第86回 始まりの場所
<登場人物>
グノー (勾陳星 エピストローペの)主人公の兄弟子 魔法使い
メディカス (太常星 酔遊仙の)僧侶防御魔法、治療魔法、躰術
ホーネス (玄武星 神槍の)スカラ国戦士槍の使い手
レピダス (青龍星 銀弓の)黒虎騎士弓、双頭槍の使い手
デュック (貴人星 斜行陣の)元宰相の子参謀、双鞭の使い手
アスペル (太陰星 黒豹の)女盗賊スリング、手裏剣、メイスの使い手
ストレニウス (白虎星 重戦車の)赤鬼騎士双手剣の使い手
ソシウス (六合星 旋風の)斧使いの大男バトルアックスの使い手
エコー (天空星 鎚人馬の)ヘテロ青竜騎士風の魔法使い、ヴォーハンマー
フィディア (天后星 譚詩曲の)芙蓉記伝承者竪琴
グレーティア 主人公
プエラ 主人公の幼なじみの娘
ビルトス 主人公の師(本名ダーナ)
デスペロ 魔法宰相
ホスティス ヘテロ国魔法宰相
ベロックス 青竜騎士団長
ローサ ホスティスの養女
チューバ 白狼騎士(ローサの警護係)
シャヘル 冥界の王 十人の妖魔の主
ウーマー 妖魔一位(抽腸獄 月光の)宰相の配下
コスタ 妖魔二位(穿肋獄 ミトラの)死者を甦らす
ハスタ 妖魔三位(針山獄 一角獣の)ホーネスの宿敵
アエヌス 妖魔四位(焼手足獄 セルヌノスの)ローサ陣営の妖魔
ラング 妖魔五位(抜舌獄 魚色の)大蛇に乗る
ベネノ 妖魔六位(毒蛇獄 美粧蓮歩の)女性、二匹の獣を連れる
カーサー 妖魔七位(鋸解獄 紅蓮刀の)巨像に乗る
カスピス 妖魔八位(尖剪獄 ヒュブリスの)
グラッシス 妖魔九位(寒氷獄 黒海馬の)怪鳥に乗る
ベナ 妖魔十位(血汚獄 サキュバスの)意馬心猿の術使い
神社は都の東にありました。
街の中だというのに、鬱蒼と木々が茂り、聖域であることを示していました。その周囲は建物で囲まれ、道は曲がりくねっていました。
ソシウスは神社を見失いそうになりながらも、木々を目印に入り口を探したのでした。古めかしそうな壁が走り、その先に開けた場所を見いだしたのでした。
参拝の信者が往来し、そこが神社の入り口でした。
参道には店が建ち、門を越えた神社には両端に神獣の像が建ち並び、その先に神殿がありました。
昼だといいうこともあり、ソシウスは参拝者の流れに乗って境内に入り、神殿に至ったのでした。
それは、かなり大きな神殿でした。遊牧民の性格があるのか、神殿のレリーフは牧畜をモチーフにしたものが多いようでした。パテリア国が炎王を讃えたものに対し、ヘテロのそれは建国の王を題材としていました。遊牧民の王が馬に乗り勇ましく出陣する様は、精悍なもので、力強さを感じました。
神殿入り口の前には大きな鼎が据えられ、そこから線香の煙が無数に立ち上がっていました。熱心な信者が手に持った鈴を鳴らし、拝礼していました。
神殿の奧は暗く、石敷きの床を歩いて行くと、目の前に巨大な黄金の神像が建っていました。
パテリアでは観たことも無い神でした。遊牧民の神ですので、馬にまたがり弓を持っているかと思いきや、穏やかな顔をして裸体に薄い布を纏い、柔らかな羽根をもった神でした。
まったく意外な姿でした。パテリア国が恐れたヘテロの神がこの様な慈愛に満ちたような姿だったとは、分からぬ物だと思ったのでした。
「旅のお方、ご神像に関心されましたか」
話しかけたのは宮司でした。
「見事な姿だ。この神は?」
「暁照大御神です」
「なんの神様ですか?」
「知恵の神です。また恵みの神でもあります」
「なるほど、それで穏やかな顔をしているのか。この神社では他の神は祭っていないのかい?」
「この神だけです。この神は全知全能の神であらせられます」
「そりゃすごいな。しかし、初めて聴く神だ」
「このヘテロだけの主神ですから、旅の方がご存じないのも仕方が無いことです」
「ヘテロは戦神を祭っているのかと思ったが」
「私たちは戦闘民ではございません。しかし暁照神は戦いともなると、従者を伴い神剣を手に持ち戦われます。他の神もまとまって戦わなくては太刀打ちできないでしょう。かって天界の神々の戦いにおいて、一歩も引かなかったとか」
「なるほど、賢くしかも、柔和で、強いと三拍子の神か」
「左様にございます」
宮司は笑いました。
「しかし、そんな神をどのような経緯で祭ることになったんだい」
「暁照大御神はヘテロに光をもたらされた神です。かつて御神はこの地に舞い降りて知恵の全てを授けたのです。ですから私たちは選ばれた民となったのです」
ソシウスはヘテロ国が大国であるパテリアに少しも屈しないのはそういう選民思想にあるのではないかと思ったのでした。
「ヘテロでは冥府の神はいないのかい?」
「ございますとも。素赦経神です。死者を裁き冥府を司る神ですが、実は暁照大御神の化身の姿で、両者は同一の神です」
全知全能というのが、他の神と結びつけ唯一神と形作って行ったのだと、ソシウスにはおぼろながら理解できました。
暫く、境内を散策し、神社の建物の配置を記憶すると、参拝者が少なくなることを見計らって、ソシウスは社務所の探索を開始したのでした。
回廊を隠れながら、各部屋を探し回り、地下への入り口を探しました。しかし、神社内に変わった所は無く、ソシウスは途方に暮れました。
仕方なく神社の森に身を隠し、夜を待って神主達の動きを監視して、なにかの手ががりを得ようとしたのでした。
