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11:海底で荷造りをするために

 昨日川で襲われたときの十倍はものすごい。迫る水棲の魔物たちを見て、ロガーノはそんな感想を抱く。

 

 数が多いってばかりじゃない。その脅威の度合も五割増しである。


 身のこなしの敏捷さは眼を見張るほどで、爪やウロコによる攻撃力、防御力もより高まっているかのように見えた。


 それにしたってどこにこれほどの数が隠れていたのか――ロガーノは若干あきれる。粉みじんの山は爆発し、海は沸騰したかのよう。明らかにオーバーな軍勢。


 こちらはたった……まあコルデッスもいるけど……たった一人だというのに。


 ちと厳戒態勢が過ぎるのじゃありませんか。フツー、最初は一匹、二匹と戦わせて、様子をうかがうもんじゃないのか。


 などという疑問をぶつけてみたいが、あいにく今は答えてくれなさそうだ。ロガーノは飛びずさる。


 そうしなければおびただしい触手の餌食となってしまっただろう。いったい誰がそんな様を見たいと思うのか。ロガーノ自身も決して見たくはない惨状である。


 触手の持ち主は、辺りにひしめいている魔物の中にはいないようだった。


 それも当然で、これほどの巨腕の持ち主ともなれば、そのサイズだってケタ外れなはずだというのが常識。


 おそらく海の奥底深くに鎮座しており、マーキュルの指示かなにかによって攻撃の位置を指定されているのかもしれない。


「やっと取ってきた……って、ああ?!」


 満身創痍のていでご帰還のコルデッス、魑魅魍魎を相手取り立ちまわるロガーノを見て絶句。


「……よし。ここは任せたぞ。我は戦場を鳥瞰できる位置に立つとしよう」


 そして宿屋に向かって一目散に駆け出した。


「鳥瞰って見るだけかよ!」


 だんだん小さくなっていくコルデッスの姿に向かってそう叫ぶ間にも、ロガーノ目がけて千の爪、牙、触手が振り下ろされる。


 こりゃちょっと人権侵害クラスの物量じゃないの。こいつら集団で一人を叩きのめすという戦法がどれほど倫理にもとるものなのかわかってんのかね。


 まあわかってないだろうというのが言うまでもない結論。だから苦情を言う前に、手を出すことにした。


 素早く抜いた剣を一振りすると、ロガーノの前に立ちふさがった五体の魔物は、あっという間に倍の数。


 えこれ魔法ですか? なんて疑問の余地はない。真っぷたつになったのである。


 その後もロガーノはだいぶ血みどろなそのマジックを次々とお披露目。遠くのほうからざわめきが聞こえる。


 そりゃ落命必至のこの状況下、そうなる素振りも全然見せず、逆に魔物の方を追い詰めているのだから、仰天しない人はいない。


「ははははははは。我の策がうまくいったようだな」


 いったいどんな策なのか、彼女自身全く考えてはいなかったものの、とにかくコルデッスはそんなことを宿屋の二階の窓辺で言った。


「あんたの連れは化物かい?」


 おかみさんは呆れていた。実際この距離では、人間の戦士が化物と戦っているというより、化物が化物を相手に戦っているようにしか見えなかったのである。


「んー、巨人族の晩餐にも足りるかというほどの漁獲高」


 ロガーノの足元にはグロッキーかつグロテスクな魔物が山と積み上がっていた。


「さあさあお次の相手は……相手は……あり? もう誰もいないじゃん」


 あれほど騒がしかった戦場には、さみしく風が吹くばかり。かと思いきや、再び足元から触手が突き出される。やべえ、こいつの存在をすっかり忘れていた。


 ロガーノはその飛び出た触手にがっちりとしがみつき、その大本にまでご同行を所望。異物(しかもやたらと握力の強い異物)を感知して、触手は発狂じみた大暴れを展開。


 右へ左へと縦横無尽に振り回され、それにしがみついていたロガーノの内臓はハードコアにミックスされる。オエッ。なんて嗚咽はしかしご法度。死んでも離すもんですかとヤンデレ的執着による馬鹿力でもって耐え忍ぶ。


 知性のかけらも感じられない暴れっぷりではあったが、やがて触手の持ち主は、水中に腕を引っ込めれば異物もいなくなってくれるのではないかと天性の冴えを発揮し、ただちにそれを実行。


 ビュポンと名状しがたき擬音を立てて、ロガーノは触手もろとも海中へと吸い込まれる。


「くそっ、水の中は苦手なのに」


 ロガーノは口内に侵入するヘドロ味の塩水も構わず言った。


「おれ、30分しか息が持たないんだよ」


 こんな場所ではツッコミ役など望むべくもないというのに、ご苦労なことだ。


 ロガーノの予想通り、海の底では宮殿かと見紛うほどの巨体をくねらす、赤いあかい色のイカだかタコだかのバケモン、クラーケンが鎮座していた。


 どう見ても見えそうには見えない目でロガーノを見ていたが、その目がびっくりしたように細められたところを見るに、見えているようだった。

 

 うわ海中までついて来やがったよコイツ……とでも言いたげだ、とロガーノは感じたが、それはさほど的はずれな推測ではなかった。


「よう。地上では今色々ゴキゲンなことが起こってるんだぜ。きみもそんな薄暗いトコに引っ込んでないでさ、出てきたまえよ」


 返答の代わりに、無数の触手がロガーノに向かって突き出された。レイピアの刺突のように鋭く素早い。


「ああ、いやなの……」


 ロガーノは交渉決裂を残念がって首を振る。しかし落胆のポーズは一フレームと続かない。


「でもやっぱり行こうぜ!」


 自らを掴む触手を、ロガーノ自身が掴み返し、万力の力で持って引っ張り上げる。その時発揮されたエネルギーに海は沸き立ち、サカナは泡を吹く。

 

「ああああああああ!!! 放せはなせよこの痴れ者愚か者無礼者!!!」


 宿屋から引っ立てられてきたコルデッスの悲鳴に、誰が魔王の威厳を見いだせただろうか。


「まー、ぶっちゃけ、どうでもいいんですけどねー、魔王様」


 マーキュルの声は気だるそうだが、手にした三又槍の殺傷力はホンモノである。


「さっぱり脅威にはならないし……でも、ま、いちおう魔王の血が流れているには流れているようですし、ここでそれを断っておけば、余計な面倒が起こる心配もありませんよねっていう結論」


「貴様……!!」


 コルデッスは地団駄を踏んだ。


「我を殺してもなんにもならないぞ!! せめて他の大公爵をやっつけてからにしないか?」


「最期くらい魔王らしくしたらどうなんですか」


「あー!! もー!! マジ最悪だ! 父上が死んだときより最悪だ!!」


「ガチで殺したくなってきたんですけど、いいですかね?」


「いいわけないだろ馬鹿!!」


 というところでロガーノが登場する。


「やあ。どうも」


 海中では、荷造りされた触手を半泣きでクラーケンがほどこうとしていた。

 

 


 

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