは人魚だから、ウロコがそれに該当するか」


「自分でとってもらったらいいんじゃないの」


「ダメダメ。あくまで“奪い取る”ことが契約にとって重要なのだ。戦利品でなければこの信任状は食おうとせぬ」


「薄汚いナリして、グルメなやつだ」


 ロガーノはしぶしぶマーキュルのサカナ部分を構成するウロコに手を伸ばした。一枚に手を触れたとたん、マーキュルは身をよじり、タガが外れたように笑い始めた。


「ぎゃは。ぎゃ。ぎゃ。ぎゃはははははあははあはああはははは!!」


「わっ。バグった」


 ロガーノの体は固まった。


「気にするな。人魚にとってウロコは非常に繊細な部分で、触れられるとたまらなくくすぐったいのだ。構うな。一枚ぺりっとやっちまえ」


「これが平和に繋がるんだ……これが人々のためなんだ……」


 などと念仏を唱えつつ、ロガーノは涙を流して転がりまわるマーキュルから死にものぐるいでウロコを入手し、コルデッスの手に渡した。


「さあ、一人目だ……」


 コルデッスがウロコを信任状に突きつけたとたん、紙は命を得て、獅子のようにウロコへ食らいついた。ついでにコルデッスの腕にも食らいつく。


「わっ。馬鹿。これはしるしじゃない。しっしっ。放せ。はなせ。イタタ……」


「君の他にも四人大公爵っているでしょ。どこにいるか、わからないかな」


 ロガーノはマーキュルに訊ねた。


「え、えっとね……確か、大森林のほうに一人行ったと思う……」


 そう答えるマーキュルの顔はなーぜか赤い。これも人魚の習性なのか? ウロコを剥がすという行為には、なにか象徴的な意味付けがなされているのか? 

 

 しかし今のロガーノにはさっぱりそんなこと、気にならない。“大森林”というマーキュルのこぼした一単語が、彼の意識野を全的に支配していたためである。


「おいどうした。顔が青いぞ。腹でも壊したか。奇遇だな。我も先ほどからずっと痛いのだ。潮風に冷えたのかな……」


「大森林……」


 腹痛を訴えるコルデッスの声は、ロガーノの耳に入らない。


「ツシヌレの故郷じゃんか!!」


 ※注:ツシヌレ=ロガーノが亡くした仲間のうちの一人。


 



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