夜になると、神社の門は閉ざされ、灯りが点されると守衛が立ちました。境内は真っ暗です。すると神殿に人が集まり祈りを捧げ始めたのでした。神職の勤めなのでしょう。
こんな連中が人さらいなんかしないだろうと自問自答しながら、様子を眺めていました。
そして、皆寝静まった頃、境内に二人の歩く姿が見受けられたのでした。
ソシウス塀から身を乗り出して確かめると、月明かりのもと石畳の上に立っていたのは、二人の妖魔でした。
「冥王様は此所にいるのか?」
グラッシスはカスピスに問いかけました。
「分からぬ。だが空間のねじれは此所に至っている」
「俺たちは勘違いの所を探しているんじゃ無いのか?」
「しかし、他に手がかりはない」
「なにか、結界の様なものが張られているのだろうな。地下を砕くことが出来ない」
グラッシスが何度か地下に衝撃波を送りましたが、無反応でした。
「やはり、ここで間違いない。入り口を探そう」
カスピスが促すと、グラッシスは、諦めて神殿の方に歩を進めたのでした。
「どうだ、この神像の下に入り口はないか?」
カスピスは尋ねました。
「だめだ、なんの手がかりもない。胸くそ悪いので、この神像を破壊するか」
「止めとけ。騒ぎが大きくなる。それよりこの神社の頭に聞くのが良い」
そう言うと二人は、社務所の方に向かい、広い部屋に一人で寝ている人物を襲いました。
「貴方たちは、何者ですか!」
二人の異様な男が暗がりに立っていたので、宮司は震い上がりました。
「なあに。訊きたいことがあってだな。大人しく答えれば危害は加えない」
カスピスは宮司の髪をわしづかみすると尋ねました。
「地下への入り口は何処だ」
「なんの事でしょう?」
震えながら宮司は愛想笑いをしました。
「分かっているんだ。ここの地下は尋常でない」
カスピスは睨み付けました。
それでも宮司は口を割りませんでした。それでカスピスは彼の手を宮司の体に中に入れて脅かしました。自分の体に恐ろしい手が入り、心臓や肝臓を掴んだりしたので宮司は恐ろしくて大汗をかきました。しかし口を割りませんでした。怒ったカスピスは、宮司の左腕を引っこ抜くとその手で頬を叩いたのでした。宮司は、精神修養を日課とし、苦痛を耐える力があって、痛みでは従わせることは出来ませんでした。
「ワンパターンだな。恐怖と苦痛がいつも通じるとは限らない」
グラッシスはカスピスから宮司の手を取り上げると、元に戻しました。
「なんでも人間には、痛みの苦痛を受けると興奮する奴がいるそうだ。こいつはそいつの手合いなのかもしれない」
そう言うとグラッシスは、宮司の目を見つめたのでした。
宮司は、己の瞳の中に何者かが入っていくのを感じ、やがて喉の奥から渇きが駆け上がり、体全部が干し上がったような饑餓を覚えました。宮司は口を開け何かを探すように部屋を探り始めました。強烈な空腹が全身を襲い、宮司はいてもたってもいられなくなりました。
すると、意地悪そうにグラッシスは干し肉を取り出すと、宮司の目前に垂らしたのでした。宮司は干し肉を狂ったように、取りに行ったのですが、妖魔は彼を蹴飛ばしたのでした。
「これが欲しいか。くれてやる。だが交換条件が必要だ。地下への入り口はどこだ」
宮司は一瞬耐えたように見えましたが、飢えの渇きに抵抗できず、口を割ったのでした。
「神社の東の森の中。石で円が造られいる」
グラッシスが干し肉を投げると、宮司はその肉にむさぼり付いたのでした。
妖魔は満足しその場を去ったのでした。
宮司は飢えに耐えかねて、投げ出された肉を必死にかぶりついたのですが、ほどなくその肉が自分の左腕であることに気がついて、腰を抜かしたのでした。
カスピスとグラッシスは神社の森に行ってみると、森の中の何の変哲も無い地面に石が並べられていました。日時計の役割を担っていたのか、意味ありげに石が並びここで祈祷が行われていたように見えました。
「どうだ、入れそうか?」
地面を探っていたグラッシスにカスピスは尋ねました。
「大丈夫だ。この下に変な結界はない。ここから出入りしているようだ」
「奴ら、入り口を上手く隠したな。単なる石の集まりにしか見えない」
「ともかく、この中に入るとしよう」
「慎重にいけよ。冥王様を拉致するようなやからだ。中に、どんな罠を仕掛けているか知れないぞ」
そう言うと妖魔達は一瞬に姿を消したのでした。
物陰に姿を隠していたソシウスは、バッチの力を戻すと、姿を表に出し、ストーンサークルの前にやって来たのでした。
「妖魔達はこの石の上で姿を消した。この下に通路か何かがあるのだな」
ソシウスは仕掛けが分からず、石を強く踏んづけてみたものの、なんの変化もありませんでした。入り方が分からぬソシウスは、焦り、途方に暮れました。
しかし、胸のバッチに気がつくとその力を使って、地下入り口にジャンプしたのでした。
地下の通路は、暗くありませんでした。オレンジ色の照明が廊下を照らし、カンテラを点す必要性もありませんでした。ソシウスは先行する妖魔達が気がつかないように、慎重に歩を進めたのでした。
「注意しろ、何者かが我々に気がついた」
カスピスは注意を促しました。
「安心しろ、いざとなったら大暴れだ。この施設ごと吹き飛ばしてやる」
グラッシスはお構いしなしでした。
「ここは、強力な結界が張られている、普段の力が出せない可能性がある。相手を甘く見ていたら殺られるぞ」
そこに現れたのは、妖魔第四位のアエヌスでした。彼は静かに歩み寄ると両手を広げ向かい入れるような仕草をしたのでした。
「アエヌスお前なんでここに居る?」
仲間が現れたので、グラッシスは安堵し、話しかけたのでした。
「ワルコとの戦いが始まったのに、何処に行っていた。怠慢だぞ!我々はウーマーの指示に従い、この神殿を探りに来た。お前も手伝へ」
しかし、アエヌスは無反応でした。たまりかねてカスピスが口を挟んだのでした。
「ワルコとの戦いの最中、冥王様が何者かによって拉致された。我々は空間のゆがみを追いかけてこの地に至った。ワルコ達の罠にはまってしまったのかどうだか不明だが、冥王様の行方を探してここまで来たというわけだ」
すると、アエヌスは笑って、二人に話しかけたのでした。
「相も変わらずワルコとの戦争ごっこか。そんことでは無駄死にだぞ」
「戦争ごっことは何だ!冥王様の聖戦をを愚弄するか」
グラッシスが睨み付けると、アエヌスはお構いなく、口を動かしました。
「それは冥王様のご意思か?あの女の入れ知恵ではないのか」
アエヌスの馬鹿にした態度にグラッシスは掴みかかろうとしました。
「まて、グラッシス。こいつの言い分を聞いてみようじゃないか」
カスピスはそれを制すると、アエヌスに対峙しました。
「よかろう。我々は冥界にて冥王様の僕として誕生した。冥界は冥王様の統治にて安定し、秩序を保ち、我々はそれに寄与した。だが何故か、冥王様は地上を欲するように成られた。地上は冥界とは全く違う世界であった。俺は人間共の混乱渦巻く世界をどうして欲されるのか分からなかった。そこで冥界の秩序を広めるように活動したのだが、ワルコの将と激突することになった。知っての通り、我々はワルコの将と半ば相打ちの形をとって千年前の戦いを終えた。そして再び蘇りとともに、ワルコの将も復活した」
「つまり、お前は地上への領土拡大に反対というのだな」
「そうだが、それだけではない」
「あの女によって動かされるのが不満なのだろう」
「ミケーネは我々の頭上を越えて冥王様と対話する。冥王も何故あの女を重用されるのか」
「嫉妬ではないか。だがあの女の入れ知恵で、事が起こったのは認める」
「あの空に登る6つの星を調べたか?」
意外な方に話が転じたので、カスピスは言葉を返せませんでした。
「大きな星が次第に天空に増えていったので、俺は怪しんで見上げていたのだよ。これらの星は千年前にも姿を現し、その数を増やしていった。そして場所を変えると見上げる角度が違っていたのだ。俺は星が空の中間に浮かんでいると判断し、接近を試みたが、出来なかった。冥王様に匹敵する圧を感じたのだよ」
「だとしてもだ、千年前にも星は空にあっただけだぞ」
「相打ちして、両者消えたからな」
「ということは、お前は仮に我らが勝者になったとしても、その後、その星々との戦いがあると言いたいのだな」
「そうだ。しかし、それだけではない。お前は自分の力が千年目より衰えたのに気がつかないか?」
「それは承知している。再生に時間がかかっているのだろう」
「そうかな。ワルコの将も千年前より劣化しているとは思わないか」
「強烈な強さはないが・・・」
「両者とも劣化しているんだよ」
「馬鹿な、それでは共倒れをミケーネが狙っていたとでも」
「そんな単純な事ではないと思う。ミケーネは冥王さまを引きずり出し、あの星々と相対するのが目的で、その前座としてワルコがあるのだろう。その思惑とは別の存在があって、そいつはワルコと冥王の共倒れによる我々の消滅を画策している」
「その推論が正しいとして、それであれば、別の存在は直接、冥王様を尋れば良いはずだ」
「その答えはワルコが鍵を握っていると思われる。なにか秘密があるはずだ」
「お前が、戦いは不毛だと思う理由は分かった。しかし何故ワルコに加勢する?」
「加勢などしておらぬ。俺は不毛な戦いを止めるのに賛同しているだけだ。冥界で暮らしていた秩序ある世界を欲しているだけだ」
「後ろ向きだな」
「このまま、何回とワルコとの戦いを繰り広げれば、その先には自身の消滅しかないのだぞ」
「本望だ」
「わからん奴だな。グラッシスお前もか」
「無論」
「なら仕方ないな。人間に面白い奴が居て、こいつが魔法の消滅に気がついたのだ。ワルコと冥王が戦うことによって、魔法は弱まり消滅するとな。そしてこの根源たるワルコと冥王を確保保護することにしたのだよ」
「なに、それでは貴様は犯人だったのか!」
「冥王様は敬愛する、しかし俺は力を失い消滅するのは嫌だからな」
「アエヌスお前を裏切り者と始末する」
言うやいなや、グラッシスは攻撃を仕掛けてきました。アエヌスはこれを交わし退きました。
すると、アエヌスの背後からエコーが現れたのでした。
「アエヌスどの、どうやら説得は失敗のようですね」
「頭が固い奴らばかりでな」
カスピスはワルコの将が現れたので、状況を悟りました。
「グラッシス、こいつは三つどもえの戦いになっている。千年前と違って第三勢力が現れたのだ」
グラッシスは驚き、アエヌスを見ると、ワルコの将とともに魔法攻撃を仕掛けてくるのが分かりました。
カスピスは二対二の戦いでしたが、次第に圧されてくるのが分かったので、退却を決意しました。
「ここは、何らかの結界が張られていて、我らに不利だ。撤退しウーマー達の力を借りよう」
こうして妖魔は、城に引き返したのでした。
その頃、地下に潜入したソシウスは慎重に通路を進んでいましたが、道に迷い当てもなくワルコを探していました。すると遠くで衝撃音がしたので、妖魔達が戦闘を始めたのだと察したのでした。
戦闘に巻き込まれなかったので、安心して通路を進んでいたのでしたが、行く手に二人の人物が待ち構えていたので、諦めて話しかけたのでした。
「デュックまた会ったな。ドクトリを殺してくれたのは酷かったぞ」
「あれについては、遺憾だ」
「あの時の妖魔か」
ソシウスは妖魔の女を横目で見ました。
「ベナだ。我々に賛同してくれている」
「俺の相棒は元気か?」
ソシウスは睨み付けました。
「殺しちゃいない。眠っているだけだ」
デュックは嘘をついてないと読めました。
「ならいい」
「君は、ワルコの将というより、恋人だな。分からんでもないよ。俺もアスペルを失うことが恐ろしかった」
「返してもらうぜ」
「それは無理だな」
デュックは冷淡でした。
「ソシウス、気がつけよ。お前は、人ならざる者に魅入られている。冥王とワルコの戦いは果てしなく続き、両者は共倒れする運命にあるのだ。お前は、人の形をしているという理由だけで、好いている。あれは人ではない」
「お前達のボスの、ヘテロ国宰相ホスティスに会わせろ!」
打ち消すように、ソシウスは言いました。
「なんだ藪から棒に」
「お前の一存では、相棒を解放は出来ないんだろう?」
「そうだが、交渉決裂すれば、当然襲う気なんだろう」
「そうだ」
「正直だなあ。まいい。ついてこい」
そう言うとデュックはソシウスを引率したのでした。
応接間に連れて行かれたソシウスは、暫く待っていると、奥のドアから数人の人物が現れたのでした。車椅子に座っていたのは、ヘテロの宰相ホスティス、その車椅子を押すのは娘のローサ、青竜騎士団団長のベロックス、白狼騎士のチューバでした。
ソシウスの後ろには、デュックとベナが控えており、獲物の斧は従者達に差し押さえられてしまいました。
「宰相閣下。お目通り頂有り難うございます」
ソシウスは深々と礼をしました。
「木こりの仕事をしていたと聞いたが、礼儀は知っているようだな」
宰相は車椅子をテーブルに近づけると、ソシウスをソファーに腰掛けるように促しました。
「単刀直入に申し上げます。グレーティアを返して頂けないでしょうか?」
宰相はソシウスの目を見て、目を閉じた後口を開きました。
「駄目じゃな」
分かっていたことでしたが、ソシウスは落胆しました。
「君が純粋な男であることは、目を見て分かった。だがこれは世界に関わることなのだ」
「あいつが王族の出であることは、なんとなく理解しているつもりです。しかしもう王権は別の者のものとなっています。それを取り返すつもりなどありません。俺はあいつと自由に生きたいんです」
「君はパテリア宰相デスペロが、彼女を執拗に殺そうとしていたことを忘れたのか?」
「存じ上げています。それは王朝の火種となるからでしょう」
「分かっておらぬのか。宰相デスペロはワルコが冥王に負ければ、神々の戦いとなり地上が滅ぶのを危惧したのだ」
「それは、どういうことですか?」
「よいかな。ワルコと冥王の戦いは、勝者は居ない。両者戦い会って共倒れを繰り返すのだ」
「冥王が勝てば世界が終わるのでは?」
「ダーナ(ビルトス)はそう考えたのだったなあ。だが残念なことに、ワルコが居なければ冥王は地上にやって来ない。冥王の目的は地上の支配でなく、ワルコの力の獲得だからだ」
「馬鹿な、そんなことが」
ソシウスは狼狽えました。
「私たちが、ワルコと冥王の二つを手に入れたのも、泥仕合を終わらせると共に、力の獲得を目指したからだよ」
「しかし、それは長く続きませんよ。人間には寿命がある」
「君はワルコについてよく分かっていない。ワルコは人ではないのだ。いわば自我を持つエネルギーの塊といえるのだ。教えてあげよう。かつてこの地に一つのエネルギー体が落ちた。そのエネルギー体は地上にぶっかった時に、陰と陽の二つに分裂したのだ。一つは地下に沈み、一つは地上に残った。その地上に残ったのがワルコであり、地下に沈んだのが冥王なのだ。ワルコは地上の循環に法に従い、転生を繰り返し、冥王は大地の法に従い不動にある。両者は魔王でも人間でもなく。単なるエネルギー体に過ぎない」
「ですが、グレーティアは人間です。悩み苦しみ、宰相が著述された魔法書についても好きでした」
「だから、惑わされているのだ」
それでもソシウスは納得できませんでした。
「ワルコの力を求めて冥王が来たとしても、倒せば問題ないではないですか。泥仕合でも同じだ。相手が居なくなれば全て丸く収まる。ビルトス先生の計画はそのようなものだったと思います」
「倒せればな。聖剣グラディウスをもってしても、消滅させることは出来なかった。どんな手段があるというのだね」
宰相の言葉には怒りのようなものがありました。
「やってみなければ分からない」
そうソシウスが言うと、宰相は首で合図をしました。
青竜騎士のブルックスが魔法でソシウスを攻撃すると、宰相と娘はその場から立ち去りました。魔法の攻撃を避けたソシウスは敵の従者から大斧を奪うと、一気にドアを打ち破り一目散に逃げました。
向かってくる雑兵を蹴散らし、走っていくと、なんと正面からアエヌスとエコーに出くわしました。背後からはデュックとベナに追われ逃げ場がなくなったソシウスはかまわず亜アエヌス達に突進しました。
二合ほど交えたところで、相手の力がここでは強くなっていることを感じ、床を打ち抜いて下に逃げました。その後はグレーティアの所在を求め、地下施設内を縦横無尽に走り抜けました。しかし、広間に抜けたところで追いつかれ、魔法の一斉攻撃を受け追い詰められました。背後には吹き抜けの大きな穴があり、退路はありませんでした。ソシウスは思い切って、その吹き抜けの穴に飛び込んだのでした。
デュックとエコーは驚きましたが、妖魔のアエヌスとベナは落ち着いて落ちていった先を見届けたのでした。
穴に落ちている途中、ソシウスは胸のバッチにグレーテアの所にジャンプすることを念じたのでした。すると引き上げられる感覚が起こり落下速度は低下し、それとともに右の壁面に引っ張られるような感じがしました。そのまま横に流され、転がった先は、暗い大きな空間でした。
砂地に転がったソシウスは、背中を押させ痛さをこらえていたのですが、周囲を見渡して、驚いたのでした。
岩が転がる空間の周囲は、別空間だったのです。
かつて、今は亡きアスペルと共に、聖剣探しをしたときの、彼女の最期の地と同じでした。黄泉の世界とも繋がる、異空間。その虚空に落ちれば生還するのは不可能でしょう。
おそらく神殿の地下、深層部まで落ちたのでしょう。その空間は虚空に繋がる縁だったのです。
吹き抜けの穴はこの虚空の世界に通じていたのです。ヘテロ宰相は言うように、何らかのものが落ちてきた穴だったのでしょうか。
ソシウスは岩だらけの場所から、上を目指して登って行きました。だいぶ下に落ちたので、施設のあるところまで戻ろうとしたのでした。
しかし、少し登ったところに、開けた空間が現れ、そこは床がなだらかになっていました。
かれは、岩だらけなのに床が平らなのを怪しんで進んでいくと、壁面に異様なものを発見したのでした。
大男が半身岩に取り込まれ埋まっていたのです。眠っているかのような姿は動くこともなく、彫像ではないかと思われたのでした。
周囲を見渡すとその彫像から沢山の管の様なものが延び上へと繋がっていました。
そして彫像の上には、なにやら剣のようなものが突き刺されていたのでした。
なにか見たことのあるような剣でした。
それから、ソシウスは周囲を見渡したところ、人の大きさのものが、大男と同じく岩に取り込まれあるということに気がつきました。
恐る恐る近づいてみると、それはグレーティアの姿でした。大男と同様に眠らされ石化してました。そして上には見覚えのある剣、聖剣グラディウスが突き刺されていたのです。
そこで、ソシウスは隣の大男こそが冥王であると悟ったのでした。
彼は、グレーティアを助けようとしましたが、石と一体化してしまって、手の施しようがありませんでした。グラディウスがあったので、これの力で何とかなるのではとも思いましたが、扱えるのはワルコのみと悟って諦めました。
ヘテロ宰相に解除の方法を聞き出すことしかありません。しかし逃げ惑っているだけではそれは無理でした。そこで彼は妖魔達を利用することにしたのでした。
その場を立ち去るとき、石化した冥王の側に近づき細工をしたあとに、その場を去ったのでした。
神社から退却したカスピスとグラッシスは魔王城に戻ってきました。
ウーマーは報告を聞き、唸っていました。
「アエヌスが裏切っていたとはな。ベナも行方不明であるから、始末されたかアエヌスと行動を共にしているのだろう」
「アエヌスの奴、こちらの事情を全部話しているに違いない」
グラッシスは吐き捨てました。
「アエヌスが何故裏切ったのか分かったか?」
「奴は、冥王様がミケーネに誑かされていると言うのだ」
「あの女か。確かにあの女は謎だ。我々と同等あるいは以上の魔力を秘めている。冥王様との繋がりも我々より長いのかもしれない」
「アエヌスは地上の支配は罠だと言いやがるんだ。我々はミケーネによって星と戦うように仕向けられているんだと」
「星?なんのことだ」
「空にある奴だ。あれは危険な星だと」
「千年前にもあの星があったが。なんだというのだ。そこが人間の入れ知恵なのか」
「それは冥王様にご判断いただければよいこと。我々はそれに従うだけだ」
カスピスは迷いを打ち消しました。
「その通りだ。結界が強力だったこと、などを考え見ると、冥王様はそこに幽閉されていらっしゃるのは確かだろう。ラングをこの城に残し、我々三人で乗り込む。それでいいな」
「承知だ」
妖魔達の意見は統一されたようでした。
「結界が強力だとするなら、この城の主砲で削る必要性があるな。ワルコとの戦いでの損耗はどうだ?」
「崖から落ちたとき、底部に損傷を受けたが問題ないだろう。一斉攻撃のため冥界から獣たちを呼び出すか?」
ラングは尋ねました。
「その必要はないだろう。問題なのは冥王様の在処だ。奴らは冥王様を人質にしかねない。そうなると我らは手出しできなくなる。早急な救出が必要だ」
ここまで言った時、冥王城に潜入するものがありました。
ウーマー達は警戒し、侵入者を追ってみると、それはワルコの将でした。
堂々と正面からやって来たので、妖魔達は呆れ、門の前で待ち構えたのでした。
「まだ戦いを継続する余録はあったか。お前達の城はどうした?」
ウーマーが尋ねるとソシウスは答えました。
「単身赴任てところかな。今回の戦いで三人も殺されてしまって、大打撃だよ」
「冥王様自らが出撃されたので、そうなった。お前は一人で我ら四人と戦うつもりか?」
「冗談言うなよ。今日は商談に来た」
自信たっぷりに言うソシウスに、ウーマーは、鼻で笑いました。
「商談だと。何を売りに来た」
「冥王の在処だ」
ウーマーはソシウスを見つめました。
「嘘をつくな」
「俺は、そこの二人が入り口近くでドンパチしているのを尻目に、要塞内まで侵入した」
「貴様、俺たちを囮にしたのか!」
グラッシスは怒りを表にしました。
「冥王様はどこに居た」
「それは言えぬ。俺を連れて行け、場所は教える」
「なるほど。それで冥王様は無事か?」
「石に封じ込められている。俺は解除を試みようとしたが、出来なかった。間違ったら破壊しそうでな」
「道理で、冥王様の気配がないはずだ」
「だから、この作戦には、宰相ホスティスから、解除方法を聞き出す必要性がある」
「それで、我々の力を借りに来たと」
「つまり冥王を守りながら、ホスティスに口を割らせる必要性がある」
ウーマーは大きく呼吸をし、決心したようでした。
「分かった。一時休戦し、共闘しよう」
こうして、ワルコ陣営と冥王陣営の第三勢力への戦いが始まったのでした。
宰相ホスティスは、妖魔二人は撃退し、ワルコ側のソシウスは穴に落ちたという報を聞いて、一旦は警戒を解除しました。穴に落ちれば虚空の世界に行ってしまうはずです。落ちれば戻ってこれないはずでした。しかし、なにか不安に襲われたので、自ら地下の深層部に向かうことしたのでした。
部下を連れて、降りてゆくと二体が封じ込められた場所に着いたのでした。宰相は二体を見渡しなんの異常もなかったので安堵したのでした。
冥王とワルコを封じ込められたのも、三つの条件が揃ったからでした。一つが両者の意識が戦いにより相手に集中したこと、第二に此所ターバスが彼らが誕生した場所であったこと、第三に封じ込めの鍵となる聖剣グラディウスが二振り揃ったことでした。
これらは、一瞬に行わなくてはならず、宰相ホスティスにしても大きな賭でした。
今は、ワルコと冥王の莫大な魔力を手に入れ、冥王軍、ワルコ軍を相手にしても太刀打ちできる戦力となったのでした。
ダーナ(ビルトス)、パテリア国宰相デスペロと彼は旧友でした。
魔法について論じ、その根源について論じ合っていました。
しかし、魔法世界の危機について、解決する手段が違っていました。ダーナはワルコによる勝利を、デスペロは抗争相手の一方のワルコを除くという方法で、そして、ヘテロ宰相ホスティスは両者を封じ込めるという手段でした。
そして今此所に、自分の計画は成就し、残りは冥王軍、ワルコ軍を退けるだけでした。
もちろん、その構想を彼が最初から持っていたわけではありませんでした。
彼は、デスペロの罠にかかり、罪を得て、ヘテロの地に流れ着きました。両足は切断され不自由な状態からの始まりでしたが、宰相の地位まで登りつめました。
デスペロへの復讐がパテリア打倒に繋がり、ヘテロ国の財政の安定と軍事力の強化を推し進め、パテリア正規軍と互角に戦えるまでに押し上げたのでした。
その業務の合間にも、魔法への探究心は劣えることはなく、魔法の源泉について追求したのでした。
ある日、パテリア国に反乱が起こり、忍ばせていた間諜から赤ん坊を保護したとの連絡を受けました。その赤ん坊は舜皇子だというのです。
良い奇貨を得たとして、密かにヘテロ国に送らせ、外交の駒としようとしました。
皇子が生長の後、正統なパテリア国王を擁立するという名目で、隣国に攻め込むつもりだったのです。この頃は祖国への復讐だけに命を燃やしていたと言えましょう。
しかし、このことが縁でワルコの秘密を、知ることになり、彼の計画は変わって行くことになりました。
彼が不審に思ったのは、魔法の術がパテリア国を離れるのに従って、薄れてしまっていることです。魔法の世界はパテリアを中心として成り立っていたのです。
パテリア国が一番強力で、他の国の追従を許さなかったのです。パテリア国が強大な領土を保持し帝国を維持できたのも、この不思議な力によるものでした。そこで彼はパテリア外の諸国の魔法についての伝承を、配下に収集させたのです。
本来は魔法の力のレベルを計るためでしたのですが、その資料を見て、ある異常に気がついたのでした。パテリア周辺の諸国で起こった魔法事件を年代順に並べてみると、その魔法レベルが落ちていることでした。
不審に思った、彼は中心であるパテリア国内での各年代での使用魔法について調べてみたところ、明らかに減退が見受けられたのでした。
魔法世界が消えてゆく、それは枯れた土地にある湖が干上がっていくようなものでした。思い浮かんだのは魔法の源泉がパテリアにあり、それは消えかかっているということです。魔法の研究に全てを投じてきた、彼には許せないものでした。
次にきっかけを作ったのが、この神社でした。
パテリアの魔法に負けないように、騎馬魔軍を養成するため、資金をこれに費やしていたところ、神社の方から社殿の改修費を要求してきました。無駄な出費を避けたい彼は棄却するつもりでしたが、側近から一番古い神社なので融通をしたほうがよいと忠告されたので、自らが神社に出向き、修理費を見積もることにしたのでした。
神主は、その神社が最古の神社であり、ヘテロ国の成り立ちの神社であることを力説しました。由緒正しい神社で有り、ヘテロ人の心の支えとなるものであることが分かりました。しかし、パテリア出身の彼にはなんの変哲もない神社に見えました。
特に、その祭ってる神が、全知全能と謳っているのが滑稽でした。壊れている箇所を見学した後、早々に宰相府まで引き返すつもりだった彼は、境内の隅に苔むした石碑を発見したのでした。
神主は、触れてはならないという伝えがあり、誰も近づかないのでこのように、苔むしているのだという。逆に興味を起こした宰相ホスティスは近づいて観察してみると、文字が掘られていました。
古い文字でしたが、かろうじて読み取れました。
「光明神再び復活せん。始まりの地、ここに封印する。ミケーネ記す」
何が蘇るというのだろうかと、彼は笑い。封印されたものが気になったので、魔法で拭き飛ばしてみると、そこに地下に通じる洞窟があったのでした。
彼は部下に、洞窟を探らせ、今度は自らが中に入って行ったのでした。
必死に止めていた神主は、神社の地下に洞窟があったので驚き、回りを見渡していました。
ほどなく、彼は洞窟の奧に大きな吹き抜けの穴を発見したのでした。
それは、真っ直ぐに真下に落ち、先が暗がり見えませんでした。松明を落としてみたものの遙か下まで落ち、地面に落ちた音がしませんでした。
この巨大な穴はどうやって出来たのだろうと、彼は怪しみました。
宰相は、穴に何が落ちたのか探るため、魔法の痕跡を穴に求めました。するとは計り知れない数列の並びと、数々の文字があふれ出てきたのでした、しかもこれは高度な魔力を持っていたものでした。この結果に彼は驚き、人ならざる者の痕跡であると興奮したのでした。その後数日掛けて、穴の底にたどり着いたのですが、そこに有ったのは虚空の海でした。彼も初めて見るもので、試しに石を投げ入れてみると、まるで浮いているかのようにして、何処かに流れていってしまったのでした。
再び地の底で、彼は大地にある痕跡を探っていると、ある事実を発見したのでした。
なんらかのものが此所に落ち、分裂したということでした。
陰陽の理が二つに分かれたのです。現れる数は一方は奇数であり、一方は偶数でした。
しかも文字も偏ったものになっていました。
そこで、彼はヘテロ国の国土について思い起こしたのでした。ヘテロ国はパテリア国の隣国であり、その土地は周囲を山々に囲まれた盆地となっています。しかし奇妙なことに、王都ターバスを中心に、完全な円を描いて山々が連なっているのです。しかもその山々は均等な高さを保っています。
彼が気がついたことは、高度な魔力を持った物が、穴を造るだけでなく、落ちた衝撃でヘテロの山々を形勢させたのではないかということでした。
太古の昔、何ものかの落ちた衝撃は、ヘテロ国の国土を作り出していたのでした。
そして、大地を穿つ衝撃は、この世界の理を越えて虚空へ繋がる道を作ってしまった。そう推理した彼は、この強大な魔力の跡は、ワルコと関係があるのではないかと閃いたのでした。
そこで、彼は娘ローサを研究し、穴の魔力跡との結びつきを探したのでした。すると、微弱ながら魔法の力にて、同じ文法を見いだしたので、ワルコはここから来たのだと結論づけたのでした。そのあとホスティスはワルコの対局として冥王を仮定してみました。
彼がこの穴のもう一つの文法を所有する者であれば、この仮説は成り立ちます。
彼は部下に命じて、千年前、冥王が現れたとされる土地にて、その痕跡を探させ遺物を持ち帰らさせてみました。しかしそれは困難を極め、断片的なものであって確信にいたるものでは有りませんでした。でも、おおよその結びつきは分かったので、ワルコと冥王は戦い合い魔力を無くしているのだと判断したのでした。
しかし、今回冥王を捕獲するまで確定することは出来ませんでした。
ワルコと冥王を穴の底に封印したとき、両者の魔法の文法が合致し、全てはここから始まったのだと確信したのでした。
すなわち、何らかのものが、ここで分裂し、その影響でパテリアに魔法もたらされた。
しかし、両者は融合をしようとしており、その後には魔法は消滅する。あるいは、両者が「弱体化」するに従って、魔法も消えている。と言うのが宰相ホスティスの結論でした。
彼にとって、魔法の世界が消えるのは我慢できませんでした。人に与えられた恩恵を、奪われてしまうのです。数と文字を使い、万象を自由に扱えるのです。それは神の特権と言うべきものです。これが無ければ、人間は物の制約を受け、その狭い中での自由を得るだけになってしまう。今は庭の石を動かしたいと思えば、成文化した魔法文字により簡単に動かせます。しかし、これが人の力だけとなると、何本も床に丸太を敷き、何人かで引っ張り動かさなくてはなりません。行く先に坂や段差があれば大変です。
魔法には、もっと沢山の可能性が有り、世の中を豊かにしてくれます。
人間は神の力を手に入れたのです。それは手放したくない。
ですから、彼はその根源たるものを、封じ込めようとしたのです。
また、宰相ホスティスはワルコの将と冥王の妖魔について考察しました。
両者は何故存在するのか。単に護衛の僕として現れたのか。
仲間になった将と妖魔に強力してもらって、その性質を分析しました。
両者は真反対の物であるように見えましたが、全くの同類の文法でした。数は偶数か奇数かの違いはありましたが、差異はありません。
しかも、両者は親和性が高く、お互い対になっているようでした。お互いの数、文を補完する感じなのです。
将と妖魔は合わせたように、お互い十の体をもって現れ、削り合っています。防御のようにも見えますが、その存在の本質は別にあるかのようです。
親和性が高い、これはなんなのか。
ワルコと冥王は、何故これらの僕を生み出しているのか。謎は深まるばかりです。
それに、石碑を残したミケーネなる人物は、何者なのか。全ての秘密を知っているのでしょうか。
いつものように、養父ホスティスの車椅子を押しながら、ローサは浮かない表情でした。
二体を封じ込めた時に、父は歓喜していました。それは今まで見たこともない姿でした。
いつも険しい顔をして、自分には見せたことのない笑顔だったのです。
そんなにも待ち焦がれたものだったのでしょうか。石化したグレーティアの顔を見て、彼女は嫉妬に似たものを感じたのでした。
この娘は王家の血筋だし、私より綺麗だし、桁違いの魔法をもつワルコだし、私とは違う。
それに父の欲し求めていた者だし、悔しい。
そんな思いが、胸から湧きだしてくるのです。
父に好かれるようと、パテリアの地を彷徨い、聖剣探索の旅にも出た、その結果がこれです。第三の道を造るため、部下とのやりとりで忙しいのは分かっている。でも少しも私の方に向いてくれないのは悲しい。
大混乱の中、この石化した状態の彼女を、打ち壊したらどうなるのだろうと、ローサは思ったのでした。
そんなローサの思いを悟ってか、チューバは元気付けてくれます。
「お嬢様。翡翠姫のことが気になりますか?」
「いいえ。そんなことはありません」
ローサは否定してしまったものの、目は正直でした。
「宰相様が申されたように、人として見てはいけないそうです」
「そうでしたね」
「人の姿をした、エネルギー体とか」
ローサは昔、翡翠姫の旅の仲間と一緒に語り合った時のことを思いました。
ワルコは、普通の少女でした。
人間では無いと言われても、納得はできませんでした。
「ワルコは、超人的な能力を持ち、聖剣も操れるとか」
ローサが呟くと、チューバは狼狽えました。
彼女も聖剣を使えたからでした。
「お嬢様は宰相様のお子様です。聖剣を扱えても可笑しくない。たまたまワルコと一緒だったにすぎません」
「そうかしら、攻撃魔法王を使える女子は、その魔力に耐えれすに発狂してしまうと言います。しかし私は平気です。私は普通と言えますか?」
「それは秀でているだけです。本質的な異質とは違うと思います」
これは困ったことになったと、チューバは思いました。
ワルコと同じと言えば化け物ということになるし、かといって違うと言えば、ローサはワルコに嫉妬してしまいます。チューバははぐらかそうと、必死になりました。
「貴方を困らせてしまいました。ごめんなさい」
ローサは誤ると、父ホスティスの車椅子を押しに向かったのでした。
近くで、この様子を見ていた妖魔のアエヌスはデュックに話しかけました。
「あの娘から、ワルコの臭いがする。どういうことなんだ」
「分からんな。あれが二人いるとも思えないが」
「宰相は何かまだ、隠しているのだろうな。だが詮索はしないさ。俺は争い事が嫌いなだけだ。早く冥界に帰りたいものだ」
「妖魔が、こんな平和主義者だったとは」
デュックは苦笑いをしました。
「俺は地上なんか欲しくないぜ。日差しは眩しいし、生き物が多すぎる。地獄は適温だしほんのり暗い。最適な環境で、亡者の監視をする日課で俺は満足だ」
「もう少しだ。こちらはあと二人だ。ソシウスは説得出来なかったが、レピダスは損得勘定が出来る」
「俺の方は絶望だ。残り四人で、二人は説得してないが」
「ところで、お前は主を眠らせて抵抗はないのか?」
「仕方ないだろう。ミケーネを始末するまで、眠ってもらうしか。実は、冥王様は冥界におられる時もあまり姿を現されることはなかった。だからあまり違いは無い。それこそお前は、どうなんだ」
「俺は抵抗はない。アスペルが一生懸命だったから一緒に居たにすぎぬ。ビルトスの口車に乗った結果がこれだ。だから計画を無茶苦茶にしたいのさ」
ローサを観察していた妖魔ベナはエコーに語りかけてみました。
「なんか退屈だわ。ここに愛はないの。宰相の娘てさあ。初心すぎるわ。なんなのあのファザコン。度を超しているわ。一人立ちしないの?ワルコに嫉妬してさ、みっともない。愛憎得意だったベネノにかかったらいちころね。きっとワルコを粉々に砕いたに違いない。それに護衛の子は、片思いで可愛そう。あんな鈍感女にはもったいないわ」
「そう仰らないで、きっと気がつかれますよ」
エコーは焦りました。
「そうだわ。愛の伝道師たる私が、なんとかしないと。あの娘に恋のいろはを教えてあげちゃおう」
「もうすぐ戦いになるから、後にしましょう」
「愛は時と場所を選ばないのよ。さっそくチャレンジだわ。かの娘に恋話を聞かせてくれる人は居なかったのかしら」
妖魔てなんなんだろうと、エコーは思いました。
仕事で滑って転んで、肋骨骨折。
有給で休んでいたら、時間が出来て、物語の続きを書きたくなった。
書き始めたら、なんか筆が重いこと。
ところが、先に進めるに従って、書けるようになりました。
不思議だね。
物語の大枠は覚えていたんだけど、細部が思い出せない。
たとえば、この人、生きていたんだっけ。みたいな。
しかし、段々終わりに近づいています。
ヘテロ国の戦いの後、最終戦となります。




